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9話 ヴァリシア視点1 エルン祭の夜

少し時間はさかのぼりサナが未だ生きている所からヴァリシア視点で話が進みます


この国には、こんな伝承がある。


女神ライカが世界を開闢し、平和な世界を築いた。


しかし、神が創りし世界には、神が神であるための証明として“アンチゴッド”が必然的に存在していた。


それは世界の均衡を保つために必要な存在だと考えられていたからである。


だがその勢力は、やがてウイルスのように人々の心に寄生し、負の観念を増幅させ、魔物やデーモンを顕在化させ始めた。

(当時は魔族も女神と敵対していたと言われているが、今ではエルフに次いで女神に近い種族とされている。)


あるとき、心ある枢機卿であり、エルフのソウルラウンダーでもあった者が、女神に祈り、助けを求めた。


それから数年後―― 一年で最も長い夜に、“聖女エルン”が誕生する。


聖女エルンは急速に成長し、人々を導き、ともに戦い、魔物やデーモンを討ち払い、不完全で矛盾の根源であるアンチゴッドの封印に成功した。


その後、聖女エルンは幾つかの武勇伝と聖遺物を遺してこの世を去った。


彼女の誕生の日も、封印の成就した日も、一年で最も長い夜だったため、古来よりこの日は“聖エルン祭”として祝われている。


――――


年の暮れ――本日は、その聖エルン祭の日である。


この夜は長く、都でも人々は外に出ず、家族とともに静かに過ごす。


しんと静まり返った雪の町には人影も少なく、祭りを護衛する騎士たちだけが点々と立っている。


「こんばんは。ご苦労さまです」


ヴァリシアは小声で騎士に声をかけた。


暗がりの中から魔族に話しかけられた新人騎士は、一瞬身を固くする。


だが、その魔族が驚くほどの美人で、しかも両手いっぱいにお菓子を抱えているのを見ると、思わず表情を緩めてしまう。


家々の窓から漏れるあたたかな灯が、夜を幻想的に照らしていた。


その中を歩くと、雪を踏む音が「きゅっ、きゅっ」と小気味よく響く。


静寂ゆえに、誰かが歩いてくるだけで家の中からも気づけるほどだ。


ヴァリシアは一軒の家の前に立ち、鍋を見つける


「ふふっ これね…」


エルン祭では不運を託した品を鍋に入れ、家の前へ供えておく習わしだ。


鍋に入った人形や御札(不運の象徴)を取り出し、代わりに果物とお菓子を入れる。


そして静かに囁いた。


「――※不矛憎(ふぼうぞう)の者たちよ。ここに供物を捧げます。どうぞ元の場所へお帰りください」


※不矛憎(ふぼうぞう)

不完全で、本質的に矛盾を抱えた憎悪を持つ存在のこと



続けて、小さなタングドラムを鳴らす。


タングドラムの音 ~♪♬~


「きゃあー!」


突然、入口から子どもたちがバタバタと飛び出してきて、鍋のお菓子や果物を掴み取りながら叫んだ。


「おねえちゃん、ありがとう~!」


しきたりでは、タングドラムの音から少し間を置いてから取りに来るのが作法だが、どうやら我慢できなかったようだ。


ヴァリシアは可愛い子どもたちを見て、頬を緩めながら頭をやさしく撫でた。


「ありがとう。寒いから、お家の中でゆっくり食べてね」


そう言って家の中を覗くと、入口の向こうで大人たちも手を振っていた。

――毎年、心が温まる瞬間である。


ヴァリシアはできる限り王都の家々を回り、不運の象徴である鍋に入った人形や御札を集め、タングドラムを奏でていく。


集められた負の象徴は、祭の締めに行われる焚き上げで浄化される……


この行事は、かつて“※麗石導環”(れいせきどうかん)が存在しなかった時代に、聖女エルンが町中の負の感情を浄化して歩いたことを模している。


※〈麗石導環〉この国の結界のような物を担う聖女エルンが残したアーチファクト

       あらゆる 否定的なエネルギーを吸い上げ浄化していると言われ、

       麗石導環の保有量が多いほど平和な国家を作ると信じられている


今でも麗石導環が町の中で機能しており、実際にはもう必要のない行為となっている。

だが、人の心とは忘れやすいものだ。


年に一度の祭りとして行うことで、人々が自らの負の感情を手放す習慣を身につけるための“心の節目”とされている。


ヴァリシアの持つタングドラムは、国のアーチファクトである“麗石導環”とリンクしている。


彼女たち魔族は、このタングドラムを通して念のため負の感情を麗石導環に送る役目を担っているのだ。


その導環の調整は、おそらくサナたちソウルラウンダーが行っている。


明日はお焚き上げの日。


この時期になると、麗石導環の調整も終わり、ソウルラウンダーたちも束の間の自由を得る。


ヴァリシアは、昨日のうちに供え物を回収し終えていたため、お焚き上げの日は休みだった。


久しぶりにサナに会い、お焚き上げの夜店を一緒に回ろう――そう思うと、自然と胸が弾んだ。


――翌日、


お焚き上げの日、広場には各家の鍋から集められた“不運の象徴”が次々と運び込まれていた。


ヴァリシアも、昨日集めてきた“不運の象徴”を手渡す。


「変な鉱石とかはありませんわ」


この不運の象徴は、種族によって象徴が色々だ、人間は生活用品や人形、エルフは護符や魔力暴走で奇形に成った植物、ドワーフは欠けた鉄斧やハンマーと様々だ。


毎年のことながら、“不運の象徴”に普通のお焚き上げでは燃えない物を紛れ込ませたり、(とくにドワーフ)可燃呪詛を混ぜたりする者が数名いるため、魔族の男たちと鍛冶屋のドワーフ、そして魔法職の者たちが最終確認を行っていた。


燃えない物は、鍛冶屋と魔法職がスキルを使って燃やすことになっており、その様子を見るのも、このお焚き上げの見どころのひとつとなっている。


「ヴァリシア、あとは俺たちで大丈夫だ」


「はい、おまかせしますね」


ヴァリシアは後を任せて、夜店の方へ向かった、そして人混みの中でサナを見つける。


サナはチョコのキャンディーアップルをかじりながら、ポテトのパンケーキをじっと睨みつけていた。


屋台の店主も「買うの?」という表情で見つめ返している。


――いま、まさにサナは食欲と戦っていた。


その表情は真剣そのもので、しばらく葛藤していたが、やがて笑顔になり、ぽつりとつぶやく。


「へへー、おいしそー……」


そんなサナの子どものような姿を見て、ヴァリシアは自然と頬を緩めた。


彼女の無邪気さには、人を安心させる確かな温もりがあった。


ヘーゼル色の大きな瞳は、角度によっては金色に輝き、覗き込む者を包み込むような優しさと、奥底に揺るがぬ芯を感じさせる。


印象はエルフを思わせるが、サイドからのぞく小さな耳は丸く、彼女は人族であり、どこかコミカルで愛らしかった。


「サナ、お待たせ」


ヴァリシアが声をかけると、サナは“はっ”と気づいて手を振った。


チョコのキャンディーアップルを持った手で振るものだから、次の瞬間串からリンゴが離れ放物線を描き宙を舞った。


「あーーー!」


サナの間の抜けた声が響いたときには、キャンディーアップルはすでに地面に着地していた。


サナは両手をつき、崩れ落ちるようにして言う。


「ああ、わたしの……わたしの……」


ヴァリシアはサナの絶望した顔があまりに面白くて、笑いをこらえるのに必死だった。


しかしそれを見た屋台の店主が、苦笑しながら新しいキャンディーアップルを差し出した。


「もう、気をつけなさいよ! 新しいのあげるから泣かないの!」


「わ、わ……いいんですか? へへ、ありがとう!」


サナと一緒にいると、人々の優しさが自然と引き出される。


ヴァリシアには、サナがまるで“幸せそのもの”を歩かせているように見えた。


ただの少女のように見えるが、彼女はソウルラウンダーであり、今後開校される王都神授守聖護学園にて、祖霊魔術の指導者に抜擢されている人物でもある。


本当に――サナはソウルラウンダーの時以外、見ていて飽きない“愛すべきポンコツ女”だった。


「サナ、お疲れさま。麗石導環の調子はどうでしたか?」


「んー、導声石の魔力調整以外は問題なしだよ。それよりさ、ポテトのパンケーキ、おいしそうじゃない?」


ヴァリシアとサナは、そんな他愛もない会話を交わしながら夜店を歩いた。


「サナ、新しい生活はどう? 落ち着いた?」


サナは、つい最近カームと結婚したばかりだった。


ヴァリシアは魔族で、人より長く生きてきたが、家庭を持ったことはない

そのため、サナという存在は彼女にとって興味の尽きない“人間”だった。


「聞いてよ、カームって私より料理上手なんだよ。しかも器用でさ……女として、ちょっと許せん」


「いいじゃない。面倒見も良さそうだし」


「それなのよ! なんとも面倒見が良くて、振る舞いがこなれてるの。こないだなんて一緒に歩いてたら、“妹さんですか?”って言われたのよ!」


サナは頬をぷくっと膨らませて“ぷー”と成りながらも食べる手は止めない


「あー、わかる」


ヴァリシアは心の中で「リスがいる」と呟きそうになりながら、笑いをこらえていた。

二人はそんな会話を楽しみながら夜店を回り、エルン祭の夜を満喫していた。


やがてヴァリシアは、前から気になっていたことを口にした

「仕事の話になるけど……あの研究の件、聞いてもいいかな? ソウルリンカーの私としては、すごく気になってて」


「んー? どうしたの?」


「この前、聖堂に出たゴーストの件よ。どうやって天昇させたの? あれ、私たちには出来ないはずでしょ?」


この世界における“ゴースト”は、さほど脅威ではない。


ただし、波長の合う者や霊格の低い者に干渉し、状態異常を引き起こすことがある。


そのため、他の魔物と連携されると厄介な存在になるのだ。


聖属性の武器で攻撃しても、完全に消滅はしない。


それを浄化できるのは、ビショップやプリーストのスキルのみ――

これが、長らく信じられてきた定説だった。


ソウルラウンダーやソウルリンカーは霊と対話することはできても、

除霊や成仏(天昇)させることはできないとされている。


……はずなのに、サナはそれをやってのけたという。


「あー、あれね。魂から意識を削ぎ落として、説得したよ」


「説得? 意識を?」


「うん、そう。だって他世界の生命体って、この世界じゃ不安定でしょ?

だから、死んだ魂を“意識ごと”捕まえるの。だから、魂から意識を削ぎ落として、

魂だけにして、祖霊にお願いして、連れて行ってもらっちゃった

そうすれば、他世界の生き物は自然と居なくなるんだよ」


「えっ……そんなこと、できるの?」


「へへー。できたよ。ちょっと面倒だったけどね。本当は、祖霊とか、魂のお仲間がやるみたいなんだけど」


サナは“にへら”と笑った。


その屈託のない笑顔を見ながら、ヴァリシアは思わず眉をひそめる。


「……ちょっと待って。情報量多くない? ていうか、“生命体”ってなに?」


「そだねー。この世界に来た割には、迷惑行為しかしないもんねー」


「他世界の生命? 意識を削ぐ? どういうこと?」


確かにソウルリンカーの技魂インヴォーグは、魂の記憶≒意識とも言って良い物に干渉しているが…削ぐって何だろう…


「ほら、アンデットってヒール効くでしょ。あれね、他世界の生き物の方がダメージ受けてるの。」


サナはプリーストが詠唱する仕草をして、得意げに笑う。


その無邪気な姿に、ヴァリシアは内心で息を呑んだ。


サナの説明によれば――

ゴーストとは、他世界の生き物がこの世界で死んだ魂と、

その魂に残る生前の“意識や魂そのもの”に干渉…融合することで顕在化した存在らしい。


本来、魂は霊媒系の沙庭職(さにわしょく)でなければ対話できない。


だが顕在化したゴーストは、普通の者でも“会話のような反応”を見せる。


ただし、それは魂と異界生命の思考が混線しているため、

言葉が噛み合わない。


まれに、異界生命の意識が優勢な場合のみ、会話が成立するという。


危険なため、プリーストにディスペルして女神へ返す方が確実だとされてきた。


「魔族の訓練用ダンジョンが、ヒントだったんだ」


サナはポテトパンケーキを頬張りながら、のんびりと続ける。


「麗導(麗石導環)のエネルギーって、町の結界とか探知機能にも使われてるけど、

ダンジョンのモンスター“顕在化”にも使われてるはずだし、


たぶん、ゴーストの発生と似た原理で動いてるんじゃないかなって」


サナの言葉は軽い口調とは裏腹に、学会発表のような内容だった。


魔族のダンジョンは、女神ライカが世界の安定のために創った

そう伝承に語られている。その謎を、サナは探ろうとしていた。


「それ、ライカ聖教や王国には伝えていますの?」


「へへー。まだ。もうちょっと研究を煮詰めてからね。一緒に研究してくれる祖霊が、いないのよー」


ヴァリシアは少し呆れていた。祖霊と手を組んで研究とか、出来るのか…


「でもどうやって こっちの世界に来られるのか解らないんだよー。あ、不矛憎ってひょっとして…そもそも人の魂って4つに分かれるし…荒御魂かなぁ…」


サナは何かを思いついたようで考えは尽きないようである


「そもそも、他世界の生命は誰から賜(たまわ)りし霊(ひ)と成してるか興味はつきないよねー、」


サナの探究心は止まることを知らない


聞けば、祖霊とアクセス出来ないソウルリンカーでも他世界の生き物から魂を遊離させることは可能だそうだ。


そんな話をしながら、少し疲れたヴァリシアはサナと落ち着いた小洒落たカフェのテラス席で休憩をしていた。


仲間のソウルラウンダーやリンカーが炊き上げの火の周りで舞を踊っている。


その中心でドワーフの鍛冶屋と魔術師が、二次、三次燃焼だ魔素燃焼だと賑やかに騒いでいる

時より激しく燃え上がる焚き上げの炎を二人で遠巻きにぼんやり眺めながら…


「ねぇ、こんど、あたらしい家に泊まりで遊びにおいでよ、晩御飯でも一緒に食べよう」


「ええ、行きますわ、カームは一度 御霊菊理の時にお会いしましたが、お話はしていませんし、」


ヴァリシアは一度「御霊菊理」の術の時にカームに会って居たものの、術に必死であまり記憶に無かったのだ。


サナが生涯、添い遂げたい男はどんな人か興味が有った。


お焚き上げの火を二人で見ながらヴァリシアは刹那を感じていた。魔族もエルフ同様、長命種だ。


サナ達と、いつまで一緒に居られるだろうか?


いつも人間は駆け足で生きていく……





―――


※不矛憎(ふぼうぞう)


不完全で、本質的に矛盾を抱えた憎悪を持つ存在のこと。

この世界で使われる言葉であり、魔族特有の概念。

女神の対となる存在を指す。


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