第2話:親切の代償
イベント終了後。
大興奮のまま楽屋を片付け、私たちは会場の裏口から外に出た。
「今日はお寿司だね! 社長に思いっきり奢ってもらおー!」
「ちょっとユラ、あんまり社長のお財布いじめちゃダメでしょ」
そんな他愛もない会話をしながら歩いていると、少し前方に、今回のコンテストで審査員を務めていた業界の偉い人が歩いているのが見えた。
「あ、審査員さんだ。お礼言っておく?」
私がそう言った矢先だった。
審査員がポケットからスマホを取り出した瞬間、数枚の一万円札がヒラヒラと地面にこぼれ落ちたのだ。
本人はまったく気付いていないのか、そのまま人通りの少ない裏路地の方へと曲がっていく。
「あっ、ちょっと! お金落としてますよ!」
私たちは顔を見合わせ、急いでお札を拾い集めると、審査員を追いかけて薄暗い裏路地へと足を踏み入れた。
「あ、あの! 審査員さん、お金落としてますよ!」
声をかけると、振り返った審査員は、私たちが差し出した数枚の一万円札を見て、なぜか一瞬だけニヤリと口角を上げたように見えた。
「おお、これはわざわざ申し訳ない。助かりましたよ、サラ君、ユラ君」
「いえ! 大事なお金ですから、気をつけてくださいね」
審査員はお金を受け取ると、足早に暗がりへと消えていった。
なんだか少し気味が悪い笑顔だったな、と首を傾げたその時。
――カシャッ。
路地の奥から、微かにシャッター音のようなものが聞こえた気がした。
振り返っても誰もいない。
ただの気のせいかと思ったけれど、胸の奥に冷たい泥が落ちたような、嫌な予感がした。
その「嫌な予感」が最悪の形で現実になったのは、わずか数日後のことだった。
◆ ◆ ◆
「……社長、これ、何かの冗談ですよね?」
「冗談であってほしかったわ。でも……電話が鳴り止まないの」
事務所の古びたソファで、社長は頭を抱えていた。
テーブルの上に放り出されていたのは、本日発売の有名週刊誌。
その表紙には、目を疑うようなおぞましい見出しがデカデカと踊っていた。
『清純派双子モデルの黒い裏顔! コンテスト優勝は枕営業と現金買収だった!!』
見出しの下には、薄暗い裏路地で、私とサラが審査員に「札束」を手渡している決定的な瞬間を捉えた写真が掲載されていた。
拾ったお金を返しただけのあの場面が、切り取り方と悪意のあるアングルによって、完全に「裏金を手渡している生々しい密会」に仕立て上げられていたのだ。
「嘘……っ! なにこれ、私たち、ただ落ちてたお金を拾って渡しただけで……っ!」
事態は最悪の方向へ転がり落ちていった。
私たちがいくらSNSやブログで「事実無根だ」と叫んでも、誰も信じてくれない。
それどころか、私たちにトドメを刺す決定的な出来事が起きた。
疑惑をかけられたあの審査員が、週刊誌の独占インタビューに応じたのだ。
『……良心の呵責に耐えられませんでした。彼女たちから、優勝させてくれたら現金と……その、身体のカンケイも持つと持ちかけられまして。私も断りきれず、つい魔が差してしまったんです』
ありとあらゆる嘘八百を並べ立てたその記事が出た直後、審査員は雑誌社を自主退職し、完全に雲隠れしてしまった。
「なんで……なんでこんな酷い嘘をつくの……っ」
「ユラ、泣かないで」
震える私の肩を、サラが強く抱きしめた。
サラの手も、怒りと悔しさで小刻みに震えている。
審査員だけじゃない。
あの写真を撮って週刊誌に売った人間がいる。
頭に浮かんだのは、あの時私たちを氷のように冷たい目で睨みつけていた二人組――『GGG』のキララとシズクの姿だった。
コンテストの優勝は当然取り消し。
専属モデルの話も白紙。
それどころか、雑誌社やイベントのスポンサー企業から、莫大な額の「違約金」と「損害賠償」が事務所に請求された。
社長と私たち3人だけの小さな会社が、一生かかっても払えるはずのないような金額だった。
悪意という名の巨大な暴力に踏みにじられ、完全に絶望のどん底に突き落とされた私たち。
そんな事務所のドアが、ノックもなしに無遠慮に開かれた。
そこに立っていたのは、高級なスーツに身を包んだ、いかにも胡散臭い男だった。
男の胸元には『GGG』と刻まれた金色の社章が光っていた。




