第10話:「国士じゃないわ」
無機質なコンクリートの天井から、再び4人の視線が卓上へと戻る。
「……いきなり天井なんか見上げて、ほんと意味わかんない。負け確定でついに頭がおかしくなったの?」
キララが鼻で笑いながら、不機嫌そうに自分のツモ牌を引き寄せる。
シズクも「無駄な時間使わせないでよね」と呆れたように牌を捨てた。
局は静かに進行し、いよいよ終盤戦も大詰めとなっていた。
「さーてと。そろそろトドメを刺してあげるわ」
キララがニヤニヤと唇を吊り上げた。
彼女の手牌はすでにテンパイしており、あとは私かサラが当たり牌を捨てるのを待つか、自分でツモるだけという状態だったのだろう。
「はい、これ」
キララが自信満々に河へ叩きつけた牌。
それは、真っ赤な文字が刻まれた字牌――『中』だった。
その瞬間。 私とサラは、ピタリと息を合わせて、静寂の地下室にその言葉を響かせた。
「「ロンッ」」
双子の声が、完璧なユニゾンで重なる。
ピタッ、と。キララとシズクの動きが止まった。
そして数秒の沈黙の後、二人は腹を抱えて大爆笑し始めた。
「あっははははっ!! ちょっと、あんたたち本当にバカなの!?」
「だーかーらー! あなた達はさっきアガリ牌を見逃して『フリテン』なんだから、国士無双はアガれな
いでしょ!? 麻雀のルールも忘れちゃったの!?」
笑いすぎて涙目になりながら卓をバンバンと叩く二人。
フリテンの人間は、他人の捨てた牌で「ロン」をすることはできない。
それは麻雀の絶対的なルールだ。
配牌から国士無双13面待ちだった私たちは、当然そのルールに縛られている。
……はずだった。
「国士じゃないわ」
サラが、氷のように冷たい声で言い放つ。
ピタッ、とキララたちの笑い声が止まった。
「……は?」
「だから、国士無双じゃないって言ってるの」
私がそう言いながら、手元の牌をパタンと前に倒してオープンした。
「え……?」
私の開かれた手牌を見て、キララとシズクの目が点になる。
そこに並んでいたのは、13種類のバラバラな一、九、字牌ではない。
一萬が2枚、九萬が2枚、一筒が2枚、九筒が2枚、一索が2枚、九索が2枚。
そして、たった今キララが捨てた『中』を待ちわびていた、一枚ぽつんと置かれた『中』の単騎待ち。
「ホンロートー、七対子」
一と九の牌(老頭牌)と字牌のみで構成された、対子(2枚組)を7つ揃える特殊な役。
私が国士無双を崩し、密かに作り上げていた全く別の手牌だった。
「な、なんで……っ!? さっきまで、絶対に国士無双だったじゃない!!」
シズクが悲鳴のような声を上げる。
無理もない。配牌の時点では間違いなく国士無双の形だったのだから。
しかし、そのあり得ない光景は、私だけでは終わらない。
「私の手も、開くわよ」
サラが、ゆっくりと自分の手牌を前に倒した。
その牌の並びを見た瞬間、キララとシズクは雷に打たれたように固まり、声すら発せられなくなった。
サラの手牌に並んでいたのは。
東が2枚、南が2枚、西が2枚、北が2枚、白が2枚、發が2枚。
そして、最後の一枠。キララが捨てた『中』を待つ、字牌のみの単騎待ち。
字牌の2枚組だけで七対子を作る、麻雀における最高難易度の役の一つ。
「字一色、七対子……通称『大七星』。親のダブル役満よ」
サラが言い放つ。 私のホンロートー・七対子(6400点)と、サラの親のダブル役満(9万6000点)。
合わせて10万2400点という、文字通り桁違いの致死量の点数が、キララの一つの捨て牌に直撃したのだ。
「あり得ない……っ! そんなのあり得ない!!」
顔面を真っ青にしたキララが、椅子から転げ落ちんばかりの勢いで立ち上がる。
「あんた達、牌を入れ替えたわね!? イカサマじゃない!!」
あの『視線誘導』の数秒間。
誰の目も卓上に向けられていない空白の瞬間に、私とサラは互いの手牌から不要なものを弾き出し、一瞬で牌を交換し合って、それぞれの役を完成させていた。
『孤立した国士無双の牌』を2人でパズルのように組み合わせることで、私は数牌の対子を、サラは字牌の対子を完成させ、『ニコイチの対子(大七星・七対子)』へと昇華させたのだ。
血走った目で私たちを指差して喚き散らすキララ。
その無様な姿を見て、私とサラはとびきりの笑顔で、先ほど彼女たちが私たちに放った言葉をそのままお返しした。
「何言ってるの?」
「イカサマを訴えるなら……その『現場』をおさえなさいよね」
「ぬぐぐ……っ!!」
自分たちが放った特大のブーメランを脳天に直撃させられ、キララとシズクは言葉を失い、その場に力なくへたり込んだ。




