第83話 合流
案内の二人に続いて緩い斜面を越えると、低い木の向こうに布を張った屋根が見えた。一本の木に寄せかけた荷箱、陽を避けるために張り出した布、地面に並べられた水袋。その間を人が行き来している。三日歩いてきた森の中で、初めて遠くから見分けられるほど開けた野営地だった。
近づくにつれ、乾いた土を踏む靴音が大きくなる。背の高い木は後方に残り、頭上の枝が途切れた場所では夕方の陽でも肩が熱かった。布屋根の下から調査員が二人出てきて、第二陣を先導していた者たちと言葉を交わす。人数を数える声が上がり、荷の受け渡しが始まった。
第二陣が持ってきた水袋には、すぐ使う分と、帰りのために残す分とで違う紐が結ばれた。先行班の隊員が一袋ずつ重さを確かめ、記録に印をつける。空いた背負い枠はそのまま寝床の脇へ運ばれず、地図の板がある方へ集められた。明日どの荷を持ち出すか、まだ決まっていないためだ。
ノンノは自分の水袋をどちらへ置けばよいか迷い、荷を仕分けている女へ尋ねた。個人の分は手元に残してよいと言われると、今度は空になったものを渡す場所を聞く。女は疲れた顔で答えていたが、同じ質問を重ねられても怒らなかった。間違った場所に置かれて数が合わなくなる方が困るのだろう。
布屋根の陰では、別の隊員が昨日使った灯具の油を量っている。その横で巻かれた縄の端を確かめる者もいた。誰も森の広さを一度に相手にしているわけではない。今日歩く分の道と、今夜使う分の物資をそれぞれ確かめていた。
エルディアスが背負い袋を下ろせる場所を探していると、積み上げた木箱の向こうから声がした。
「エルディアス」
ラウルが歩いてきた。肩に掛けていた布を外し、三人の顔を順に見る。前に会った時より陽を浴びた肌をしていたが、歩みは変わらない。その後ろからガルムも姿を見せた。手には杭を一本持ち、打ち直していたらしい木槌が腰に下がっている。
「来たか。塔からこっちへ向かったと聞いていたが、昨日までは何も知らせがなかった。道はどうだった」
「遠回りが多かった。魔獣もいたけど、怪我人は出てない」
ラウルは頷き、リュシアへ視線を移した。
「お前も無事でよかった。荷を下ろしてくれ。道の話はあとで聞ける」
「はい。皆さんも、ここまで来られたのですね」
「ああ。セルマもいる。今は見張りの交代をしてるところだ」
ガルムがエルディアスの荷を見て、口の端を曲げた。
「軽そうな顔をして歩いてきた割には、ずいぶん背負ってるな。三日分の水か」
「食料もだ。そっちは何をしてた?」
「この辺りは杭がすぐ緩む。土が乾いてるうえに、風が当たるんだ。俺たちが着いた時も布屋根が一つ傾いてたから、留め直してる」
ガルムが木槌で背後の杭を示した。縄の結び目には布が挟まれ、擦れる部分だけ二重になっている。野営地は一見簡単な造りに見えたが、木箱の置き方から見張りの位置まで、ここで数日を過ごすための工夫が重ねられていた。
ラウルの視線がノンノに止まる。彼女は二人の話を聞きながら、リュシアの隣で背負い袋を下ろしたところだった。
「一人増えているな。第二陣の調査員か?」
「ノンノ・ミーゴです。エルさんとリュシアさんと一緒に依頼を受けていて、今回は王都の方に同行を認めてもらいました」
ノンノが自分から名乗ると、ラウルは彼女の耳を一度見てから顔へ視線を戻した。
「ラウルだ。あちらはガルム。俺たちは先にこの道を通ってきたが、ここから先を知っているわけじゃない。明日は調査隊と一緒に進む。荷を置いたら、まず水を飲んでくれ」
「はい。エルさんから、お二人のことは聞いていました。……まだ会っていないセルマさんのことも」
「どういう話をしたんだ」
ガルムがエルディアスを見る。ノンノが答えるより早く、背後から女の声が返った。
「気になるなら、自分で聞けばいいでしょう」
見張りを交代したセルマが戻ってきたところだった。外していた手袋を片方ずつ腰へ差し、まずリュシアの無事を確かめ、それからノンノを見る。
「あなたがノンノね。先に連絡だけは来ていたわ。三日歩いて、まだちゃんと立っているなら上出来よ。ここは陽が落ちるまで暑いから、荷を片づけたら布の下へ入って」
「はい。……わたしのことも、もう聞いてたんですか」
「人数が増えたことは。詳しい話は、落ち着いてからでいいわ」
セルマはそう言って、再び外へ向かいかけた。ガルムの持つ木槌に気づくと、野営地の外側を指す。
「あっちの縄も見て。さっき風が変わった時、布が鳴ってた」
「今からやるつもりだった」
「なら安心ね」
ガルムが言い返す間に、セルマは荷の整理を手伝っている者の方へ行ってしまった。ノンノは二人の背中を交互に見てから、抱えていた水袋へ目を落とす。
「わたし、何から話せばいいか迷ってたんです。ラウルさんたちは、ずっと仲間を探していると聞いていたので」
「向こうから話しかけてきただろ」
「はい。普通に話してくれて、少し安心しました。わたしだけ初めて会うから、邪魔にならないかと思って」
ノンノは水袋を持ち直し、セルマに言われた通り布の陰へ向かった。リュシアも荷を持ってその後に続く。エルディアスは離れていく二人を見てから、自分の荷を背負い直した。
◇
布屋根の下には、地図を広げるための大きな板が置かれていた。第二陣が三日間で書き加えた記録を持ち込むと、先行班の調査員が待っていた地図の端を空ける。同じ森を示しているはずの二枚には、塔を出てから途中まで別々の線が走っていた。
一方は村を経由し、もう一方はエルディアスたちが歩いてきた道だ。線はこの野営地の手前でようやく近づく。二つの班が使った目印の位置を書き合わせると、しばらく離れて描かれていた木立と細い流れが、同じ地形として重なった。
「二日目の朝に越えた流れが、そちらの記録だとここか」
第二陣の責任者が紙を指す。先行班の調査員は小さな石を地図の上へ置き、もう一本の線との距離を測り直した。
「おそらく。流れの上手には大きな岩があったか?」
「岩は見た。ただ、渡った場所からは少し離れていたな」
「なら位置を合わせられる。ここの木の印も同じものだ」
短いやり取りのあと、片方の地図に書かれていた線が引き直される。エルディアスには二つの道が同じ場所を通っているようには見えなかったが、実際に歩いた者同士には、記録のどこが一致するか分かるらしい。
ノンノも板の端へ身を寄せた。遠回りした溝や、荷を一人ずつ渡した流れが紙の上では短い線になっている。指で辿っていると、地図を押さえていた調査員が視線に気づいた。
「ずいぶん広いですよね。この森。村の方の道もあるのに、わたしたちが歩いた方まで分かるんですか」
「全部は分からないよ。歩いたところと、その周りで位置を確かめられたものを描いている。道の間には、まだ誰も調べていない場所がある」
調査員は二本の線の間に広がる空白を示した。そこは白いままで、木の本数さえ書かれていない。
「それでも、塔からここまで線が切れずに続いてます」
「塔を基点にして、測った場所を次の班へ渡してきたからね。村の近くからはこちらへ何度も人を出したし、荷も道具も運んだ。昨日、君たちが杭を打ったところも、次に来る者にとっては分かっている道になる」
ノンノは地図へ視線を戻した。森の中では杭や布印が一本ずつ見えるだけだった。それを記録へ写す者がいて、持ち帰ったものを先に測った地図へ重ねる者がいる。目の前の大きな紙には、これまでここを往復した人間の仕事が残っていた。
地図の左端には、塔に近い方ほど細かな記号が並んでいた。水を汲める場所、荷を背負ったまま渡れる流れ、日中も陰が残る地形。途中から記号は疎らになり、この野営地の周りでは歩いた経路と目印以外ほとんど書かれていない。ノンノが空白へ目を向けると、調査員は薄く描かれた線を指した。
「この線は、村の方から見た斜面の形だけだ。木の向こうに何があるかまでは描けていない。地図を広げると、どこも確かめたように見えるだろうけどね」
「書いてない場所が、本当に分からない場所なんですね」
「そう。たぶん道がある、というのも書きたくなるが、次の班がそれを頼りに荷を運んでしまう。見たことと、実際に歩いたことも分けてあるよ」
その言葉で、エルディアスも先ほど引き直された線を見た。塔を出た日にノンノが歩けそうだと言った茂みの先には、確かに何も描かれていない。浅い溝の位置は、実際に先を見に行った者の記録にだけ小さく載っている。歩かなかった場所まで便利な道として描けば、後の隊を危険に向かわせかねない。
調査員は二枚を重ね終えると、それぞれの日付と歩いた班の名を書き添えた。一枚に直してしまえば済みそうなものでも、元の記録は残す。位置が食い違った時、どちらの班が何を見て判断したのかを後から確かめるためだという。
屋根の外から誰かが番号を読み上げ、調査員が返事をした。木箱の向こうには短い支柱が立ち、その脇で二人の隊員が通信用の魔導具を点検している。支柱へ巻きつけられた布を外し、刻まれた印を確認してから、片方が卓上の記録に魔導具の番号と点検の結果を書き込んだ。
「あれも地図のためですか?」
「地図だけじゃない。ここに何人いて、水がどれだけ残っているかも送る。明日、先へ動くならその予定も知らせるよ」
調査員が答える。通信具の前にいた隊員が、短い文を何度か区切って伝え始めた。もう一人は受け取った返答を記録し、読み合わせる。今届いた内容を、そのまま地図へ描き込むことはしない。細かな測量記録は紙に残して班同士で照らし、通信では人数や位置、急いで必要な情報を行き来させているらしい。
「塔まで、ここから直接届くんですか」
「村の方から、ここまでにも中継の設備を置いてきた。森を越えて一度に話すんじゃなくて、届く範囲をつないでいるんだ。こちらの道も、それとは別に測り進めていたから、今ようやく地図を重ねられる」
言葉だけなら簡単に聞こえるが、設備を運び、置いた場所を守り、どこかで連絡が途切れれば確かめに行く人間が要る。この野営地へ着いた第一陣も、まず通信がつながる位置を選んだのだと、調査員は付け加えた。
ノンノは振り返り、外の支柱を見た。三日歩いた先に王都の声が届く。だが、その間には、ここから見えない場所で設備を扱い続ける人たちがいる。
「人が多いから道が見つかるんじゃなくて、見つけた道を残すためにも人がいるんですね」
「そういうこと。だから、俺たちだけで先へどこまでも歩くわけにはいかない」
調査員が地図の端を指で叩いた。線は野営地からさらに少しだけ伸び、その先で止まっている。白い紙の余白が、板の端まで続いていた。
地図の確認を終えて外へ出ると、ノンノがガルムの手元を覗き込んでいた。緩んだ縄を取り替えるため、二人で布の片側を持ち上げている。ノンノは結び方を知らず、何度かやり直すことになったらしい。ガルムが結び目を指で押さえて引くと、布がぴんと張った。
「引っ張る方向が違うと、今は止まっても夜の風で緩む。ほら、向こうから押してみろ」
「こうですか? 思ったより動くんですね」
「支えていた手を離したら、もっと動く。縄一本でも、誰かが見てないと駄目になる」
ノンノが支柱を持つ手に力を入れ、ガルムはようやく結び目から指を離した。三日歩いた末に、最初の仕事が野営地の縄を押さえることになるとは思っていなかっただろう。だが、ノンノは嫌そうにはしていなかった。向かいの布が揺れるのを見ると、自分からもう一本の縄の状態を確かめに行く。
少し離れた場所で、リュシアとセルマが火を使う場所の周囲から草を抜いていた。乾いた茎は少し曲げただけで折れ、その下の土まで温かい。セルマが積んだ枝を隣へ移すと、リュシアは抜いた草を火のそばへ残さないよう一まとめにした。
「ここに来るまで、こんなに乾いているとは思いませんでした」
「昨日から急に変わったのよ。森の奥では落ち葉が湿っていたのに、ここじゃ火をつける場所を選ばないと危ない。明日はもっと先を見るそうね」
「はい。ラウルさんたちも一緒に」
「そうでしょうね。村に残っていた間も、調査班が新しい道を見つけるたびに先へ行こうとしていた。あの二人なら見落とさないような跡が、どこかに残っているんじゃないかって」
セルマは枝を置き、土についた草の根を払った。リュシアは返事を急がず、最後に残った乾いた茎を引き抜く。二人で作業した場所には地面の色が濃い輪ができ、火を置く位置がはっきりした。
「私も、ラウルさんたちと一緒に確かめます」
「ええ。私は見張りの方を引き受けるわ。誰かが先へ行くなら、戻ってくる場所も守らないと」
セルマの声は普段と変わらなかった。手元の仕事を終えると、彼女はリュシアから草の束を受け取り、風下へ運んでいく。リュシアはその背中をしばらく見ていたが、外からエルディアスが呼ばれると一緒に地図の屋根へ戻った。
◇
夕方、先行班と第二陣の責任者たちが地図の周りへ集まった。エルディアスとリュシアも呼ばれ、ラウル、ガルム、セルマが加わる。ノンノは補給の手伝いを頼まれていたが、説明が始まる前に戻ってきた。
調査員が、野営地より先へ伸びる短い線を指した。
「ここまでは歩いた。地面は乾いているが、草も木も残っている。緩い斜面を上がると見通しはよくなる。ただ、向こうへ下りる道はまだ確かめていない」
「砂漠は見えたのか」
エルディアスが尋ねる。
「乾いた土地が広がっているのは見た。遠くの色は明るいが、あれを砂地と言っていいかは、近づいてみないと分からない。旅人が話した街の姿も、ここからは見えなかった」
調査員はそこで言葉を止め、地図の線より先には指を進めなかった。ラウルがその余白を見つめる。
「斜面まで行く間に、人の通った跡はなかったか。旅人が村へ来たなら、どこかを通ったはずだ」
「それらしい踏み跡はある。ただ、動物も同じ場所を使うし、途中で草のない地面へ出て分からなくなった。街まで続く道だとは言えない」
ラウルは地図の線から指を離した。
「ニルスかクラリスの持ち物や、二人が休んだ跡はなかったか」
調査員は首を横に振った。
「ここまでの範囲では見つけていない。捜索している二人に限らず、誰かが野営した跡も確認できなかった」
ガルムは黙って地図の下端を押さえていた。セルマの視線は白い余白へ向いている。エルディアスは、そこから先へ二人を探しに行っても見つからないと知っていた。そのことをここで口に出すことはできない。
ラウルは地図から目を上げ、第二陣の責任者に向き直った。
「明日の朝に斜面の向こうを確かめたい。俺たちも前へ出る。旅人の通った跡が拾えれば、先を辿れるかもしれない」
「先へ進む。ただし、ここで全員が荷を持って斜面を越えるかは、向こう側の足場と水を見てから決める。測量具を持つ者も一緒に行く。見つけた線を記録へ戻せるようにしておきたい」
責任者が答える。ラウルはすぐには頷かなかった。
「急ぐつもりはない。だが、歩けるところまで行ってから荷を戻すとなれば、同じ場所を何度も往復するぞ」
「それは承知している。今ある水で進める距離と、帰れる距離を分けて見たいんだ。人の跡があっても、全員を連れてそこへ向かえるとは限らない」
二人とも先を見たいことは同じだった。ラウルは二人の手掛かりを見落としたくなく、責任者は人数分の水と帰路を確保したい。地図の上で同じ線を見ていても、確かめたいものが違う。
ガルムが杭を持ち上げ、地図の斜面に当たる場所へ軽く置いた。
「荷を置いて確かめるなら、残す場所を先に決めよう。ここから先は木が少ない。戻る時に見える印も要る」
「風向きが変わるなら、火を使う場所も先に見たいわ。乾いた草が続いている」
セルマが付け加える。責任者は二人の意見を記録し、翌朝は先に少人数で足場を確かめ、隊が進めると判断してから荷を動かすと決めた。先へ出る者の顔ぶれを相談し始めたところで、ノンノが手を上げた。
「わたしは、後ろに残った方がいいですか」
「明日の役割は、出る場所が決まってから伝える。今は勝手に動かないでくれればいい」
「はい。分かりました」
ノンノはそれ以上、自分を連れていくよう頼まなかった。昨日までなら、まず行きたいと言ってから理由を考えていたかもしれない。エルディアスは彼女の横顔を見たが、ノンノは先ほどの地図を真剣に見ていた。
◇
日が落ちると、熱を抱えていた地面が少しずつ冷えた。野営地では水袋を布屋根の陰へ移し、火を使う場所の周りから乾いた草を取り除いている。ガルムが直した杭は夕方の風にも動かなかった。
リュシアは夕食の受け渡しを手伝い、ノンノは食器を運んだ。大勢の食事を作る側へ回ろうとはせず、担当している者に置き場を聞いてから動く。ラウルとセルマが最後の見張りの配置を確かめて戻ってくる頃には、食事の準備も整っていた。
ノンノは離れた卓で調査員の話を聞いている。地図のどの印が今日の野営地なのかを尋ね、紙の上を指さしていた。エルディアスが器を持って布屋根の外へ出ると、ラウルが近くの木箱へ腰を下ろした。
「あの子は何を探してるんだ」
「姉と、その師匠だ。手掛かりを待ってる間、一緒に依頼を受けてる」
「そうか。だから第二層まで来たのか」
「それもあるだろうな。でも、今回は俺たちと一緒に行きたいって言った。連れてくるかどうかで、揉めたよ」
ラウルはノンノを見た。彼女は調査員の話を聞き、地図の端に書かれた文字を覗き込んでいる。
「揉めたなら、お前は置いてくると思った。知らない場所へ行く時ほど、慎重になるだろ」
「俺は反対した。リュシアが同行の条件を決めて、王都も許可した。第二層へ入った時も、リュシアが具合を確かめてる。無理なら戻すって決めてある」
「許可が出ても、心配は残るか。明日もあの子には初めての場所だ。本人が言い出す前に、周りも顔を見ておけよ」
「ああ」
エルディアスが答えると、ラウルは器の中身を一口食べた。しばらく、互いに明日の話はしなかった。木箱の横では二人の調査員が地図を丸め、明朝持ち出すものと野営地に残すものを分けている。
「ニルスなら、先に斜面へ登っていただろうな」
ラウルが言った。何かを尋ねる調子ではない。斜面を見た時に思い浮かんだ姿を、そのまま口にしたようだった。
「ガルムにも言われたよ。向こう側を見るだけなら、あいつが一番早いってな。クラリスなら戻ってきた連中の顔を見て、誰を先に休ませるか決める。たぶん、そこまで同じだ」
ラウルは器を持ったまま前を向いている。エルディアスは何も返せなかった。あの二人が今ここにいない理由を、ラウルは知らない。知ったうえで、その不在を聞いているわけでもない。
少し離れたところで、リュシアが作業を終えてこちらを見た。目が合うと、すぐにガルムたちの方へ顔を向ける。エルディアスも同じ方を見る。
「明日は、斜面から先も見るつもりなんだな」
「ああ。砂漠があるなら確かめる。その先がどれだけ広かろうと、二人が通った道かもしれない場所を、ここで見ないままにはできない」
ラウルは器を置き、乾いた草の向こうを見た。暗くなった今は斜面もはっきりとは見えない。それでも、方角だけは分かっているらしい。
「王都の調査にも協力する。勝手に先へ行くつもりはないよ。そこは、お前たちに心配されなくても分かってる」
「何も言ってないだろ」
「顔に出てる」
エルディアスは言い返さなかった。ラウルはそれ以上追及せず、器を持って立ち上がる。ガルムが杭を抱えて近づいてくるのを見て、手伝いに向かった。
ノンノが調査員との話を終え、地図を広げた布屋根から出てきた。昼より弱まった風に髪が揺れ、耳が乾いた草の擦れる音を拾う。リュシアも食器を片づけて合流した。
「明日、あの先へ行くんですね」
「はい。まずは足場を見てからになりますけど」
「分かっています。わたしが行けるかどうかも、明日決まるんですよね」
ノンノは遠くを見ながら答えた。昼の地図で白いままだった場所へ、今は自分の足で近づいている。エルディアスも同じ方を見た。
野営地の外を吹く風には、まだ森の葉の匂いが少し残っていた。その奥に、乾いた土の匂いが混じっている。どこから運ばれてきたものかは、夜の暗さでは確かめられない。
明日の測量線は、あの斜面から先へ延びる。




