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第77話 同道

 セレイスへ戻る頃には、陽もだいぶ傾いていた。


 西から差し込む光が石造りの建物の壁を赤く染め、通りには仕事を終えた人々が増え始めている。荷車の車輪が石畳を鳴らし、店先からは焼いた肉や香草の匂いが流れてきた。


 行きとは違って急ぐ理由もなく、四人は人の流れに合わせるように歩いていた。


 ノンノはその間、何度か抱えている魔導書へ目を落としている。銀灰色の表装から光は消えていた。細かな擦り傷の残る金属板は、今ではただ静かな重みを腕へ預けているだけで、あれほど鮮やかだった虹色の蝶もどこにもいない。


「名前、付けようと思います」


 唐突にノンノが言った。


 隣を歩いていたリュシアが顔を向ける。


「名前ですか?」


「はい。蝶の子に。ずっと『この子』って呼ぶのも分かりづらいですし、精霊なら名前があった方がいいかなって」


「もう考えてあるんですか?」


「ニペクにします」


 リュシアが一度、その音を確かめるように繰り返した。


「ニペク」


「変ですか?」


「いいえ。かわいいと思います。あの蝶にも合っています」


 ノンノの耳がぴんと立った。


「本当ですか?」


「はい」


「じゃあ決まりです。次に出したら、ニペクって呼びます」


 少し前を歩いていたマティアスにも聞こえていたらしい。


「呼び名を付けるだけなら問題ないだろう」


 ノンノがすぐにそちらを見る。


「名前を付けると何か変わることもあるんですか?」


「精霊によってはな。真名だの契約名だのが絡む話もある。ただ、今の蝶にそういう反応が出てる様子はない」


「じゃあ、ニペクって呼んでも大丈夫?」


「たぶん」


「たぶんなんですか」


「だから俺は精霊術の専門家じゃないって言ってるだろ」


 マティアスが肩を竦める。


 ノンノは少しだけ頬を膨らませたが、その横でリュシアが笑った。


「でも、呼びやすくはなりますね」


「そうですよね。ニペクです」


「ずいぶん気に入っていますね」


「はい」


 今度は迷いなく返した。


 魔術ギルドへ戻ると、マティアスは三人をそのまま奥の作業机へ連れていった。


 卓上には古い写本や術式板が積まれている。空いた場所へ今日の記録を広げると、マティアスは測定具の数値と走り書きを照らし合わせながら、確認できたことを別の紙へ移していった。


 ノンノは椅子へ座るより先に、その手元を覗き込む。


「そんなに書いたんですか?」


「後で見返した時に、何をどこまで確かめたか分からなくなるからな」


「でも、分からなかったことの方が多くないですか?」


「だから書くんだよ」


「なるほど」


 マティアスが筆を止め、ノンノを見る。


「本当に分かってるか?」


「半分くらい」


 リュシアが小さく笑った。


 一通り書き終えたところで、マティアスは紙を机へ置いた。


「……悪いな」


 ノンノの耳が動く。


「何がですか?」


「調べに来てもらったのに、結局分からんことばかり増えた」


「でも、古い精霊術の魔導書だって分かりました。ニペクも出てきましたし、羊も動かせました」


「そこまではな」


 マティアスは椅子へ深く腰を下ろし、ノンノの抱える魔導書を見る。


「俺が扱ってきたのは古い術式や魔導具が中心だ。古代式の構造なら多少は読めるが、精霊そのものになると専門から外れる。まして、あれだけ後から手を入れられた魔導書は見たことがない」


「じゃあ、これ以上は分からないんですか?」


「俺一人でやるなら時間が掛かる」


 マティアスは新しい紙を引き寄せた。


「だから、詳しそうなやつに聞いてみる」


 ノンノの耳がまた立つ。


「精霊術に?」


「ああ。北西の海にレムノアって島国がある」


 エルディアスにも名前くらいは聞き覚えがあった。北西海上にある島国で、島の中心に築かれた都市へ各地の魔術師や研究者が集まっている。国そのものを指して魔術都市と呼ぶ者もいるほど、魔術研究の盛んな土地だった。


「レムノアには古い精霊術の記録を集めてる研究者がいる。昔、資料を何度かやり取りしたことがあるから、そいつに聞いてみる」


「知り合いなんですか?」


「向こうが俺を覚えてればな」


「忘れてたら?」


「魔術ギルド名義で出す」


「最初からそうしてください」


 ノンノが即座に返した。


 マティアスが黙る。


 リュシアが口元を押さえた。


「ノンノ、容赦ないですね」


「だって、届かなかったら困ります」


「分かった。正式な書簡にする」


 マティアスは苦笑しながら紙へ筆を走らせる。


「ただし、すぐに返事が来るとは思うな。ここからレムノアまでは遠い。船の便もあるし、相手が調べてから返すなら、なおさらだ」


「どのくらい掛かります?」


「それも分からん。何日で返せなんて言える相手でもない」


 ノンノの耳が少し下がった。


「そうですか……」


「でも、今まで聞けなかったところへも聞けるようになったんですから」


 リュシアが横から言う。


「返事を待つものが増えたというより、手掛かりを探せる場所が一つ増えたと思いましょう」


 ノンノは少し考えてから頷いた。


「はい」


 マティアスは筆を動かしたまま続ける。


「カンナ・ミーゴと、セヴランについても一緒に聞いておく」


 ノンノが勢いよく顔を上げた。


「姉さんのことも?」


「ああ。精霊術師なら、向こうの研究者とどこかで接点があったかもしれん。セヴランも一緒にな」


「お願いします。本当に、お願いします」


 ノンノは椅子から立ちかけるほど身を乗り出した。


「何か出てくる保証はないぞ」


「それでもです」


「だから礼は何か分かってからでいい」


「じゃあ、その時にもう一回言います」


「律儀だな、お前」


 呆れたように言いながらも、マティアスは紙へ二つの名前を書き足した。


 それから今日の記録へ視線を戻す。


「ニペクの方は、もう少し試してみたいな」


「人にも効くか、ですか?」


 ノンノが尋ねた。


「それはやめとこう」


 答えは早かった。


 リュシアもすぐに頷く。


「私も、人で試す必要はないと思います」


「でも、もし効くなら知っておいた方がよくないですか?」


 ノンノの声には、好奇心より不安の方が強かった。


「知っておいた方がいいことと、今ここで確かめていいことは別です。羊と同じように本人の意思とは関係なく身体を動かせるなら、試される方は嫌でしょう。私なら嫌です」


 ノンノは魔導書へ目を落とす。


「……わたしも嫌です」


「なら、今はやめておきましょう」


「はい」


 マティアスが腕を組んだ。


「代わりに魔物なら試せる」


「ダンジョンですか?」


 エルディアスが尋ねる。


「ああ。一層なら危険も読みやすい。羊より知性のある魔物に効くかどうかも見られる」


「ダンジョン……」


 ノンノはそれきり黙った。


 マティアスも無理に話を進めなかった。


「まあ、今日はここまでだな。俺は書簡をまとめる。お前らもそろそろ腹が減っただろ」

     ◇


 魔術ギルドを出ると、通りには夕食時の匂いが漂い始めていた。


 焼いた肉と香草、煮込み、焼きたてのパン。昼間とは人の流れも変わり、仕事帰りらしい者たちが店先へ集まり始めている。


 しばらく歩いたところで、ノンノの足が少し遅くなった。


「……あの」


「どうしました?」


 リュシアが気づいて歩調を緩める。


「わたし、これからどうしたらいいんでしょう」


 口にしてから、ノンノ自身も少し困ったような顔をした。


「姉さんを探しに来たんですけど、ラゼンも返事待ちで、今度はレムノアも待つことになるんですよね」


「ああ」


 エルディアスが答える。


「今すぐ追える手掛かりはない」


「ですよね」


 ノンノの耳が少し伏せる。


「宿にずっといるわけにもいかないですし。お金も掛かりますし……」


 リュシアが少し考え、通りの先へ目を向けた。


「夕飯を食べながら話しませんか?」


「え?」


「立ったまま決めるようなことでもないでしょう」


「そうするか」


 エルディアスにも異論はなかった。


 三人は大通りから少し外れた食堂へ入った。


 夕食時にはまだ僅かに早く、壁際の四人掛けが空いている。そこへ座り、肉と豆、根菜を煮込んだ料理と黒パンを頼んだ。


 ノンノは抱えていた魔導書を椅子の横へ置こうとして、一度手を止めた。結局、そのまま膝へ戻す。


 向かいに座ったリュシアがそれを見ていた。


「今日はずっと抱えていますね」


「……なんとなく、置きづらくなっちゃって」


「さっきは地面に置いて調べていましたけど」


「あれは調べるためだったじゃないですか。今は、なんか違うんです」


 ノンノは銀灰色の表装を指先で撫でた。


「姉さんが送ってきた理由もまだ分からないし、ニペクのことも分かったばかりなので」


「なるほど」


 リュシアはそれ以上何も言わなかった。


 しばらくして料理が運ばれてくると、さすがに食べにくかったらしく、ノンノは魔導書を自分の椅子と壁の間へそっと置いた。


 湯気と一緒に香辛料の匂いが立ち上る。


 ノンノは早速匙を取り、一口食べた。


 耳が少し上がる。


「おいしい」


「昨日よりずっと食べられそうですね」


 リュシアが言う。


「昨日は本当に駄目でしたから」


「船はもう?」


「しばらく見たくもないです」


「レムノアへ行くことになったら、また船かもしれませんよ」


 ノンノの匙が止まった。


「……その時考えます」


「今は考えないんですね」


「今考えても酔います」


 リュシアが笑った。


 エルディアスは二人のやり取りを聞きながら、自分の器へパンを浸した。


 しばらく食事を進めたところで、リュシアが尋ねる。


「返事が来るまでは、セレイスにいるつもりなんですよね?」


「はい。ラゼンから何か来るかもしれませんし、レムノアにも聞いてもらえるなら、動かない方がいいと思います」


「その間の仕事は?」


 エルディアスが聞いた。


「探そうと思ってます。冒険者ギルドにも登録はありますし、簡単な依頼なら受けられます」


「一人でやってたのか?」


「だいたいは。一人で無理そうなのは受けませんでした。荷運びとか採取とか、街の中の仕事もありましたし」


 小柄な見た目とは違い、その辺りは手慣れているらしい。


 リュシアも少し感心したようにノンノを見る。


「ちゃんとしているんですね」


「一人でここまで来たんですから、それくらいはします」


「そうでしたね」


 ノンノが少し得意そうに耳を立てる。


 そのまま二口ほど食べてから、今度は自分から尋ねた。


「リュシアさんは、わたしがしばらく一緒にいてもいいと思ってるんですか?」


「私は構いませんよ」


 答えは早かった。


「本当に?」


「はい」


 ノンノの顔が明るくなる。


 だが、エルディアスはすぐには頷かなかった。


 リュシアもそれに気づいたらしい。


「ただ、エルが気にしているのは別のことです」


「別のこと?」


「俺たちは、普通の冒険者として依頼だけ受けてるわけじゃない」


 エルディアスが器を置く。


 ノンノが少し首を傾げた。


「そういえば……お二人って普段、何をしてるんですか?」


「今さらですね」


 リュシアが笑う。


「だって、会ってからずっとわたしの話ばっかりだったじゃないですか」


「確かに」


 そのまま知らない状態で行動を共にするわけにもいかない。


 食事を続けながら、エルディアスは必要なところだけを話した。


 セレイス近郊に現れたダンジョンのこと。入口にある石碑へ、第一層の攻略後に勇者と魔王に関わる内容が刻まれ、その中にリュシアの名まで現れたこと。


「わたしの名前は、リュシア・フェル・ノルディアです」


 途中でリュシアが自分から補った。


「石碑には、私が勇者を選ぶ者だと書かれています」


 ノンノが黒パンを持ったまま止まる。


「……リュシアさんの名前が?」


「はい」


「ダンジョンに?」


「はい」


「なんでですか?」


「それが分かれば、私たちも困っていません」


 リュシアが苦笑した。


 石碑をきっかけに王都が調査へ乗り出したことや、第二層へ王都の調査隊と冒険者たちが入ったことも話した。


 第二層には森があり、塔があり、その先で探索を続けたこと。そして、一緒に入った冒険者のうち二人が戻らなかったこと。


 ノンノの表情が変わった。


「……まだ見つかってないんですか?」


「ああ」


 エルディアスはそれだけ答えた。


 リュシアも視線を器へ落とし、何も付け加えない。


 第二層から戻ったあと、石碑へ新しい言葉が増えていたことも伝える。


「『幸せを選んだ者に、帰る場所はない』」


 ノンノが小さく繰り返した。


「幸せを選んだ者に、帰る場所はない……」


 しばらく考えたあと、耳が僅かに傾く。


「どういう意味なんですか?」


「分からない」


 エルディアスは答える。


「王都も調べてる」


「リュシアさんにも?」


「色々聞かれました」


「エルさんも?」


「ああ」


 ノンノは二人を交互に見た。


 手に持っていたパンを皿へ戻す。


「思ってたより、ずっと大変なことしてたんですね」


「私も最初からこうなると思っていたわけではないんですけどね」


 リュシアが答える。


「エルさんは?」


「俺もダンジョンの調査に加わってる」


「それだけじゃないでしょう」


 すぐにリュシアが口を挟んだ。


「第一層の頃から、ずっと一緒に調べています。私よりダンジョンのことを考えている時間は長いくらいです」


「お前が考えてないみたいに言うな」


「そういう意味ではありません」


 ノンノが二人を見比べる。


 先ほどまでの重い表情が少しだけ崩れた。


 それでも、次の質問をする時にはまた声が小さくなった。


「じゃあ、わたしが一緒にいると邪魔ですか?」


「私はそうは思いません」


 リュシアが先に答える。


「ずっと一緒にダンジョンの奥まで来てください、という話ではありません。返事を待つ間、セレイスで一緒に動くくらいなら構いませんよ」


「本当に?」


「はい。知らない街で一人で全部やる必要もないでしょう」


「子ども扱いしてません?」


「少しだけ」


「十八です」


「知っています」


「絶対忘れてますよね」


「覚えていますよ」


 ノンノが疑うようにリュシアを見る。


 リュシアは涼しい顔で煮込みを口へ運んだ。


 エルディアスは二人のやり取りが落ち着くのを待ってから言う。


「一層の依頼くらいなら一緒でも問題ない」


 ノンノがこちらを見る。


「二層は?」


「今は駄目だ」


 少し考えたあと、ノンノは素直に頷いた。


「二人も戻ってないんですもんね」


「ああ」


「分かりました」


 リュシアもそれ以上は勧めなかった。


「もし、その先まで一緒に行く必要が出てきたら、その時にまた話しましょう」


「はい」


 話が一段落したところで、リュシアがふと思い出したように尋ねる。


「そういえば、ノンノは今の宿をどのくらい取っているんですか?」


「明日までです。長くいるか分からなかったので、一日ずつ払ってます」


「それなら、明日から私と同じ宿にしませんか?」


 ノンノの手が止まった。


「……え?」


「二人部屋を取りましょう」


「リュシアさんと?」


「はい」


 ぴんと立った耳が、今度はすぐに伏せる。


「いや、それは悪いです。そこまでしてもらうのは……」


「二人部屋を二人で借りるだけですよ。料金も半分ずつにしましょう。一人ずつ部屋を取るより、その方が安く済むでしょう?」


「でも、リュシアさんは今のままでも困らないですよね」


「困りはしませんけど、安くなるなら私も助かります」


 ノンノはまだ納得しきれないらしく、リュシアの顔を見ていた。


「本当に?」


「はい。ノンノだけが得をする話ではありません」


 エルディアスは口を挟まず、残っていた煮込みを匙ですくった。


 宿代が安くなるという話自体は間違っていない。ただ、ノンノが遠慮しないよう、リュシアが理由を一つずつ並べていることも聞いていれば分かる。


 大概、お人好しだ。


 止めるほどのことでもないので、そのまま黙っていることにした。


「でも、部屋は狭くなりますよ」


「少しくらいなら構いません」


「荷物もあります」


「私もあります」


「……寝相、悪いかもしれません」


「それは明日の夜に分かりますね」


「耳も結構場所取りますよ」


 リュシアがとうとう笑った。


「そこまで心配しなくても大丈夫です」


「横に寝ると、思ってるより広がりますよ」


「では、ぶつかったら避けます」


「そんな簡単に……」


 ノンノはまだ何か言いたそうだったが、リュシアはもう話が決まったような顔をしている。


「本当に嫌ならやめます。でも、遠慮しているだけなら気にしなくていいですよ」


 ノンノが少し黙った。


 伏せていた耳がゆっくり戻る。


「……遠慮してるだけです」


「なら決まりですね」


「やっぱり押し切るんですね」


「お互い安くなるんですから、いいでしょう?」


「そうですけど」


「明日、二人部屋が空いているか聞いてみます」


 ノンノはしばらくリュシアを見ていたが、やがて小さく息を吐いた。


「じゃあ……お願いします」


「はい」


「ありがとうございます」


「だから、お互い得をする話です」


「それでもです」


 リュシアは少し困ったように笑った。


 エルディアスはそのやり取りを聞きながら、器の中身を食べ終えた。


 本当に大概だな、と思う。


 だが、ノンノの表情が先ほどより明らかに軽くなっている以上、わざわざ口に出して水を差す気にもならなかった。


「これで宿代も少し減ります」


 ノンノが自分に言い聞かせるように呟いた。


「そうですね」


 リュシアが頷く。


「生活費が必要なら、明日から依頼も見てみましょう」


「一人で?」


「一緒にだ」


 エルディアスが答えた。


 ノンノがこちらを見る。


「いいんですか?」


「一層ならな」


「ニペクが魔物にも効くかも確かめられますね」


 リュシアが言う。


 ノンノの表情に少し緊張が戻った。


「ダンジョン……」


「入ったことは?」


「ちゃんとしたのはないです」


「怖いですか?」


 リュシアが尋ねる。


「少し」


 正直な返事だった。


「では、私の近くにいてください」


「いいんですか?」


「はい。ニペクを使う時も、無理に前へ出る必要はありません」


「リュシアさんの近くなら大丈夫そうです」


「そこまで言われると、ちゃんと守らないといけませんね」


「お願いします」


「任せてください」


 ノンノの耳が少し立つ。


「ただ、明日すぐ潜るかはギルドで依頼を見てから決める」


 エルディアスが言う。


「都合のいい依頼があれば受ける。なければ別のことをする」


「分かりました」


「部屋の方も明日ですね」


 ノンノが確認する。


「はい。今夜は今の部屋があるんでしょう?」


「あります。明日の朝まで払ってます」


「なら、今日はそのままでいいですね。明日、二人部屋へ移りましょう」


「分かりました」


 話がまとまる頃には、店の中もすっかり混み始めていた。入口近くには席が空くのを待つ者まで立っている。


 三人は食事を終えて席を立った。


 外へ出ると、陽はほとんど落ちていた。軒先の灯りが一つずつ点き始め、昼間より少し冷たい風が建物の間を抜けていく。


 ノンノは魔導書を抱え直した。


「じゃあ、今日はここで?」


「宿までは一緒に行きますよ」


 リュシアが言う。


「同じ方向ですし」


「また子ども扱いしてません?」


「していません」


「本当に?」


「本当です」


 ノンノが少し疑うようにリュシアを見上げる。


 やがて笑った。


「じゃあ、一緒に帰ります」


「はい」


 三人で歩き始める。


 姉を探すために遠い島からやって来たノンノは、今は二つの返事を待つことになった。


 明日からはリュシアと部屋を分け合い、依頼も一緒に探す。


 少なくとも当面は、同じ道を歩くことになりそうだった。


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