第67話 協働
翌朝、冒険者ギルドへ入ると、ミュリカはエルディアスたちの顔を見るなり手を上げた。
「ちょうどよかったです。昨日の依頼ですが、一人話を聞きたいという方が来ています」
「もうですか?」
「条件が少し変わっていますから、掲示板へ出す前に何人か心当たりへ声を掛けたんです。料理ができて、市場に慣れていて、しばらく街中の仕事を受けられる人でしょう?」
ミュリカが受付の横を示す。
そこにいたのは、四十前後に見える人族の女だった。日に焼けた顔に、肩の辺りでまとめた焦げ茶色の髪。厚手の上着の袖を肘まで捲り、太い腕を惜しげもなく晒している。背はリュシアより少し低いが、立ち姿には妙な安定感があり、冒険者だったと言われればすぐ納得できた。
女はこちらを見ると、にっと笑った。
「そのエルフの姉ちゃんが依頼主かい?」
「はい。リュシアです」
「マルタだ。昔はここの札をぶら下げてたけど、今は亭主と子供の飯を作ってる時間の方が長い」
「元冒険者なのですか?」
「十年ちょっとね。結婚してからも何年か続けたけど、二人目が生まれたところで危ない仕事はやめたよ。今は家のことをしながら、暇な日に荷運びだの店番だのを受けるくらいさ」
そこでマルタは、リュシアの隣に立つエルディアスへ視線を移した。
「そちらが旦那さんかい?」
「違います」
リュシアの返答が早かった。
「そうかい。悪かったね」
「別に。エルディアスだ」
「マルタだ。よろしく」
エルディアスが軽く頷くと、マルタは気にした様子もなく、ミュリカから渡された依頼の控えを持ち上げた。
「話は聞いたよ。南の修道院で、安い材料でもちゃんと腹に溜まる飯を作れるようにしたい。そのやり方を覚えて、あんたが来られない時には向こうの人たちと一緒に回す。そんなところで合ってるかい?」
「はい。ただ、決まった料理を毎日作っていただきたいわけではありません。市場に同じものがなかった時にも、別の食材を選べるようにしたいんです」
「そりゃ分かるよ。魚なんか毎日同じのが同じ値段で並ぶわけじゃないからね。今朝だって昨日の風で小舟があんまり出てない。近海の小魚は少ないはずさ。昨日と同じものだけ探してたら、高いのを掴むことになるよ」
リュシアが少し目を見開いた。
「そういうことを知っている方を探していました」
「港で二十年以上飯を買ってりゃ嫌でも覚えるよ。冒険者やってた頃は、もっとひどかったしね。金がない時に安い干し肉ばっかり食ってたら、財布より先に顎が死ぬって学んだ」
「顎?」
「硬いんだよ、安い干し肉は」
マルタは豪快に笑った。
「それに、聞いたことのない料理を覚えられるなら、こっちも悪い話じゃない。毎日家で飯を作ってると、作るものもだいたい同じになってくるからね」
「まだ一つ試しただけですよ」
「だから面白いんじゃないか。うまかったら家でも使わせてもらうよ」
「それは構いません」
「よし。なら報酬以外にも一つ得ができた」
少なくとも話は早そうだった。
「一つ、先に聞いてもよいですか?」
「何だい?」
「子供に料理を教えることはできますか?」
「何歳?」
「年長の子を中心に、できることだけお願いしたいと思っています。野菜を洗ったり、豆を水へ入れたり、麦を量ったりですね」
「刃物と火を小さいのに触らせないなら問題ないよ。言うこと聞かなかったら叱るけど、それでもいい?」
「もちろんです」
「なら大丈夫だ」
マルタは頷くと、手にしていた依頼書を軽く持ち上げた。
「で、こっちも最初から聞こうと思ってたんだけどさ。報酬、本当にこの額で出すつもりなのかい?」
「何か問題がありますか?」
「多いよ。一か月で金貨十二枚。あたし一人に払う額じゃない」
エルディアスも思わず依頼書へ目を向けた。
金貨十二枚。
昨日、報酬は自分で出すと聞いてはいた。だが、具体的な額までは聞いていない。
街中の炊事補助に、一か月でそこまで出したのか。
「お前、そんな額にしたのか」
「はい」
リュシアは何でもないことのように答えた。
「料理ができて、市場にも慣れている方にお願いするのですから、そのくらいあった方がよいかと思いまして」
「相場、聞いた?」
「ミュリカさんには相談しました」
ミュリカが少しだけ視線を逸らした。
「私は、もう少し下げても応募はあると思うとはお伝えしました」
「聞いてるじゃないか」
「でも、必要な方に来ていただけない方が困ります」
エルディアスはそれ以上言わなかった。
こいつはこういうところで妙に躊躇がない。
自分のためならともかく、必要だと判断したものへ金を出す時は、細かな損得をあまり考えないらしい。
マルタも呆れたように笑った。
「なるほどねえ。そりゃミュリカもそのまま出すわけだ。料理人を一日中拘束するならともかく、この仕事だろ? 市場を回って、厨房を手伝って、向こうが慣れるまで付き合う。それで一か月金貨十二枚は多すぎるよ」
「多い分には問題ないと思いますけど」
「払う方はそう言うんだよ」
マルタは依頼書を指で叩いた。
「なら、この額を一人で貰うんじゃなくて、人を増やしてもいいかい?」
「人を?」
「あたしの昔の仲間に、今はあたしと似たような暮らししてるのが二人いる。一人は子供が大きくなって昼間が空いてるし、もう一人も危ない仕事はとっくにやめた。二人とも料理くらいするし、市場も知ってる」
「三人で来るということですか?」
「最初から三人で厨房に押しかけても邪魔だよ。今日はあたしがあんたと回る。やり方を覚えたら二人にも教える。誰か一人が都合悪くても、別の奴が行けるようにしておけば、修道院も困らないだろ?」
言われて、リュシアは少し考えた。
「その方が、私がいなくなった後は安定しますね」
「だろ? 子持ちの主婦三人捕まえて、毎日同じ時間に来いなんて方が無茶なんだ。交代なら続く」
「報酬は?」
「その金貨十二枚の中でいいよ。誰が何日、どのくらい働いたかで分ける。もちろん、二人にはあたしから話して、ギルドにもきちんと登録してもらう。それでいいだろ、ミュリカ?」
「依頼人が了承するなら問題ありません。ただし、実際に依頼へ入る方は全員こちらで確認します」
「当然だ」
マルタがリュシアを見る。
「どうする?」
「お願いします」
リュシアはほとんど迷わなかった。
「まだそのお二人に会ってはいませんけど、交代できる方がいる方がよいと思います。ただ、最初に私と一緒に動くのはマルタさんでお願いします」
「任された」
マルタは大きく頷いた。
「じゃあ、まず市場からだね?」
「はい」
「今日は子供も連れてくんだろ?」
「そのつもりです」
「なら、先に修道院へ行こう。市場で見失ってから人数数えるのは勘弁だからね」
◇
修道院では、昨日話をした修道女がすでに待っていた。
リュシアがマルタを紹介すると、修道女は少し驚きながらも頭を下げる。マルタはもっと簡単に、「しばらく飯の手伝いをするよ」と答えた。
市場へ同行することになったのは、年長の子供三人だった。十歳を少し越えたくらいの少年が一人と、同じくらいの少女が二人。普段から買い物を頼まれることはあるらしく、籠を持つ姿に戸惑いはない。
「今日は何を買うか覚えるんですか?」
少年が聞く。
「それもありますけど、何を見て決めるかを覚えてください」
リュシアが答えると、少年は難しそうな顔をした。
「違うの?」
「違います。昨日安かったものが、今日も安いとは限りませんから」
「じゃあ一番安いの買えばいいじゃん」
「傷んでたら食えないだろ」
マルタがすぐ横から言った。
「安けりゃ何でもいいなら、市場の端に落ちてる魚でも拾ってきな」
「それは嫌だよ」
「なら値段以外も見るんだよ。ほら、行くよ。あと市場で走ったら置いてくからね」
「走らないよ」
「昨日走った奴が言っても信用しないよ」
「昨日は市場じゃないし」
「屁理屈まで覚えたか」
少年が口を尖らせ、隣の少女たちが笑った。
叱っているのに空気は悪くならない。
リュシアが探していたのは、こういう人なのかもしれなかった。
南側の市場へ着くと、マルタが言った通り魚の並びは昨日と違っていた。小魚を山にしていた店にも空いた木箱が目立ち、昨日リュシアが使った種類はわずかしか残っていない。
「本当に少ないですね」
「夜に風が強かったからね。沖へ出た舟が少ないんだよ」
マルタは店先を覗き込み、別の籠を指した。
「こっちは多いね。川口の方で獲れる奴だ」
リュシアも魚を確かめる。
昨日のものより少し大きく、骨も太い。
「これは、そのまま煮ても骨が残りそうです」
「残るね。頭と骨を取るなら食えるけど、三十人分やると面倒だ」
マルタは子供たちを見る。
「どう思う?」
「安いよ」
一人の少女が値札を見て答えた。
「昨日の魚より?」
「昨日の値段は知りません」
「そりゃそうだ。じゃあ今日は覚えときな」
マルタは笑ってから、別の魚を指した。
「こっちは?」
少年が覗き込む。
「もっと小さい」
「値段は?」
「そっちよりちょっと高い」
「姉ちゃん、これはどう?」
今度はリュシアへ聞いた。
魚を一匹取らせてもらい、指先で骨の辺りを確かめる。
「こちらの方がよいと思います。昨日使ったものとは違いますけど、これなら長く煮れば骨もかなり柔らかくなるはずです」
「なら今日はこっちだな」
「でも、少し高いよ?」
少年が言った。
「下拵えに時間が掛からない分まで考えるんだよ」
マルタが答える。
「安い魚を買って、修道女さんが一刻ずっと骨抜いてたら、それは本当に安いのかって話さ」
少年は二種類の魚を見比べた。
「時間も値段?」
「いいところに気づいたじゃないか」
マルタが少年の背中を軽く叩く。
「金には書いてなくても、飯を作る時には数えるんだよ」
リュシアが横から頷いた。
「薪も同じです。安い材料でも、何時間も煮なければ使えないなら、その分だけ薪が必要になります」
「覚えること多いなあ」
「全部今日覚えなくてよいですよ」
「そうそう。忘れたらまた聞きな。ただし同じこと三回聞いたら、働いて覚えてもらうよ」
「働くの?」
「野菜洗い一桶追加だね」
「じゃあ覚える」
「現金な奴だ」
魚を買ったあとは豆と麦へ向かった。
豆は昨日と同じ種類があったが、リュシアはすぐには買わず、子供たちに二種類を見せた。片方は少し安く、小粒で硬い。
「こっちの方が安い」
少女が答える。
「では、こちらにしますか?」
「さっき安いだけじゃ駄目って言った」
「では、どうしましょう」
三人とも黙った。
マルタが腕を組む。
「触らせてもらいな」
店主へ断ってから、子供たちが豆を手に取る。
「こっち硬い」
「そうですね」
「硬いと駄目?」
「駄目ではありません。ただ、戻すのにも煮るのにも時間が掛かります」
「じゃあ昨日のこっち?」
「今日はそうします。ただし、時間が十分ある日なら安い方を使えるかもしれません」
正解を一つ覚えるのではなく、条件で選ぶ。
初めのうちは戸惑っていた三人も、根菜を選ぶ頃には値札だけでなく品物を見比べるようになっていた。
形の曲がった白い根を少女が持ち上げる。
「これは安いけど、曲がってるだけ?」
「割れていないなら大丈夫です」
「こっちも?」
「少し柔らかくなっていますね。今日は使えますけど、何日も置くなら避けた方がよいです」
「じゃあ今日食べるから買える?」
「はい」
「よし、一つ覚えた」
少女が嬉しそうに籠へ入れようとして、マルタに手首を止められた。
「待ちな」
「何?」
「店の人にいくらか聞いて、買うって言ってから入れる。売り物を勝手に自分の籠へ入れない」
「あ……」
「悪気がなくても駄目なものは駄目だよ。戻して、ちゃんと聞きな」
「はい」
少女は素直に根菜を戻し、店主へ向き直った。
怒鳴るわけでもない。
だが、流しもしない。
エルディアスは少し後ろからその様子を見ていた。
マルタを選んだミュリカの判断は、かなり当たりらしい。
◇
修道院へ戻る頃には、三人の籠には魚、豆、麦、根菜と葉物が分けて入れられていた。
厨房へ入ると、リュシアはすぐ鍋へ向かわなかった。
「まず、何からでしたか?」
三人の子供を見る。
「豆!」
「水に入れる!」
「それ昨日からやるやつじゃなかった?」
少女の一言で、少年が止まる。
「そうですね。今日使う分は、昨日お願いして水に浸してもらっています」
厨房の隅には、修道女が用意していた豆の桶が置かれていた。
「では、今買ってきた豆は?」
「明日の分?」
「正解です」
「じゃあ俺やる」
「水の量を見てからですよ」
「はーい」
「返事だけ早いね、あんたは」
マルタが後ろから言う。
「ちゃんと姉ちゃんの話を聞いてから動きな。早くやって間違えたら、やり直す方が遅いんだから」
少年は伸ばしかけていた手を引っ込めた。
その横で、少女たちは根菜と葉物を洗い始める。
リュシアは魚の処理を見せるつもりだったが、マルタが横へ並んだ。
「一匹やってみて」
「はい」
頭と腹を処理し、煮たあとで取り除きにくい部分だけを先に落とす。
マルタは手元をじっと見ていた。
「思ったより残すんだね」
「全部骨を取ると時間が掛かります。この魚なら煮れば細い骨は気にならなくなるので、大きなものだけ後で漉します」
「なるほど。だから大きい網か」
「はい」
「それなら毎回三十匹も四十匹も骨抜くより早い」
マルタは次の一匹を取った。
「こう?」
「腹を少し浅く。身まで開かなくて大丈夫です」
「このくらい?」
「はい」
「へえ。これは知らなかったね」
マルタは処理した魚を眺め、楽しそうに笑った。
「旅してた頃にも魚は煮たけど、骨まで柔らかくして最後に漉すなんて考えなかったよ。こういうのを一つ覚えられるだけでも、依頼を受けた甲斐があるね」
「魚によっては使えませんよ」
「そこを見分けるところまで教わるんだろ?」
「そうですね」
「なら、しっかり覚えないと損だ」
そう言ってから、マルタは魚を覗き込もうとした子供へ視線を向けた。
「あんたたちはまだ触るんじゃないよ。包丁持ってる人間の肘の横に入るな。切るのは魚だけで十分だからね」
三人が一斉に一歩下がった。
「そこなら見ていいよ」
叱った直後でも、見学そのものは止めない。
やがて鍋へ魚と香味野菜を入れ、火に掛けた。
豆を潰す作業は年長の少年が担当した。最初は力任せに棒を押しつけていたが、桶が動くたびにマルタから「押さえる奴と潰す奴に分かれな」と声が飛び、少女の一人が反対側を押さえる。
「全部潰すの?」
「全部ではありません」
リュシアが答える。
「半分くらい形が残っていた方が、食べた時に豆だと分かります。汁を濃くする分だけ潰せば十分です」
「半分ってどのくらい?」
「その辺りで一度見せてください」
「数で決めないの?」
「豆の柔らかさでも変わりますから」
「面倒だなあ」
「飯ってのはそういうもんだよ」
マルタが笑う。
「でも毎日やってりゃ、見りゃ分かるようになる。そのために今やってんだろ?」
「うん」
「なら文句言いながらでも手は動かしな」
「はーい」
「返事は一回でいい」
厨房に笑いが起きた。
魚の出汁が取れたところで、新しい漉し網が使われた。
神殿の共同厨房にあったという品は、朝のうちに届けられていたらしい。新品ではないが傷みは少なく、三十人分を扱うには十分な大きさがある。
魚を引き上げ、骨を確かめ、汁へ豆と根菜を加える。麦を入れる段になると、今度は少女の一人が器で量った。
「いっぱい入れた方がお腹いっぱいになる?」
「なります」
「じゃあ多く――」
「その代わり汁がなくなります」
「……昨日聞いた」
「覚えていましたね」
「危なかったけどね」
マルタに言われ、少女が笑う。
最後に葉物を加え、少量の脂と果実酢で味を整えた。
リュシアは一度味を見たあと、匙をマルタへ渡す。
「どうですか?」
マルタは口へ入れ、少し考えた。
「魚の汁なのに重くないね。豆だけより腹にも残りそうだ」
もう一口だけ味を確かめ、今度ははっきり頷く。
「それに、この脂と酢の使い方は面白いね。魚と豆だけなら、もっと野暮ったい味になると思ってたよ」
「昨日試して、それで落ち着きました」
「なるほどねえ。家じゃ魚の煮込みに酢なんて最後に入れないよ。亭主にも一度食わせてやろう」
「気に入るかは分かりませんよ」
「気に入らなかったら、あたしが食べるから問題ない」
マルタは笑って匙を返した。
「塩は、もう少し入れてもあたしは好きだけど、子供ならこれでいい。小さいのも食うんだろ?」
「はい」
「なら後から足せる方がいい」
次に修道女が味を見る。
「おいしいです」
「作る手間はどうでしょう?」
「今日くらい人数がいれば、ずいぶん楽ですね」
「毎日この人数は来ませんけどね」
マルタが言う。
「だから、どこまで減らせるかも考えよう。三人必要な仕事を三人で覚えても仕方ないよ。一人でもできるところ、子供に任せられるところ、前の日にやれるところ。何日かやれば分かるさ」
「お願いします」
「任せときな」
味見が済むと、ようやく食堂へ鍋が運ばれた。
昼を待っていた子供たちが長机へ集まり、見慣れない煮込みを覗き込む。買い出しから手伝った三人は、すでに自分たちが作ったもののような顔をしていた。
「俺、豆潰した」
「私は麦量ったよ」
「魚も選んだ」
「選んだのは皆さんでしょう」
リュシアが訂正する。
「でも、あっちの魚よりこっちがいいって言った」
「最後には、ですね」
「なら選んだんだよ」
マルタが器を並べながら笑った。
「働いた奴は少しくらい自慢していい。ただし、食べる前に全部自分の手柄にするのはなしだよ」
「マルタさん何したの?」
「一番働いたね!」
「自分で言った!」
「大人はいいんだよ」
「ずるい!」
騒がしくなったところで修道女が手を叩き、子供たちがようやく席へ着いた。
最初の一口だけは、リュシアも少し離れたところから見ていた。
魚を嫌がる子がいるかもしれない。豆の濃さを嫌うかもしれない。昨日、自分たちが食べて問題がなかったからといって、子供たちにも受けるとは限らない。
一人が匙を口へ運び、続いて隣も食べる。
「これ、魚?」
「入ってるよ」
「骨ない」
「大きいのは取ったからね」
「おかわりある?」
まだ半分も食べていない。
マルタがすぐに言った。
「まず今のを食べな。残しておかわりはなしだよ」
「食べるよ!」
「なら食べ終わってから言いな」
ほどなく食堂のあちこちから、同じような声が上がり始めた。
味が嫌だと手を止める子はいない。小さい子には麦が少し食べづらそうだったが、修道女が匙で崩してやれば問題なく口へ運んでいる。
鍋の底が見え始めるまで、それほど時間は掛からなかった。
「足りた?」
マルタが聞く。
修道女が最後の器を確認する。
「少しだけ残っています。ちょうどよかったと思います」
「なら最初としては上出来だね。足りないよりはいいし、余りすぎても困る」
リュシアは空に近くなった鍋を見る。
「もう少し麦を減らしてもよいかもしれません」
「腹持ち考えたらこのくらいでもいいんじゃないかい?」
「小さい子には少し多そうでした」
「なら年齢で盛る量変えりゃいい。鍋を変える必要はないよ」
「なるほど」
「全部料理の方で直そうとしなくていいのさ。出す方で変えられるなら、その方が楽だろ?」
今度はリュシアが少し考え、頷いた。
「そうですね」
「そっちは料理を知ってる。あたしは毎日家の飯を回す方なら少し長い。それでちょうどいいんじゃない?」
「はい」
子供たちの声が食堂に満ちている。
リュシアが一人で市場へ行き、一人で厨房に立っていたなら、もっと早く出来上がっていたかもしれない。だが今日、魚を選んだ理由を知っている者は一人ではなかった。豆を前日に水へ入れることも、麦を入れすぎれば汁を吸うことも、道具の使い方も、少なくとも何人かは知っている。
マルタが空いた器を重ねながら言った。
「今日のところは成功でいいだろ」
「まだ一回目です」
「分かってるよ。だから明日もやるんだ」
「明日も来られるのですか?」
「ああ。ただ、帰りに昔の仲間にも声掛けてくる。あいつらにも一度ここ見せないとね」
「お願いします」
「三人いれば、あんたがダンジョンへ潜ってる間でも誰かしら顔を出せるさ。そのうち、あたしたちが来なくても回るようになればもっといい」
リュシアは食堂を見回した。
買い出しへ行った三人が、今度は空いた器を集め始めている。先ほど麦を量った少女が、小さな子から器を受け取って重ねた。
「そこまでいけば、この依頼も終わりにできますね」
「そういう仕事なんだろ?」
「はい」
「じゃあ、早くあたしらが要らなくなるようにしないとね」
自分の仕事がなくなる話をしながら、マルタは楽しそうに笑った。
「その前に、あんたの料理はもう少し教えてもらうけどね」
「依頼に必要なものなら」
「そこは堅いねえ」
「家で作る分まで報酬には入っていませんから」
「分かった分かった。じゃあ、それは別で聞くよ」
マルタが笑っている横で、少年が器を三つ重ねたまま走ろうとした。
「走るんじゃない!」
食堂にマルタの声が響き、少年がその場でぴたりと止まった。
「落としたら自分で洗うだけじゃ済まないよ。割ったら次に使う器が減るんだからね」
「……ごめんなさい」
「分かればいい。今度は歩いて持ってきな」
「はい」
少年は器を抱え直し、今度はゆっくり歩き出した。
そのやり取りを見て、修道女が笑っていた。
リュシアも少しだけ笑う。
少なくとも、人選については心配しなくてよさそうだった。




