第44話 矛盾
――二日目です。
リュシアの返事に迷いはなかった。
エルディアスは少し先を歩く五人へ目を向けた。ラウルとセルマは、先ほど老人から聞いた三神の昔話についてまだ何か話している。ニルスも時折口を挟み、ガルムとクラリスがその後ろを歩いていた。
――俺には四日目だ。
隣を歩くリュシアの足が、ほんのわずかに遅れた。
――四日目?
――村に着いた日を一日目にするならな。
返事が途切れた。リュシアは驚いたというより、自分の記憶を数え直しているようだった。
――私は、昨日この村へ着いたと思っています。ですから、今日は二日目です。
――俺には、その間に二日ある。
そこでラウルが振り返った。
「二人とも、どうした?」
「何でもない」
「そうか。戻るぞ。今日聞いた話を一度まとめたい」
「ああ」
ラウルが前へ向き直る。エルディアスも歩調を戻した。
――夜に話す。
――分かりました。
◇
夕食の後、今日調べたことを一通り整理すると、ラウルたちは明日の朝も入口を確認することだけを決めて休むことになった。
家の中から話し声が消え、五人の寝息だけが聞こえるようになってから、エルディアスは身体を起こした。同じ頃にリュシアも寝台を下り、二人は音を立てないように外へ出る。
夜の村には、森とは違う静けさがあった。家々の灯りは大半が落ちていたが、人の暮らしそのものが消えたわけではない。遠くで戸を閉める音がして、家畜が一度だけ鳴く。風には薪を燃やした匂いがわずかに残っていた。
二人は中央の広場へ向かう途中、道端にある低い石のそばで足を止めた。エルディアスが腰を下ろすと、リュシアも隣へ座る。
――順番に確かめる。まず、村に着いた日だ。覚えてることを話せ。
――はい。
リュシアは少し考え、森で村を見つけたところから話し始めた。鐘楼の男に声を掛けられて村へ入り、受付で七人それぞれの役目を見てもらったこと。自分は料理人、エルディアスは観測者と告げられたこと。広場で赤、黄、青の三神像を見て、村長から森の道や鐘、三神について話を聞いたこと。
その後、帰ろうとして七人だけが境界を越えられないことに気づいた。村長たちを連れて入口へ戻り、村人は普通に通れる一方で、自分たちだけが進めないことを確認した。物も術式も境界を越える。それでも身体だけは止められる。
旅人用の家を借り、その夜を過ごした。
そこまで、二人の記憶に違いはなかった。
――同じだ。
――では、違うのはその翌日からですね。
――ああ。俺にとっての二日目。赤が正面だった日だ。
エルディアスはその日の記憶を辿った。
――朝、七人で入口へ行った。村人が森へ出るのを見て、俺たちはまだ通れなかった。その後、村長が老人を三人連れてきた。
――三人?
――痩せた爺さんと、小柄な婆さんと、大柄な爺さんだ。昔この村へ来た旅人について話を聞いた。
何人くらいで来たことがあるのか。複数日泊まった旅人はいたのか。帰れなくなった者はいなかったか。昔どんな役目が出たことがあるのか。
人数については老人たちの記憶も曖昧だった。五人か六人ほどの商人が来たという話があり、何日か泊まった者もいた。薪割り、荷運び、料理人、猟師。歌い手という変わった役目を与えられた旅人もいたが、観測者という名前には誰も心当たりがなかった。
――その三人に会った覚えは。
――ありません。
リュシアは少しも迷わなかった。
――その婆さんに、お前は昼飯を作るのを手伝ってくれって頼まれた。
――私が?
――料理人だからな。村の料理は知らないって答えたら、切ったり混ぜたりしてくれればいいと言われた。
リュシアがわずかに眉を寄せる。
――私は引き受けたのですか。
――ああ。セルマも一緒だ。あいつは竈の火の回りが悪いから見てくれって頼まれた。
――それは、セルマさんなら喜びそうですね。
――喜んでた。昼には二人で煮豆と野菜を鍋ごと持って帰ってきた。セルマの方は、竈に灰が溜まってただけだったらしい。
リュシアはしばらく黙った。自分の中に本当に何もないのかを探すように視線を落とし、やがて小さく首を横へ振る。
――覚えていません。料理を手伝ったことも、その方々と話したことも。
――その前には岩壁も見た。ほかに外へ出られそうな場所がないか確かめてる。夕方にはもう一度入口へ行った。
――私も一緒に?
――七人ともいた。
――それもありません。
朝から夕方まで、一つの出来事だけではない。一日そのものが、リュシアの記憶には存在していなかった。
――これが俺の二日目だ。
――はい。
――次が三日目。青だった日だ。
リュシアは少し考えた後、先ほどより早く返した。
――叔母さんに会った日ですね。
――ああ。そっちは、今日もう半分確かめた。
受付で少女から、以前は叔母が受付をしていたと聞いた。家の目印は屋根の青い布と、扉の横に掛かった木の鳥だった。今日、少女が同じ説明をする前にエルディアスがその二つを言い当てたことで、リュシア自身も異常を認めている。
――その日、あの叔母に会った。観測者は知らないと言われた。それから、三神の昔話をする爺さんにも会った。大きな獣が村を襲って、神が追い払った話だ。
――それも先ほど確認しました。私はどちらも覚えていません。
――ああ。叔母の家へ行く途中では山羊も逃げた。
リュシアがこちらを見る。
――山羊?
――柵の柱が腐って倒れた。ガルムたちが捕まえるのを手伝って、そのまま柱も替えた。俺とラウルが柱を押さえて、ニルスが横木を戻した。お前たちは山羊を柵の中へ戻してる。
――……それも覚えていません。
叔母と老人については今日すでに確かめていた。そこへまったく別の出来事を重ねても、答えは変わらなかった。
エルディアスは少し考え、その日の続きを思い出した。
――爺さんからは、もう一つ聞いた。
――何をですか。
――昔、村に来た旅人が酔っ払って、三神像へ剣を振り下ろしたことがあるらしい。
リュシアの眉がわずかに寄った。
――像を?
――ああ。だが、像には傷一つ付かなかった。逆に剣の刃が欠けた。それでも旅人は次の朝、普通に村を出ていったそうだ。
リュシアはすぐには何も返さなかった。エルディアスも、その時の会話を続ける。
――セルマが、塔の壁みたいだって言った。
――第二層の塔ですか。
――ガルムが斧を当てても傷が付かなかった壁だ。ラウルは、似てるとは限らないって止めた。
――ですが、気にはしていた?
――ああ。
昼には七人で三神像を近くから見た。表面や台座、周囲を確かめただけで、術式を掛けた者も、刃を当てた者もいなかった。酔った旅人が平気だったという昔話があっても、何が起こるか分からないものへ勝手に手を出す理由はなかった。
夕食の時にも、ラウルはその話を持ち出した。
――普通の石じゃないなら、村の信仰とは別に、ダンジョンの構造物として考える必要があるかもしれないって言ってた。
――ラウルさんが。
――ああ。結論は出してない。塔と同じものだとも言ってなかった。
ただ、気にしていた。
そこまで話して、エルディアスは青の日の最後を思い出した。
――その夜だ。
――何かあったのですか。
――皆が寝た後、ラウルが起きた。
エルディアスは寝台で目を開け、剣帯を手にしたラウルへ声を掛けた。
どこへ行く。
少し歩いてくる。
昼の話が頭に残っている。三神像を近くで一度見てくるだけだ。
エルディアスは村の中だけにしろと言い、ラウルもそのつもりだと答えた。
そして、一人で家を出ていった。
そこまで話したところで、リュシアからしばらく念話が来なかった。
やがて、静かに尋ねられる。
――ラウルさんは戻ってきたのですか。
エルディアスは答えようとして、止まった。
戻ってきた。
そう答えかけた。
だが、自分が実際に見たものを辿ると、そこが抜けている。
――……知らん。
――知らない?
――俺はそのまま寝た。ラウルが戻ってきたところは見てない。
リュシアは何も言わず、続きを待った。
――次に起きた時にはラウルがいたから、戻ってきたと思ってた。
今朝も、ラウルはいつもと変わらずそこにいた。剣帯を締め、入口の確認へ行き、日中は五人をまとめて動いていた。だからエルディアスも、昨夜広場へ出た男がその後普通に帰ってきたのだと、確かめることすらせずに繋げていた。
――では、戻ったところ自体は確認していないのですね。
――ああ。
――何をしていたのかも。
――知らん。本人は見るだけだと言ってた。
リュシアは少し考えた。
――今のラウルさんに聞きますか。
エルディアスは少し先にある旅人用の家の方角を見た。
――いや。
――なぜですか。
――まず今の話を整理する。ラウルだけ先に聞いても、何を確かめてるのか分からなくなる。
それに、今そこにいるラウルは元気だった。少なくとも、今夜すぐに危険が迫っているようには見えない。
青の日のラウルが広場へ出た。
戻ったところは見ていない。
今は、それだけでよかった。
――つまり、エルには二日分の記憶がある。
――ある。
――私には、そのどちらもない。村へ来た日の次が、今日です。
――そうなる。
リュシアは膝の上で手を組み、しばらく黙り込んだ。
――私が二日分の記憶を失っているのでしょうか。
――お前だけなら、それで話は早い。
――ほかの皆さんも?
――少なくとも、今日の五人は青の日を覚えてるようには見えなかった。
叔母の存在も、その家も、三神の昔話も、ラウルたちは新しく知ったこととして扱っていた。ニルスも一度記録したはずの内容を、もう一度新しい情報として書き込んでいる。
エルディアスが覚えている青の日と、今日の五人は繋がっていない。
――赤の日については?
――そこまで一人ずつ確かめてない。ただ、覚えてるなら今日の調べ方は変わってたはずだ。
老人三人から聞いた内容には、人数や宿泊、役目についての情報が含まれていた。それを全員が覚えているなら、今日また同じところから調べ始める理由は薄い。
確定とは言えない。
だが、少なくともリュシア一人だけの異常ではなさそうだった。
――では、《暁星》の皆さんも同じ可能性が高い。
――ああ。それに、村の連中も変だ。
――叔母さんと、お爺さんですね。
リュシアもすぐに気づいた。
――今日初めて私たちに会ったように話していました。
――少なくとも、そう見えた。
もし七人だけが記憶を失ったのであれば、以前会った村人の側には七人とのやり取りが残っていてもいい。しかし叔母も老人も、そうは見えなかった。
ならば、村全体から何かが失われたのか。それとも、別のことが起きているのか。
まだ決めるには早かった。
ただ一つ、エルディアスの記憶だけは単なる思い込みでは説明できない。叔母の家は記憶どおりの場所にあり、青い布も木の鳥もあった。老人が語る昔話の内容まで先に知っていた。
存在しなかった二日を、勝手に作って覚えているわけではない。
――俺だけ、か。
――何がですか。
――今のところ、覚えてるのが。
リュシアが黙る。
その答えへ辿り着くまで、それほど時間は掛からなかった。
――観測者。
――ああ。
村へ入った時、七人にはそれぞれ役目が与えられた。ほかの六人は、名前を聞けば大まかに何をするのか想像できるものだった。
エルディアスだけが違う。
受付の少女すら一度も見たことがないという、観測者。
何を観測するのかも分からない役目だった。
――関係していると思いますか。
――分からん。ただ、俺だけ違うものを探すなら、最初に出てくる。
死別契鎖では説明できない。それならリュシアにも同じ契鎖がある。村へ入った経路も、境界に閉じ込められた条件も七人で共通している。
その中で、エルディアスにだけ与えられたものが観測者だった。
――名前だけを考えれば、今の状況には合っています。
――名前だけだ。
――はい。何を観測する役目なのかも、なぜエルだけが二日を覚えているのかも分かっていません。
観測者だから覚えている。そう考えれば形は整うが、根拠はまだ名前しかない。
それ以上は進めなかった。
――明日も俺が覚えてれば、少しは増える。
――私の方もですね。
――ああ。
そこから先は、明日の話だった。
リュシアは少し間を置いてから念話を送る。
――今の私は、昨日この村へ来て、今日一日を過ごしたと思っています。普通なら、明日は三日目です。
――だが、俺にはその普通が二回なかった。
――はい。明日の私が今日を覚えているのか、それとも、また村へ来た翌日だと思うのか。
――別のことを覚えてるかもしれない。
リュシアがこちらを見る。
――別のこと?
――何が起きてるか分からないんだ。忘れるだけだと決めない方がいい。
リュシアは少し考え、頷いた。
――そうですね。では、明日の朝、まず私に何日目だと思っているか聞いてください。その後、昨日何をしたと思っているかを確認してください。
――先に答えは言わない。
――お願いします。聞いてからでは、自分の記憶なのか、エルから教えられたことなのか分からなくなりますから。
そこまで決めれば、確認自体はできる。
だが、エルディアスにはもう一つ気になることがあった。
――明日のお前が、俺の話を信じなかったらどうする。
リュシアはすぐには答えなかった。
――今の私なら、エルが理由もなくこのような話をするとは考えません。ですが、明日の私が同じように考えるとは限りません。
――なら、どうする。
――明日の私自身が確かめられるものを一つ用意しておいた方がよいと思います。
――何を使う。
リュシアはしばらく考えた後、エルディアスへ顔を向けた。
――今から、エルに一つだけ話します。
――何を。
――私しか知らないことです。
エルディアスは眉を寄せた。
――そこまでする必要があるか。
――あります。明日の私が今夜のことを覚えていなければ、エルがそれを知っている理由を説明できません。少なくとも、私自身がどこかでエルへ話したのだとは考えるはずです。
理屈は通っていた。
エルディアスが黙ると、リュシアは少し間を置いて続けた。
――子供の頃、剣を習い始める前に、落ちていた枝を削って木剣を一本作ったことがあります。誰にも見せずに振っていたのですが、何度か使っているうちに折れてしまいました。
――それで?
――家の裏にある大きな木の根元へ埋めました。壊したものを見つけられるのが恥ずかしかったのだと思います。父にも母にも話していません。
わずかに視線を逸らしてから、リュシアは付け加えた。
――今まで、誰にも話したことはありません。
大きな秘密ではなかった。誰かの生死や故郷の事情に関わるものでもない。ただ、本人以外には知りようのない、幼い頃の小さな出来事だった。
だからこそ使える。
今夜までは、エルディアスも知らなかった。
――明日のお前が今夜を覚えてなかったら、その話をする。
――お願いします。
――それで信じるか。
リュシアは少し考えた。
――少なくとも、エルの話を聞きます。
――信じる、じゃないんだな。
――何が起きているのか分からない以上、すべてをそのまま信じるとは約束できません。ですが、エルが私しか知らないはずのことを知っているのであれば、私の知らないところで、私自身がエルへ話したと考えます。
リュシアはそこで一度言葉を切った。
――それなら、私に記憶のない時間があるという話も、最初から否定はしません。
――それで十分だ。
――はい。
明日の朝に何が起こるのかは分からない。それでも、確認する順番と、明日のリュシアに話を聞かせるための手段は用意できた。
エルディアスは石から立ち上がった。
――戻る前に一つ見る。
リュシアも立つ。
――三神像ですね。
――ああ。
◇
夜の広場に人影はほとんどなかった。昼には村人が行き交っていた三神像の周囲も静まり、家々から漏れる灯りが石畳をわずかに照らしている。
三神像は昼と同じ場所に立ち、黄色い仮面が正面を向いていた。
二人は少し離れたところで足を止める。
――村に着いた日は。
――黄色でした。
――今日は。
――黄色です。
ここは二人の記憶が一致していた。
エルディアスは残る二つの仮面へ目を向ける。
――俺の二日目は赤だった。
――老人の方々に会って、私が料理を手伝った日ですね。
――ああ。次の日は青だった。
――叔母さんや、昔話のお爺さんに会った日。
――そうだ。
到着日は黄色。その翌日は赤。次の日は青。そして今日、また黄色。
エルディアスには、その四日間が続いている。
リュシアが覚えているのは、黄色い仮面が正面を向いていた到着日と、同じく黄色が正面にある今日だけだった。
――お前にとって、今日は昨日の続きなんだな。
――はい。村へ来て、出られなくなって、一晩ここで過ごした。その翌日が今日です。
――赤も青も、その間にはない。
――ありません。
エルディアスは黄色い仮面を見た。
四日目のはずなのに、リュシアにとっては二日目。
しかも単に二日分を忘れたと考えるには、叔母や老人の反応までおかしい。
赤の日に起きたことと、青の日に起きたことも同じではなかった。老人三人から話を聞き、料理と竈を手伝った赤の日。受付の叔母を訪ね、山羊を追い、三神の昔話を聞いた青の日。そして今日の黄色では、また別の順番で村を調べている。
――同じ一日を繰り返してるだけじゃないな。
――はい。少なくとも、起きている出来事は同じではありません。
――それに、今日のお前は到着日の続きだと思ってる。
リュシアは少し考えた。
――赤と青の日が抜けたのではなく、今日の私にとっては最初からなかった?
――そう考えた方が合う。
言葉にしてみても、奇妙だった。
村へ来た一日は共通している。
その先が、赤の日、青の日、黄色の日へ分かれている。
エルディアスだけが、その三つを順番に見ている。
――もし、赤や青も同じなら。
リュシアが三体の像へ顔を向ける。
――それぞれに、村へ来た日の続きを過ごしている?
――可能性は高い。
まだ確認はできない。
赤がもう一度正面を向いた時、赤の日にいたリュシアが何を覚えているのか。青が戻った時、青の日の出来事がその先へ続いているのか。それを見なければ確定はできない。
だが、単純に一日ずつ記憶が消えていると考えるよりは、今までの食い違いを説明しやすかった。
――順番が同じなら、次は赤だ。
――その時、私が赤の日を覚えていれば。
――赤には赤の続きがある。
――青も同じなら、その次に確かめられます。
エルディアスは三体の像を順に見た。
赤、黄、青。
三柱。
そこで、第一層の石碑に刻まれていた言葉が浮かんだ。
三王。勝者の歴史のみが続く。
今までにも、三神と三王という数の一致は気になっていた。それだけなら偶然でも済む。
だが、今は別の言葉が引っかかる。
――歴史、か。
――石碑の言葉ですね。
――ああ。
リュシアも三神像へ視線を戻した。
――三つに分かれたものが、それぞれ続いているのだとすれば……。
――まだ決めるな。
エルディアスは遮った。
――はい。
――三神と三王が同じだとも決まってない。色がそのまま石碑の歴史を指してる証拠もない。
――ですが、以前よりは無関係とは考えにくくなりました。
――それはそうだな。
村へ入った日から、三という数はあった。
今はそこへ、赤、青、黄で食い違う出来事と、石碑に刻まれた「歴史」という言葉が重なり始めている。
三つの歴史。
そこまで言い切るにはまだ早い。
だが、三つの色ごとに異なる続きが存在している可能性は、もう無視できなかった。
エルディアスはそこで、ふと別のものを思い出した。
青い仮面。
夜の旅人用の家。
剣帯を手にして立ち上がったラウル。
――ラウル。
リュシアがエルディアスを見る。
――先ほどの話ですか。
――ああ。
青の日の夜、ラウルは三神像を見に広場へ出ていった。
エルディアスはその背中を見送った。
そして、戻ってきたところは見ていない。
それでも今朝ラウルがいたから、何の疑いもなく「昨夜のうちに戻った」と考えていた。
だが。
――今朝いたラウルは、青の日の続きじゃない。
リュシアはすぐには返さなかった。
――今日が黄色の側の続きだとすれば、ですね。
――ああ。
黄色の日にいるラウルが無事であることと、青の日の夜に広場へ出たラウルがその後どうしたかは、別の話になる。
エルディアスはそこで初めて、自分が確認していなかったものの意味を正しく捉えた。
――青のラウルは、広場へ出たところまでしか俺は見てない。
――戻ったかどうかは、まだ分からない。
――ああ。
死んだとも、消えたとも、何かをしたとも言えない。
三神像を見に行くと言って出ただけだ。
実際に像へ何をしに行ったのかも分からない。昼と同じように近くから見て、そのまま寝床へ戻った可能性もある。
ただ、その帰還を今朝のラウルの姿で確認したことにはならない。
――今のラウルさんに聞いても、青の日のことは覚えていない可能性が高いですね。
――今日の五人を見る限りはな。
――では、次に青になった時に確認するしかありません。
エルディアスは青い仮面を見る。
――ああ。
その時に寝台にラウルがいるのか。
昨夜のことを覚えているのか。
三神像を見に行った後、何をしたのか。
確かめるのは、それからでいい。
今夜の黄色い広場には、三神像があるだけだった。
――明日はまず、お前だ。
――何日目だと思っているか。昨日、何をしたと思っているか。
――それから像を見る。
――赤なら、赤の日が続いているかも確かめられます。
――ああ。
リュシアは少しだけ青い仮面へ顔を向けた後、黄色へ戻した。
――ラウルさんのことも、忘れないようにしてください。
――忘れん。
二人はそれ以上話さなかった。
次に目を覚ました時、リュシアが何日目だと答えるのか。赤い仮面が再び正面を向くのか。そして、その赤が以前の赤から続いているのか。
確かめるべきものは、もう決まっていた。
エルディアスは最後に青い仮面を一度だけ見てから、リュシアとともに旅人用の家へ戻った。




