第38話 入村
確認するべきものは、もう確認できていた。
森の奥に人族の村がある。これまで何度も聞いてきた鐘は、その入口近くに建つ鐘楼のものだった。道も、靴跡も、切られた枝も、丸太の橋も、すべてここへ続いていた。
「戻るぞ」
鐘の余韻が消えてしばらくしてから、ラウルが言った。
セルマが村から視線を戻す。
「入らないの?」
「ああ。今日はここまでだ」
「でも、せっかく村まで見つけたのよ?」
「だからだ。人が住んでいると分かった以上、森や魔物を調べるのと同じつもりで入るわけにはいかない」
ラウルは岩壁の向こうに見える畑と家々へ目を向けた。
「鐘の場所も分かった。道もここまで繋がった。今日の成果としては十分だ」
「俺も戻る方がいいと思う」
ニルスは記録板へ鐘楼の位置を書き加えた。
「村があるなんて想定してなかったからな。人数も分からないし、どこまで近づいていいかも決めてない。次に来るなら、その辺りも含めて準備してからの方がいい」
「昨夜は予定になかった野営もしています」
クラリスも村を見ながら続ける。
「まだ朝ではありますが、だからといって今日の調査を無制限に延ばしてよいわけではありません。帰路の状態も確認しなければなりませんから」
「エルは?」
セルマに尋ねられ、エルディアスは短く答えた。
「戻る」
「迷わないのね」
「人がいるなら、なおさら報告が先だ。武装した七人で勝手に入って歩き回る理由もない」
「私たちから見れば村を見つけただけでも、村の方から見れば森から知らない人が七人現れることになりますからね」
リュシアは腰の剣から手を離していた。
「私も一度戻る方がよいと思います。話を聞く必要があるとしても、改めて来ればよいでしょう」
ガルムも大盾を背負い直す。
「村が明日消えるとも思えん。俺も戻る」
「なら決まりだ」
ラウルは村へ最後に一度目を向けた。
「ニルス、帰りに橋までの道をもう一度見ておいてくれ。人が使っているなら、俺たちが残した印の扱いも考え直した方がいい」
「ああ。目立つ印は増やさない。この辺りから先は、人の道として記録しておく」
七人は岩壁の陰へ身体を戻した。
森へ向き直り、来た道を引き返そうとする。
――よいのですか。
リュシアの声が、エルディアスの内側へ届いた。
――戻ると言ったのはお前だろ。
――はい。戻るべきだと思っています。ただ、少し気になります。
――俺もだ。
村が気にならないわけではない。
何日も森を進み、人の痕跡を一つずつ拾った先に、何の変哲もない村があった。むしろ普通に見えるからこそ、分からないことは多かった。
それでも、興味を持ったことと、その場で調べることは別だった。
数歩も進まないうちに、背後から声が飛んできた。
「おーい!」
七人の足が止まった。
振り返る。
岩壁の切れ目に、先ほど鐘を鳴らしていた男が立っていた。
日に焼けた顔に短い髭を生やした、中年の男だった。こちらへ手を振っている。腰に革袋を提げているだけで、武器らしいものは持っていない。
「やっぱり人がいたか。さっき、岩の向こうで何か動いた気がしたんだ」
ラウルが一歩だけ前へ出る。
「驚かせたなら悪い」
「いや、別に驚いちゃいないよ」
男は七人を順番に眺めた。
ラウルの剣。ガルムの大盾。セルマとクラリスの杖。ニルスの短弓。エルディアスの杖を見て、最後にリュシアの長い耳へ少しだけ目を止める。
「旅の人か?」
「冒険者だ」
「なるほどな」
男はそれだけで納得したようだった。
「七人とは多いが、そりゃまた随分と物々しい旅だ」
「村へ旅人が来るのか?」
ラウルが尋ねると、男は不思議そうに眉を上げた。
「来るぞ」
「よく?」
「よくってほどじゃないな。誰も来ない時はしばらく来ないし、続く時は何人か来る。商いの人もいるし、旅の途中で寄っていく人もいる」
七人の間に、わずかな沈黙が生まれた。
男はそれに気づいた様子もない。
「どうした?」
「いや」
ラウルは男から道へ視線を移した。
「旅人は、この道を通ってくるのか?」
「ああ。他に村へ来る道はないからな。あんたらも通ってきたんだろ?」
「ああ」
「なら同じだ」
あまりにも当然の返事だった。
エルディアスは森の奥を見た。
裂爪猿の群れと戦い、鎧猪に遭い、何日もかけて道標を増やした。その先を、この男は旅人が時折通ってくる道として認識している。
「森には魔物がいる」
エルディアスが言った。
「そりゃいるさ」
「危なくないのか?」
「危ない時もあるだろうな。だから一人で旅をする人ばかりじゃない」
男はエルディアスの問いの意味が分からないというより、何を当たり前のことを聞いているのか、とでも言いたげだった。
「俺たちは、この村があるとは知らなかった」
ラウルが言う。
「森を調べていて見つけた。今日は一度戻るつもりだったんだ」
「そうなのか」
男はあっさり頷いた。
「なら止めはしないよ。ただ、何か聞きたいことがあるなら、そこに立ったまま話す必要もないだろ。少しくらい寄っていけばいい」
親指で村の方を示す。
「水くらいは出せるぞ」
ラウルはすぐには返事をしなかった。
七人を見る。
「どうする?」
「さっきとは少し話が変わったな」
ニルスが記録板を閉じる。
「ここへ旅の人が来ているなら、道については聞きたい。俺たちが通ってきたところを、村の人間がどう認識してるかもな」
「私も聞いておいた方がよいと思います」
クラリスが続ける。
「ただし、今日は帰るという方針そのものは変えない方がよいでしょう。少し話を聞いて、それから戻るのであれば問題ないと思います」
「私も賛成」
セルマは先ほどより遠慮なく村を見た。
「ここまで来て、旅の人が来ると聞いたのに、そのまま帰ったら、報告する時に絶対そこを聞かれるもの」
「お前が聞きそうだな」
ガルムが言う。
「だから先に聞くのよ」
「リュシアは?」
ラウルに尋ねられ、リュシアは一度男を見た。
「こちらを警戒している様子もありませんし、村へ入ることを拒まれてもいません。短時間話を聞くのであれば、よいと思います。ただ、調査するつもりで家や建物を見て回るのは避けた方がよいでしょう」
「エル」
「入るなら全員でだ」
「そこか?」
「分かれる理由がない。それと、聞きたいことは先に決めろ。中で気になるものを見つけるたびに調べ始めたら帰れなくなる」
セルマがエルディアスを見る。
「今、私に言った?」
「ああ」
「今日はまだ何もしてないでしょう」
「だから先に言った」
「そういう信用なのね」
「積み重ねだろ」
ガルムが低く笑った。
ラウルも口元を緩めてから、男へ向き直る。
「少しだけ寄らせてもらう。道と鐘について聞きたい」
「そのくらいなら好きなだけ聞けばいい」
男は先に村へ向かって歩き始めた。
七人も後へ続く。
岩壁の切れ目を抜けた。
何かが変わった感覚はなかった。
風は森から変わらず吹いている。頭上の空も、足元の土も、先ほどまでと同じだった。
踏み固められた道の両側に畑が広がっている。
近くで見ると、村はますます普通だった。
豆らしい低い作物が植えられた畑。葉の大きな野菜が並ぶ畝。家の壁際には薪が積まれ、軒下には籠や農具が置かれている。石造りの水桶から柄杓で水を汲んでいる女もいた。
七人に気づくと、女が顔を上げた。
「あら。旅の人?」
「ああ。今日は七人だ」
先を歩く男が答える。
「随分多いのね」
女は驚いたように七人を眺めたが、それ以上の反応はなかった。
「それにエルフの人までいるじゃない」
「こんにちは」
リュシアが軽く頭を下げる。
「こんにちは。長旅だった?」
「少し森を歩いてきました」
「そう。朝から大変ね」
女はそれだけ言うと、水桶へ向き直った。
少し先の畑でも男がこちらを見ている。家の陰からは子供が二人顔を覗かせ、ガルムを見るなり何かを囁き合った。
「見られてるな」
ガルムが小声で言う。
「ガルムさんの方をよく見ていますね」
リュシアも子供たちを見る。
「お前の耳も見てるぞ」
「そうですね」
「二人とも見返すと余計に見られるわよ」
セルマが言う。
「俺は見てない」
「今見てたでしょう」
「向こうが見てるから確認しただけだ」
案内している男が笑った。
「気にするな。旅の人が来ると、あの子らはいつもああだ。知らない顔が珍しいんだよ」
「旅人が来ること自体は珍しくないのに?」
セルマが尋ねる。
「たまに来るのと、毎日見るのは違うだろ」
「それはそうね」
「後で捕まったら気をつけろよ。どこへ行ったとか、何を見たとか、うるさいくらい聞かれるからな」
子供たちは聞こえていたのか、家の陰へ一度引っ込んだ。
「その前に、受付を済ませてもらうけどな」
「受付?」
ラウルが聞き返した。
「ああ。村へ来た人には最初にやってもらってる」
男は入口から少し入った道の脇を指した。
そこには小さな建物があった。
家というより、軒を深く取った小屋に近い。正面は広く開けられ、奥に低い机が置かれている。壁際には幾つかの長椅子と籠が並んでいた。
机の向こうには、一人の少女が座っていた。
まだ幼さの残る顔立ちで、淡い色の髪を後ろで束ねている。
足音を聞いたのか、少女が顔を上げた。
こちらへ向いた目は、七人の誰にも合っていなかった。
「誰か来たのですか?」
「ああ。旅の人だ。今日は七人もいる」
「七人ですか?」
少女は少し驚いたように声を上げた。
「多いですね」
「今日はそれを何度も言われるな」
ラウルが答える。
少女は声のした方へ顔を向けた。
「普段は一人か二人の方が多いですから」
エルディアスは少女の目を見た。
「見えてないのか?」
「はい」
少女は気にした様子もなく答えた。
「生まれた時から見えません」
「でも受付をしてるの?」
セルマが尋ねる。
「できますよ。お話を聞くのに目は要りませんから」
少女は少し笑った。
案内してきた男も横から口を挟む。
「この子が村へ来た人の受付をしてる。名前と用事を聞いて、それから役目を見てもらえば終わりだ」
「役目?」
ニルスが聞き返した。
「村にいる間、何が向いてるかだよ。手を借りることがあった時に分かりやすいだろ」
「俺たちは今日帰るつもりだ」
ラウルが言う。
「それでも?」
「はい」
少女が答えた。
「すぐ帰る方も同じです。村へ来た方には、みなさんお願いしています」
「どうやって見るんだ?」
「手に触れれば分かります」
ラウルが少女を見る。
「触るだけか?」
「はい」
「術式を使ったりは?」
「しません」
「何か身体に残ったりもしない?」
「……え?」
少女が困ったように首を傾げた。
しばらく考えてから、声の方向へ少し身体を向ける。
「何か、失礼がありましたか?」
「いや」
ラウルはすぐに首を振った。
「知らないことだから確認しただけだ。悪かった」
「そうでしたか」
少女は少し安心したようだった。
「手を少しお借りするだけです。痛いこともしません」
「それならいい」
案内してきた男が笑う。
「随分慎重なんだな」
「それで生きてきたからな」
「冒険者なら、そういうものか」
「たぶんな」
少女は机の上へ両手を揃えた。
「では、まずお名前をお願いします」
ラウルから順に名乗った。
ガルム、セルマ、ニルス、クラリス。続いてエルディアスとリュシアも名を告げる。
「村へ来たご用事は?」
「森を調べていた」
ラウルが代表して答えた。
「この村があることは知らなかった。鐘の音を追って来たところもある」
「あの鐘ですか?」
「ああ」
「森までよく聞こえるそうですね。旅の方にも、時々言われます」
少女にとっても、それは特別な話ではないらしい。
「それでは、役目を見ますね。どなたからにしますか?」
「俺からでいい」
ラウルが手を出した。
少女は机の向こうから腕を伸ばす。場所が少しずれていたため、ラウルの方から掌を近づけた。
少女の指が手の甲へ触れ、そのまま両手で軽く包む。
ほんの数秒だった。
「村内警備です」
「警備?」
「はい。村の中を見回ったり、揉め事があれば間に入ったりする役目です」
ラウルは少し考えた。
「魔物と戦う方じゃないのか」
「村の中ですから」
「そういうものか」
「はい」
ラウルが手を引くと、セルマが笑った。
「随分それらしいじゃない。普段とあまり変わらないんじゃない?」
「俺は揉め事を探して歩いてるわけじゃないぞ」
「でも私たちが揉めたら止めるでしょう?」
「お前たちの場合は放っておくと長くなるからな」
「私たちって誰?」
「心当たりがあるなら、その中だ」
セルマが何か言い返す前に、ガルムが大きな手を差し出した。
「次は俺だ」
少女の両手では包み切れず、指先へ触れるような形になった。
「修繕です」
「修繕?」
「壊れた物を直したり、家や柵を手入れしたりする役目です」
ガルムは自分の手を見る。
「俺がか?」
「はい」
「壊す方じゃなくて?」
セルマが尋ねる。
「お前と一緒にするな」
「私は壊してないでしょう」
「天井を落とした」
「あれは勝手に落ちたの」
「落ちることをしたんだろ」
「その話、まだ続けるの?」
ニルスが肩を揺らした。
「でも、ガルムなら力仕事もできるし、直したものが簡単に壊れそうにはないな」
「力だけで直るものばかりじゃないぞ」
「手先も不器用ではありません」
クラリスが言う。
「盾の革帯や留め具も、自分で直しているでしょう」
「それは自分の装備だからな」
「なら、全く向いていないわけではないのでしょう」
ガルムは少し納得したように手を引いた。
次にセルマが差し出す。
「私は何?」
「まだ触っていません」
「そうだったわね」
少女がセルマの指へ触れた。
「竈です」
「竈?」
「火を見ながら、煮炊きをしたり、共同の竈を使えるようにしておく役目です」
数人の視線がセルマへ集まった。
「どうしてまたみんな納得した顔をするの?」
「火だからな」
ガルムが答える。
「そのままだ」
ニルスも続ける。
「この子は私が火を使うって知らないでしょう?」
「だから合ってるんじゃないか」
「そうだけど、もう少し何かないの?」
「火を扱う役目ですよ。向いているのではありませんか?」
クラリスに言われ、セルマは少し考えた。
「まあ、火を任せてもらえるなら悪くはないわね」
「燃やすなよ」
エルディアスが言う。
「料理する場所でしょう?」
「分かってるならいい」
「まだ何もしてないのに、どうしてそこまで信用がないのよ」
「積み重ねだろ」
「それ、さっきも聞いたわ」
次はニルスだった。
少女が手へ触れる。
「猟です」
「まあ、そうだろうな」
ニルスは背負った短弓へ目をやった。
「森へ入って獲物を探したり、獣の跡を見たりする役目です」
「それなら普段やってることに近い」
「今までで一番本人が納得してるわね」
「弓を持ってるし、森の跡を見るのも仕事だからな」
「私も杖を持ってるのに竈だったわよ」
「合ってるだろ」
「そこを否定してほしかったの」
「無理だ」
セルマが口を尖らせる横で、クラリスが手を差し出した。
「お願いします」
「はい」
少女が触れる。
「治療です」
「治療ですか」
「怪我をした方や、具合の悪い方を診る役目です」
クラリスは小さく頷いた。
「普段とほとんど変わりませんね」
「一番そのままじゃない?」
セルマが言う。
「治癒術を使うことまでは分からないのでしょうから、偶然ではないのでしょうね」
「役目を見るんだから、その人に合うのは普通じゃないか?」
ニルスが言った。
「それはそうなのですが、ここまで揃うと少し不思議ではあります」
「私の竈も含めて?」
「もちろんです」
「ならいいわ」
残ったのはエルディアスとリュシアだった。
「お先にどうぞ」
リュシアが言う。
「どっちでも同じだろ」
「ではエルからお願いします」
「結局決めるのか」
エルディアスは少女の前へ手を出した。
少女の指が触れる。
そこで、これまでとは少し違った。
少女がすぐには答えない。
エルディアスの手を包んだまま、首を傾げる。
「どうした?」
「……少し待ってください」
ラウルたちも少女を見る。
数秒。
さらに少し経ってから、少女はゆっくり口を開いた。
「観測者です」
「観測者?」
エルディアスは聞き返した。
「はい」
「何を見るんだ」
「……分かりません」
「分からないのか?」
「はい」
少女は申し訳なさそうに眉を下げた。
「普通は、役目と一緒に何をするのかも分かるのですが。観測者は……見る役目だと思います」
「何を?」
「それが分からなくて」
案内してきた男も首を傾げていた。
「そんな役目、あったか?」
「私も初めてです」
「初めてなのか」
ラウルが少女を見る。
「はい。でも、観測者だということだけは間違っていません」
少女の声には、その部分だけ迷いがなかった。
「随分曖昧な役目ね」
セルマが言う。
「エルらしいと言えば、らしい気もするけど」
「何がだ」
「ずっと何か見てるでしょう。地面とか、壁とか、人の傷とか」
「お前も見てるだろ」
「私は気になったものを見るの。エルは気にならなくても見てるじゃない」
「違いが分からん」
「あるのよ」
少女が困ったように二人の声の間へ顔を動かした。
「すみません。もう少し分かればよかったのですが」
「いや。分からないならいい」
エルディアスは手を引いた。
――観測者。
リュシアの声が届く。
――聞こえてた。
――珍しい役目のようですね。
――らしいな。
今の段階では、それ以上考えても分からない。
「では、最後ですね」
少女が言った。
「お願いします」
リュシアが手を差し出す。
少女が触れた。
今度はすぐだった。
「料理人です」
一瞬、誰も何も言わなかった。
リュシアが自分の手を見る。
「料理人ですか?」
「はい」
「剣ではなく?」
「剣の役目はありませんから」
少女は当然のように答えた。
「食材を選んで、料理を作る役目です。たくさんの人の分を作るのにも向いています」
「料理はできますが……」
リュシアは少し考える。
「特別得意だと思ったことはありません」
「向いていますよ」
「そうなのですね」
「随分素直に受け入れるのね」
セルマが言う。
「否定する理由もありません。ここでの役目なのでしょう?」
「はい」
少女が嬉しそうに頷いた。
「必要があれば、村の方からお願いすることがあると思います。ただ、今日中に帰るのでしたら、何も頼まれないかもしれません」
「そのくらいで助かる」
ラウルが言った。
「受付はこれで終わりか?」
「はい。ありがとうございます」
少女は七人へ頭を下げた。
「村にいる間は、自由にしていただいて大丈夫です。畑の中や、人のお家へ勝手に入らなければ、怒られることもないと思います」
「道について聞きたいんだが、誰に聞けばいい?」
「村長さんが一番詳しいと思います。中央の広場を越えたところに、大きな家があります」
「案内するよ」
ここまで連れてきた男が言った。
「どうせ俺もそっちへ戻るところだ」
「助かる」
七人は受付の小屋を離れた。
道は家々の間へ続いていた。
入口から見えていたよりも、村は広かった。家同士の間隔には余裕があり、小さな畑や物置、家畜を入れる柵がところどころに挟まっている。道端では籠を編んでいる老人がいて、別の家の前では若い女が布を干していた。
旅人だと分かると何人かはこちらを見るが、作業をやめて集まってくる者はいない。
「本当に普通ね」
セルマが小声で言った。
「何度目だ」
ニルスが返す。
「中まで入っても普通だから言ったのよ。もっと変なものが一つくらいあると思うでしょう?」
「変なものならあったぞ」
「何?」
「観測者」
ニルスがエルディアスを見る。
「それは役目でしょう」
「意味が分からない役目は十分変だろ」
「本人が一番気にしてないわね」
「今考えて分かるのか?」
エルディアスが言う。
「分からないわね」
「なら後だ」
「そういうところよ」
「何がだ」
「観測者が向いてそうなところ」
セルマは少し笑い、そのまま前へ向き直った。
道を進むにつれ、入口からは見えなかった村の中央が少しずつ開けてきた。
家々の間に広い空間がある。
中央には石を敷いた円形の場所があり、その真ん中に高い台座が立っていた。
エルディアスは足を止めた。
「……あれは?」
案内していた男も立ち止まる。
「ああ。三神様だよ」
「三神?」
ラウルが聞き返した。
「この村を守ってくださってる三柱の神様だ」
台座の上には、三体の石像が立っていた。
どれも長い衣をまとった人の姿をしている。顔の造作だけはなく、その代わりに石とは異なる材質の面が被せられていた。
赤。
黄。
青。
三つの面には目と口を表す細い穴だけが開き、表情らしいものはない。
三体は互いに背を向けるような位置に立っていた。
広場へ続く道から見て正面を向いているのは、黄色い面だった。赤と青の面を付けた像は、それぞれ左右へ身体を向けている。
「三柱とも同じ神なの?」
セルマが尋ねた。
「違うよ。三柱で三神様だ」
男は当たり前のように答える。
「赤の神様、黄の神様、青の神様。それぞれに祈る人はいるが、三柱ともこの村の神様だ」
広場の周囲を見ると、石像へ軽く頭を下げて通り過ぎる村人がいた。
特別な祭りをしている様子はない。
ここでも、ただの日常だった。
――三つですね。
リュシアの声が届いた。
エルディアスは黄色い面を見たまま返す。
――ああ。
第一層の石碑に刻まれていた言葉が脳裏へ浮かんだ。
三王。
勝者の歴史のみが続く。
――信託に何かあるか。
リュシアはしばらく三体の像を見た。
――いいえ。今は何もありません。ただ……。
――なんだ。
――三つ、ということは気になります。
それだけだった。
三柱の神と、三人の王。
同じものだと決めるには、まだ何も足りない。
「どうした?」
先を歩き始めていたラウルが振り返る。
「いや」
エルディアスは石像から視線を外した。
「三神ってのが気になっただけだ」
「俺もだ」
ラウルも一度だけ像を見る。
「道の話を聞いた後で、こっちも聞いてみるか」
「ああ」
七人は広場へ足を踏み入れた。
黄色い面が、その背中を見送ることはなかった。




