第23話 下降
第二層入口の円形石室には、王都から持ち込まれた照明具の白い光が満ちていた。
石室の中央には、幾重もの円と細い文字を組み合わせた紋様が刻まれている。王都の魔導士と調査官がすでに調べていたが、術式らしい反応はなく、用途は分かっていなかった。
壁際には資材を収めた背負い袋が並び、調査官が封や留め具を一つずつ確かめている。騎士たちは武具を点検し、魔導士は杖や触媒の位置を整えていた。螺旋階段へ続く開口部の前だけが広く空けられ、その先には灰色の石段が緩やかな弧を描いて下っている。
エルディアスは隊列の最後尾に立ち、前方に並ぶ者たちを眺めた。
先頭は王都の斥候二名。その後ろに盾を持った騎士が続き、隊長と調査官は中央に置かれている。魔導士と治癒役を騎士が囲み、荷を担ぐ者たちもその内側に入っていた。
最後尾は、リュシアとエルディアスだった。リュシアの腰にはドゥガンから受け取った新しい剣があり、修理を終えた以前の剣は予備として背負い袋の脇に括りつけられている。
戦闘になれば、エルディアスは中央付近から全体を見る。リュシアも前衛の外側を動き、敵を引きつけながら攻撃の隙を作る役目を任されている。
だが、今回は戦闘隊形ではない。
未知の第二層へ最初に足を踏み入れる役目は、王都から派遣された者たちが担う。ギルドを通じて参加している二人を先頭へ立たせる案は、最初から出なかった。
その代わり、後方から何かが現れれば二人で対処する。前方で戦闘が始まっても、リュシアなら隊列の脇を抜けてすぐに駆けつけられる。
しんがりとしては、過剰なほどの戦力だった。
「前方、準備完了」
斥候の声が石室へ響く。
隊長が全員を見回した。
「これより黒碑王墓迷宮第二層の第一次調査を開始する。隊列を崩すな。異常を確認した者は、大小にかかわらず報告しろ。勝手な離脱と単独行動は禁止する」
短い返答が重なった。
先頭の斥候が階段へ入る。その後を騎士たちが進み、石室に並んでいた者たちが一人ずつ暗がりへ消えていった。
エルディアスは最後から二番目に進むリュシアを見送り、少し間を空けて階段へ足を踏み入れた。
階段は緩やかに右へ曲がり続けていた。
左右には灰色の石壁がある。石材の継ぎ目はほとんど見えず、窓も、扉も、装飾もない。天井も同じ石で造られ、一定の高さを保ったまま曲線に沿って続いている。
数十段先まで見通すことはできなかった。前を行く者たちの背中が、曲がった壁の向こうへ順に隠れていく。
振り返っても、円形石室の光はすぐに見えなくなった。
隊列が発する足音だけが、石壁の間に反響していた。
最初のうちは、短い報告が頻繁に前後を行き交った。
「壁面、異常なし」
「段差、一定」
「術式反応なし」
「前方、引き続き階段」
同じ内容が何度も繰り返された。
エルディアスも壁や天井へ視線を走らせた。魔力の流れを探り、足を置く前に段の状態を確かめる。罠が刻まれていないか、石壁の向こうから何かが近づいていないか、感覚を広げた。
何もなかった。
階段は同じ幅、同じ高さのまま続いている。壁にも床にも術式の痕跡はなく、魔物の臭いも血の跡もない。
長く下りても、景色は変わらなかった。
隊列の緊張は解けていない。だが、報告の間隔は次第に長くなった。前方から「異常なし」と伝わってきても、返す声には最初ほどの張りがない。代わりに、装備が擦れる音や呼吸の音が目立つようになっていた。
エルディアスは、前を歩くリュシアの足元へ目を向けた。
一定の歩調で下り続けている。背筋も伸びたままだったが、右へ曲がり続ける階段のせいで、左右の脚へかかる負担にはわずかな差が出ている。
「何周目だ」
声を落として尋ねると、リュシアは前を向いたまま答えた。
「百八十七周目までは数えていました。ただ、一周の長さが常に同じだという保証はありませんし、壁の曲がり方だけを基準にしていますから、記録としてはあまり意味がありません」
「やめたのか」
「エルが話しかけたところで段数を見失いました。五千を越えたことまでは覚えていますが、最初から数え直す気にはなれませんでしたので、今は曲がった回数だけを数えています」
「俺のせいか」
「話しかけられなければ、もう少し正確な数字を残せたと思います。もっとも、前方の調査官は休止までの歩数や照明具の交換回数も記録しているようですから、私が数え続ける必要はなかったのでしょう」
「なら問題ない」
「少しくらい申し訳なさそうにしてもよいのではありませんか」
「五千まで数えた努力は認める」
「責任は感じていませんね」
前方を歩く騎士がわずかに肩を動かした。笑ったのか、装備を直しただけなのかは分からない。
二人はそれ以上話さず、再び足音の列に混じった。
最初の休止が命じられた時にも、階段の幅も形も変わっていなかった。
全員が片側へ寄り、壁を背にして段へ腰を下ろす。先頭と最後尾だけは立ったまま、それぞれ上下を警戒した。
携行水を口に含み、乾燥させた果実や固いパンを食べる。座った者たちは脚を伸ばすこともできず、膝を曲げたまま短い休息を取っていた。
リュシアは壁に背を預け、二本の剣が邪魔にならないよう背負い袋の位置をずらしてから腰を下ろした。
「具合はどうだ」
エルディアスが尋ねると、彼女は腰に下げた新しい剣へ目を落とした。
「新しい剣でしたら問題ありません。握りも重心も以前の剣より手に馴染んでいますし、鞘との噛み合わせにも違和感はありません。階層へ入る前に試した限りでは、振った時のぶれもなくなっていました」
「階段の話だ」
リュシアが顔を上げた。
「足にも問題はありません。多少の疲れはありますが、この程度なら行動に支障は出ませんし、今すぐ戦闘になっても動けます」
「歩幅が狭くなってる」
「右へ曲がり続けているので、左右の脚にかかる負担が違うのでしょう。無意識に調整していたのかもしれませんが、痛みはありません」
「最初から同じ幅だ」
「階段ではなく、私の歩幅の話をしていることは分かっています。そこまで詳しく見なくてもよいのではないかと言っているのです」
「最後尾で前を見なければ、どこを見るんだ」
「周囲の警戒をお願いします。壁にも天井にも何もないように見えますが、見えないから安全とは限りません」
「壁とお前しかない」
「前の方にも人がいます」
「お前が塞いでる」
リュシアは一度だけ振り返り、それから何も言わずに水筒へ口をつけた。
疲労はあるらしい。それでも、歩けなくなるほどではない。肩で息をしている者もおらず、隊列全体にもまだ余裕があった。
やがて休止の終了が告げられた。
全員が立ち上がり、再び同じ順番で階段を下り始める。
右へ曲がる。石段を下りる。また右へ曲がる。
何もない。
前方の壁が途切れたかと思えば、曲がり方のせいでそう見えただけだった。天井に黒い染みがあるように見えても、照明具の影にすぎない。微かな音が聞こえた気がして足を止めれば、上を歩く者の靴底が反響しただけだった。
警戒を解く理由はない。
だが、警戒し続ける対象もない。
やがて隊列の中から、小さな会話が聞こえるようになった。声は抑えられているものの、装備の手入れや食料の量、宿営地へ戻った後の予定について話す者がいる。
未知の階層へ進んでいるという緊張より、終わりの見えない階段への疲労の方が勝ち始めていた。
「私たちは、本当に下へ進んでいるのでしょうか」
リュシアが唐突に言った。
「足にはそう感じる」
「最初の石室から考えれば、すでに相当深い場所まで来ているはずです。王墓の地下どころか、セレイスの海面より低い位置にいてもおかしくありません。それなのに空気は変わらず、湿気も増えず、地下水の音さえ聞こえません」
「ダンジョンだ」
「それで済ませることもできますが、構造が気になります。左右に壁があり、同じ方向へ曲がりながら下りている以上、形だけを見れば巨大な塔の内部に近いでしょう。けれど、本当に塔の中なら、私たちはとうに地上より深いところへ潜っていることになります」
「塔ならな」
「エルは、この壁の外に何があると思いますか」
「石」
「その外です。石壁が無限に厚いのでなければ、どこかに外側があるはずでしょう」
「考えても見えない」
「見えないから考えるのです。もしかすると同じ場所を繰り返し通っているだけかもしれませんし、階段を下りる感覚だけを与えられている可能性もあります。もっと単純に、外の空間とはまったく繋がっていないのかもしれません」
「足は疲れてる」
「感覚だけではない、ということですか」
「少なくとも脚には効いてる」
リュシアはしばらく黙って歩いた。
「エルは、こういうことを気にしないのですか」
「気にはなる」
「それなら、もう少し考えている様子を見せてください。私だけが意味のない疑問を口にしているように感じます」
「答えが出ない」
「答えが出ないことと、考えないことは別です。今のうちに可能性を挙げておけば、何か変化があった時に気づきやすくなります」
「前を歩きながら考えろ」
「最初からそうしています」
エルディアスはそれ以上言わなかった。
二度目の休止を挟んでも、階段は終わらなかった。
照明具の一部が新しいものに交換され、先頭の斥候と荷を担ぐ者の一部も配置を入れ替えた。調査官は帳面へ記録を書き足しているが、記す内容は変わらないらしい。
エルディアスとリュシアは最後尾に残った。二人とも荷物は軽くないが、交代を求めるほどではない。後方を守れる者を別へ回すより、このままの方が合理的だった。
歩き始めてからしばらくは、二人の間にも会話がなかった。前方から聞こえていた小さな話し声も途切れ、石段を踏む音と、時折鳴る装具の音だけが続いている。
――王都からの話はどうする。
エルディアスが念話で尋ねると、リュシアは前を向いたまま答えた。
――どの話を指していますか。滞在先の提供、護衛、装備の支給、定額報酬、研究への協力まで含めれば、どれを受けるかによって条件はかなり変わります。
――全部だ。
――すべてを一括して受けるつもりはありません。必要な支援と、私たちの行動を管理するための条件が混ざっていますから、分けて考えるべきでしょう。装備や治療の支援は助かりますが、行動予定の提出や、王都側の許可を前提にする契約まで受ければ、自由に動けなくなります。
――断ればいい。
――簡単に言いますが、相手は王都です。明確に拒絶すれば、今後の調査や情報共有に影響が出るかもしれません。かといって曖昧な返事を続ければ、いずれ承諾する前提で話を進められる可能性があります。
――面倒だな。
――ですから考えているのです。エルは王都へ行くつもりはないのですか。上級術式の資料も研究者も、セレイスよりは多いでしょう。今後も術式を学ぶつもりなら、利用できるものは多いはずです。
――住む気はない。
――即答ですね。
――五年以上いる街を、仕事が増えそうな場所と交換する理由がない。
――王都へ行くことを、すべて移住として考えなくてもよいでしょう。しばらく滞在して学ぶ方法もありますし、王都側の研究者をセレイスへ呼ぶこともできるかもしれません。
――それなら考える。
――王都に残ること自体が嫌なのですか。
――人が多い。
――セレイスも港町ですから、人は少なくありません。
――種類が違う。
――何となく分かります。王都では、誰が誰と会ったか、誰がどの派閥に近いかまで意味を持つのでしょう。私も今の時点でこれだけ話を持ち込まれているのですから、実際に住めばもっと増えるはずです。
――だから行かない。
リュシアは数段下りてから、足元を見たまま念話を返した。
――私だけが王都に住むことも難しいですね。距離を取れば心の声が漏れますし、何が聞こえたかを互いに確かめることもできません。王都側が呪いの性質を詳しく知れば、別々に暮らすことは勧めないでしょう。
――呪いを理由に断れ。
――それでは、エルを理由に王都の提案を断ることになります。
――呪いのせいだ。
――呪いを持ち込んだのはエルです。
――なら俺のせいでいい。
リュシアの足がわずかに鈍った。すぐに前を歩く騎士との間隔へ気づき、何事もなかったように歩調を戻す。
――簡単に引き受けないでください。私が王都からの提案を断れば、エルにも何か言われるかもしれません。私をセレイスへ留めるために、意図的に影響していると考える者も出るでしょう。
――慣れてる。
――何にですか。
――勝手なことを言われるのに。
――最近は特に多いですね。ただ、それをすべて無視してよいとは思いません。名声が大きくなれば、本人の意図とは関係なく、周囲が理由を作ります。エルが私のそばにいることにも、私がエルと行動することにも、勝手な意味をつけるのでしょう。
――お前のせいだ。
――エルも同じように名を知られ始めています。私だけが原因ではありません。
――俺だけなら、あれほど寄ってこない。
――それは否定しません。勇者を選ぶ者という肩書きと、エルフであることが理由の大半でしょう。それでも、最近はエルへ直接話を持ち込む者も増えています。
――否定しろ。
――嘘になります。
エルディアスは小さく息を吐いた。
その音に、前を歩く騎士が一度だけ振り返った。二人の様子に異変がないことを確かめると、すぐに前へ向き直る。
――振り返られましたね。
――お前が長い。
――尋ねたのはエルです。
――声を出さなければ分からない。
――ため息は聞こえています。
エルディアスは口元を歪めた。
――セレイスに残るのですか。
――残るんじゃない。あそこが拠点だ。
――同じ意味に聞こえますが、エルにとっては違うのですね。
――残ると言うと、本来は別の場所へ行くみたいだろ。
――確かに、何かが終わるまでセレイスに留まるという意味にも聞こえます。けれどエルは、今回のダンジョンが見つかる前からあの街にいて、これが終わった後も変えるつもりはないということですか。
――そうだ。
――分かりました。
リュシアはそれきり念話を切った。外から見れば、二人は一言も交わしていない。ただ、リュシアの歩調だけがわずかに軽くなっていた。
さらに休止を重ねる頃には、誰も段数を数えていなかった。
調査官は休止の回数と進行方向だけを記録している。術式による方位の確認も試されたが、針も魔力の流れも安定せず、右へ曲がりながら下り続けているという以上のことは分からなかった。
それでも、階段は続いた。
空気は冷たくも暖かくもない。湿り気もほとんどなく、地下深くにいるはずなのに息苦しさもなかった。
食料はまだある。照明具の予備も残っている。引き返す理由はない。
ただ、終わりが見えない。
下り始めた時には何かが現れることを恐れていた者たちが、今では何かが現れることを望み始めているように見えた。魔物でも、扉でも、壁の傷でもよい。変化があるだけで、自分たちが進んでいると確かめられる。
先頭から報告が届いた。
「前方、異常なし。階段が続いている」
何度目か分からない同じ言葉に、返事はまばらだった。
「第二層とは、この階段だけなのでしょうか」
リュシアが言った。
「階層主が上ってくるなら楽だな」
「それでは、相手が来るまでここで待つことになります。私たちがこれだけ下りても出会わないのですから、向こうがわざわざ上ってくるとは思えません」
「向こうも待ってるかもしれない」
「階層主が、冒険者が来ないことを不思議に思いながら待っているのですか。少し気の毒には思いますが、出会えば倒すことになりますね」
「同情するのか」
「それとこれとは別です」
会話が途切れた。
足音が続く。
曲がり続ける壁を眺めながら、エルディアスはもう一度感覚を広げた。
石。人。金属。照明具の熱。
それだけだった。
だが、さらに下りたところで、頬に何かが触れた。
エルディアスは足を止めた。
後ろには誰もいない。前を歩くリュシアもすぐに気づき、振り返る。
「何かありましたか」
「風だ」
リュシアは目を細めた。
「確かに流れています。前方からです。先ほどまでは空気がほとんど動いていなかったので、階段の終わりか、外へ通じる開口部が近いのかもしれません」
隊列の前方からも、短い声が上がる。
「風を確認!」
全員の動きが変わった。
緩んでいた空気が一瞬で消え、武器へ手が伸びる。指示を待たず、騎士たちが周囲を警戒し、魔導士は術式を起こせるよう杖を構えた。
風は前方から流れていた。
冷たくはない。わずかに湿り、土と草に似た匂いを運んでいる。
階段を下り始めてから、初めて感じる外の匂いだった。
隊列は速度を落としたまま進む。
同じ石段。同じ左右の壁。
だが、前方が少しずつ明るくなっていた。
照明具の白い光とは違う。柔らかく、広がりのある光だった。
やがて先頭から停止の合図が伝わった。
エルディアスたちはその場で待つ。
斥候の声が、反響しながら後方へ届いた。
「階段の終端を確認。前方に広間があります」
先頭が広間へ進み、安全を確認する。続いて騎士たちが入り、階段の周囲から壁面、天井、床の順に調べていった。
罠も、魔物の気配もない。
進行の指示が出る。エルディアスはリュシアの後に続き、最後の段を下りた。
階段の先には、石室というより屋内の広場と呼ぶべき空間が広がっていた。高い天井に覆われた円形の広間で、柱も装飾もなく、灰色の石床が遠くの壁まで続いている。反対側の壁際に人が立っていたとしても、表情までは見分けられそうにない。
今まで下りてきた螺旋階段は、広間の壁際に口を開けていた。階段を下り切った位置から左前方を見ると、遠くの壁に大きな四角い開口部があり、そこから差し込む光が石床の上へ長く伸びている。
「出口があります」
先頭の斥候が声を上げる。
隊長はすぐには向かわせず、まず階段周辺の安全を確認させた。騎士が左右へ散り、魔導士たちも壁や床へ術式を走らせる。異常がないと分かると、隊列は左前方の光を目指して広間を進み始めた。
歩くにつれて、広間の中央に刻まれた紋様が見えてきた。幾重もの円と細い文字を組み合わせたもので、第二層入口の円形石室にあったものとよく似ている。階段を下りた位置からは石床の模様としか分からなかったが、近づけば明らかに人為的なものだった。
調査官が隊列を紋様の方へ導き、魔導士とともにその周囲を確認する。近づいても術式らしい反応はなく、罠を示す魔力の動きもない。
「形状と位置だけ記録する。詳しい調査は帰路に回す」
調査官はそう告げ、帳面へ紋様と、階段、開口部との位置関係を書き込んだ。
隊列は中央から進路を変え、再び開口部へ向かった。出口まではなお距離があり、外から流れ込む風と草木の匂いが、進むほどに強くなっていった。
扉はなかった。
先に開口部へ着いた斥候が外を確認し、片手を上げる。
「近辺に敵影なし」
王都の者たちが順に外へ進む。エルディアスも眩しさに目を細めながら、リュシアの後に続いて広間を出た。
靴底が石から土へ変わる。足元には短い草が生え、その先は緩やかな斜面になっていた。温かな風が吹き、ローブの裾と髪を揺らす。
頭上には、青い空が広がっていた。
エルディアスは立ち止まった。
彼らが出たのは、小高い丘の上だった。
眼下には森が広がっている。
一方向ではない。正面にも、左右にも、背後にも、濃い緑の木々が果てしなく続いていた。遠くなるほど色は霞み、輪郭は青く溶けていく。それでも森が途切れる場所はなく、道も、建物も、耕された土地も見えない。
地平の果てまで森だった。
先に外へ出ていた斥候も、続いてきた騎士たちも、その場から動かなかった。周囲を確認する声も、隊列を整える指示もない。誰もが眼下の森を見渡し、その果てを探すように目を細めている。
エルディアスはゆっくりと振り返った。
石造りの広間の出口は、巨大な塔の根元に開いていた。
塔は丘の中央から真っ直ぐに立ち上がっている。外壁には窓も継ぎ目もなく、灰色の石だけが空へ向かって伸びていた。見上げても頂は見えない。雲を貫き、その上へなお続いているように見えた。
その場にいる全員が、同じように塔を見上げていた。
ダンジョンの内部が、外から見た構造や広さと一致しないことは知られている。誰も、目の前の光景をあり得ないと考えたわけではなかった。
それでも、丘の四方を地平まで埋める森と、見上げても頂の見えない塔を一度に前にして、すぐに次の言葉を口にできる者はいなかった。
先頭の斥候も、隊長も、調査官も、ただ森と塔を見比べている。
誰もが、目の前に広がる第二層を呆然と眺めていた。




