第22話 鍛冶
ギルドの一階へ下りると、ミュリカが受付の奥から二人を呼び止めた。机の上には、革袋が二つ並べられている。
「一昨日の階層主討伐依頼の報酬です。王都側の確認が終わりましたので、受け取っていただけます」
エルディアスは自分の名札が付いた袋を持ち上げた。最初に黒碑王墓迷宮へ入った時の臨時依頼ほどではないが、普通の討伐依頼と比べれば十分に重い。
「今朝の碑文解析も、調査協力依頼として別に処理されます。今後も王都からの要請は、内容ごとにギルド依頼として出されるそうです」
「直接契約よりはましだ」
「バルドさんも同じことを言っていました」
ミュリカは苦笑しながら、もう一枚、折り畳まれた紙を差し出した。
「それから、《錆びない鹿》のザックさんから伝言です。リュシアさんの剣が仕上がったそうです」
紙には、太く崩れた字で短く記されていた。
剣が上がった。鍛冶屋が本人と、火を付けた男を呼んでいる。代剣を持って、直接工房へ行け。
「火を付けた男だそうです」
ミュリカが紙越しにエルディアスを見る。
「間違ってない」
「もう少し別の呼び方もあると思います」
リュシアは腰に下げた代剣へ触れた。
「鍛冶屋へ行きましょう。借りた剣も返さなければなりません」
◇
指定された鍛冶工房は、港湾区から少し離れた職人街にあった。
石造りの工房からは通りまで槌音が響き、開け放たれた戸口から熱気と鉄の匂いが流れ出している。軒先には剣や槍だけでなく、鍬、金槌、荷車の金具まで並べられていた。武器だけを扱う店ではないらしい。
中では二つの炉が燃え、王都の兵が持ち込んだ盾や槍が壁際に積まれている。炉の前にいた初老のドワーフが二人を見ると、握っていた槌を置いた。背丈はエルディアスの胸ほどしかないが、肩幅は広く、革の前掛けから伸びる腕は丸太のように太い。顔の下半分を覆う灰色の髭は短く編まれ、腕や額には細かな火傷の痕がいくつも残っていた。
「ザックから聞いてる。ドゥガン・ハルツだ」
ドゥガンは名乗りながらも、リュシアの顔にはほとんど目を向けなかった。視線は最初から、彼女の腰に下がる代剣へ向いている。
「お前が、王墓で根の間を走り回ってるエルフか。噂は聞いてる」
リュシアは少し目を見開いた。
「そう噂されているのですか」
「知らんのか。まあ、どうでもいい。どれだけ速かろうが、剣の傷み方は変わらん。まず、貸してた方を出せ」
リュシアはまだ少し気になる様子だったが、それ以上は尋ねず、腰から代剣を外して鞘ごと差し出した。
ドゥガンは剣を抜き、炉の光を刃へ滑らせた。切っ先から鍔元まで眺め、刃の側面を指でなぞる。階層主の根を受けた部分には浅い擦り傷があり、刃の根元には火を通した痕が薄く残っていた。
「こいつでも階層主と戦ったな」
「ほかに剣がありませんでしたので」
「数日の護身用として貸したんだが」
「予定が変わりました」
「変わりすぎだ」
ドゥガンは剣を軽く振り、刃の震えを確かめると、今度はエルディアスへ顔を向けた。
「火も通したか」
「通した」
「前の剣ほど深くは入ってない。刃の外だけで止めてあるな」
「借り物だったからな」
「自分の剣でもそうしろ」
ドゥガンは鍔と柄まで確認し、剣を鞘へ戻した。
「歪みはない。擦り傷を落として研ぎ直せば、まだ貸し出しに使える」
「ありがとうございました」
リュシアが頭を下げると、ドゥガンは代剣を壁際の棚へ置いた。
「預かってた方も上がってる」
ドゥガンは作業台の下から、油紙に包まれた細身剣を取り出した。
布を開くと、見慣れた柄と鍔が現れる。刃は磨き直され、全体に走っていた細かなひびは消えていた。ただし、切っ先が以前よりわずかに短く、刃の反りも少し変わっている。
「割れた部分を落とし、地金を足して打ち直した。前とまったく同じ剣には戻せん。修理代はザックから受け取ってる」
リュシアは剣を左手に持ち、工房の空いた場所でゆっくり振った。二度、三度と刃を止め、手の中の重さを確かめる。
「少し手元へ寄っていますね」
「切っ先を落とした分だ。柄の中へ重りを足せば前に近づけられるが、今の方が取り回しはいい」
「このままで構いません」
「普通に使う分にはな」
ドゥガンの目が、リュシアの剣からエルディアスへ移った。
「何を通せば、切っ先から茎まであんな割れ方になる」
「火だ」
「普通の火でああはならん」
「かなり上げた」
「見せろ」
ドゥガンは修理した剣をリュシアの手から取り上げ、代わりに壁へ立てかけてあった刃引きの剣を渡した。刃は厚く、先端も丸められている。試し斬りではなく、鍛え方や術式の影響を確かめるための道具らしい。
「修理したばかりの剣で試すのではないのですか」
リュシアが刃引きの剣を見下ろす。
「また割られてたまるか。裏へ来い」
ドゥガンは二人へ顎をしゃくり、工房の奥へ向かった。
中庭は高い石壁に囲まれていた。水を張った桶と砂箱、焼け焦げた木材が並び、周囲の建物から覗ける窓はない。
リュシアが中央で試し剣を構える。ドゥガンは少し離れ、刃全体が見える位置へ立った。
「まず、普段使う程度だ」
エルディアスは火の術式を組み、リュシアの持つ剣へ付与した。赤い炎が刃の表面へ薄く沿う。
ドゥガンは目を細め、炎の揺れではなく、その下にある刃を観察していた。
「これなら問題ない。少し上げろ」
火へオドを足す。赤が橙へ変わり、外へ揺れていた炎が細く絞られていく。
「まだ上があるな」
「ああ」
「割った時のところまで見せろ。刃が変わり始めたら止める」
――借りるぞ。
――はい。少しずつにしてください。
死別契鎖を通じて、リュシアのオドが流れ込む。最初の階層主戦で誤ったような量ではない。エルディアスは流量を絞り、火の術式が崩れない範囲で刃へ通す熱を圧縮していった。
橙の炎から色が抜け、刃の輪郭に沿って細い白い火が現れる。
「消せ」
ドゥガンが即座に言った。
エルディアスは術式を切った。白い光が消え、試し剣から熱だけが立ち上る。
ドゥガンは厚い革手袋を着け、リュシアから剣を受け取った。刃を光へかざし、側面を指で叩いて音を確かめる。
「戦った時は、もう少し上げた」
エルディアスが告げると、ドゥガンの眉間に皺が寄った。
「聞きたくなかったな」
ドゥガンは試し剣を水へ入れず、砂箱の上へ置いた。
「火を外へ纏わせてるだけじゃない。剣そのものを魔力の通り道にしてる。白くなるところまで上げると、刃の中へ一気に熱と魔力が入る。その状態で硬い外殻へ突き込み、曲げる力まで加えた。割れて当然だ」
「修理した剣では、どこまで使えますか」
リュシアが作業台の剣へ目を向けた。
「赤い火までなら問題ない。橙でも短時間なら持つ。白まで上げるなら、一度きりだと思え。次も無事だという保証はできん」
ドゥガンは修理した剣を見下ろし、首を横へ振った。
「良い剣へ替えろ」
「この剣も、悪いものではありません」
「悪くない。お前が今までどおりに斬るなら十分だ。だが、あの白い火を使うなら足りん。剣が悪いんじゃない。使い方が剣を越えたんだ」
「白い火に耐え続けられる剣があるのですか」
「あるかもしれんが、少なくとも、わしは見たことがない。今の剣より熱と力を逃がせるものならある」
ドゥガンは工房へ戻り、鍵の付いた奥の棚を開けた。
取り出されたのは、装飾のない黒い鞘に収まった細身剣だった。柄にも宝石や銀細工はない。抜かれた刃はわずかに暗い色を帯び、刃の中央には細い波のような鍛え跡が走っている。
「外側で刃を保ち、芯で衝撃を逃がすように打ってある。魔力も一か所へ溜まりにくい。付与を前提にした剣だ」
リュシアが受け取り、左手で振る。
修理された剣よりわずかに重い。だが、重さが切っ先へ偏っておらず、振り切った後も刃が流れない。何度か動きを繰り返すうちに、軌道は小さく、速くなっていった。
「柄が少し太いです」
「手に合わせて削る。重心も半指までは動かせる」
「白い火を使っても折れませんか」
「折れないとは言わん。今の剣より長く持つ。使うたびに刃を確認し、異常が出たら止めろ。それが条件だ」
「値段は」
「白金貨三枚と金貨八枚。鞘と調整込みだ」
リュシアの手が止まった。
「かなりしますね」
「かなりする剣だからな」
修理された剣は、白い火を使わなければまだ十分に戦える。必要性は理解できても、その場で即座に決められる金額ではなかった。
リュシアは新しい剣を鞘へ戻した。
「少し考えさせてください」
「買え」
横からエルディアスが言った。
リュシアが振り向く。
「簡単に言いますね」
「先の階層で、白い火を使わずに済む保証はない」
「それは分かっています。ですが、私の剣です」
「俺の付与を通す剣でもある。金の話なら、俺も出す」
「修理代まで、すでにエルが負担しています」
「修理代は俺が壊した分だ。これは、これから黒碑王墓迷宮へ入るための装備だろ」
ドゥガンは口を挟まず、二人の間で交わされる話を聞いていた。
リュシアは手にした黒い鞘と、作業台に置かれた二つの報酬袋を見比べる。
「では、半分ずつ負担しますか」
「それだと、今後俺の術具が必要になった時に面倒だ」
「エルの分はエルが払えばよいのでは」
「同じ依頼で使うものだ」
エルディアスは少し考えてから、二つの革袋へ手を置いた。
「今回から、黒碑王墓迷宮に関わる依頼の報酬は一度まとめる。装備、薬、術具、修理に使った分を先に引く。残った分を半分ずつにする」
「私の剣も、エルの術具も、同じところから出すのですね」
「そうだ」
「普段の宿代や食事は」
「別だ。依頼中に必要になった分だけ」
「個人的な買い物も」
「別に決まってるだろ」
リュシアは少し考え、黒い鞘を抱え直した。
「限定された共通のお財布ということですね」
「依頼の共同経費だ」
「呼び方を変えただけではありませんか」
「違う」
「エルがそう思いたいなら、それで構いません」
リュシアの口元に、わずかな笑みが浮かんだ。
「ただし、エルが面白そうだからという理由で術具を買う場合は、共同経費として認めません」
「買わない」
「今の返答は記憶しておきます」
二人の話が終わったと見て、ドゥガンが作業台を指で叩いた。
「それで、買うんだな」
「買います」
リュシアはドゥガンへ向き直った。
「柄は今より少し細くしてください。重心は、この位置のままで構いません」
「分かった。明日の夕方には仕上げる。前金は半分だ」
二人は一昨日の報酬から前金を支払った。ドゥガンは金額を数え、工房の印を押した預かり証をリュシアへ渡す。
「修理した方は予備として持っていけ。新しい剣でも、白い火を通した後は必ず刃を確認しろ。自分で分からなければ持ち込め」
「分かりました」
リュシアは修理された剣を腰へ下げた。
◇
工房を出た二人は、そのままギルドへ戻った。
朝に受け取った依頼書と編成案は、エルディアスの鞄に入っている。受諾期限は翌日の昼まで残っていたが、新しい剣を注文したあとで返答を保留する理由もなかった。
受付へ着くと、ミュリカが二人を見上げた。
「剣は受け取れましたか」
「はい」
リュシアが答えると、エルディアスが横から付け加えた。
「もう一本、買うことになった」
「もう一本ですか」
ミュリカの猫耳が立ち、視線がリュシアの腰から手元へ移る。
「白い火を使うには、今の剣では足りないそうです」
リュシアが預かり証を差し出す。ミュリカは記された金額を見て、目を瞬いた。
「ずいぶん良い剣ですね」
「値段だけで判断するなら、そうですね」
リュシアが答えている間に、エルディアスは鞄から依頼書を取り出し、受付台へ置いた。
「第二層第一次攻略の依頼を受ける」
ミュリカは預かり証から依頼書へ視線を移した。
「返答は明日の昼までで構いませんが、もう決められたのですね」
「待っても変わらない」
リュシアも依頼書を引き寄せ、朝に確認した内容をもう一度読み返した。依頼主は王立迷宮査察隊、仲介はセレイス冒険者ギルド。二人の名は編成案にすでに置かれているが、署名まではされていない。
「碑文の意味を知るには、先の階層へ進むしかありません」
リュシアが依頼書から目を上げた。
「ああ」
「王都へ所属するつもりはありませんが、黒碑王墓迷宮を放置するつもりもありません」
「同じだ」
リュシアは左手でペンを取り、依頼書へ名前を書いた。続いてエルディアスも署名する。
ミュリカは二人分の署名を確認し、受領印を押した。
「第二層第一次攻略への参加で処理します」
「もう一つある」
エルディアスは鍛冶屋の預かり証を受付台へ戻した。
「今回から、黒碑王墓迷宮に関する依頼の報酬を共同で精算したい。必要経費を先に引いて、残りを半分ずつにする」
ミュリカは預かり証と二人の顔を順に見た。猫耳がわずかに動く。
「共同勘定を作るということですね。お二人が同じ依頼を受けた場合、報酬をまとめて入れ、認められた経費を差し引いてから折半できます」
「今回受け取った報酬からで頼む」
「この剣の前金も経費として記録しますか」
ミュリカが預かり証を持ち上げると、リュシアが頷いた。
「お願いします。ただし、黒碑王墓迷宮に関する依頼だけです。ほかの依頼や個人の財産は含めません」
「承知しました。お二人の同意がなければ、共同勘定から支払いは行いません」
「そこまで必要か」
エルディアスが眉を寄せる。
「共同のお金ですので」
ミュリカが当然のように答えると、リュシアがエルディアスへ顔を向けた。
「共同のお金だそうですよ」
「依頼の金だ」
「まだ言いますか」
ミュリカは二人のやり取りを聞きながら、帳面へ新しい欄を書き加えた。
朝には編成案に記されていただけの二人の名が、今度は二人自身の意思で、正式な参加者として記録された。




