第18話 介入
受付前で進められている作業を眺めていると、奥からミュリカが二人へ声をかけた。
「エルさん、リュシアさん。ギルド長がお待ちです。そのまま奥へどうぞ」
エルディアスとリュシアは受付脇の扉を抜け、ギルド長室へ入った。
バルドは執務机を埋める書類の中から二枚を抜き出した。王都の封蝋が押された文書や、先ほどの聞き取りに使われた記録が積まれ、その隣には神殿の印が付いた書状まで置かれている。
「先に、お前たちのパーティーについて伝えておく。どちらも解散した」
リュシアが足を止めた。
「どちらも、ですか」
「グレンからは昨日のうちに解散届が出ている。階層主を倒して帰還した時点で依頼は終了。報酬の分配も済ませたそうだ」
「私には何も聞かれていません」
「聞けば、お前が治療の終わるまでパーティーを残すと言い出すと思ったんだろう。石碑に名前を刻まれたお前を、自分たちの怪我で縛っておく気はないそうだ」
リュシアは扉へ振り返った。
「グレンに確認してきます」
「今から医務室へ乗り込むつもりか」
「本人から理由を聞きます」
「理由なら今言った。寝台から動けない相手に解散届の話をしに行くな。文句があるなら、元気になってから言え。それまでは見舞いにでも行ってやれ」
リュシアは扉を見たまま、しばらく動かなかった。
「……治療が終わるまでは、この街に残るつもりです」
「なら、顔を合わせる機会はいくらでもある。解散したから二度と来るなとは言われていないだろう」
「それは言われていません」
「だったら、今日のところは見舞いだけにしておけ」
「そうします」
納得したというより、今すぐ問いただす必要はないと判断したらしい。リュシアは扉から離れ、エルディアスの隣へ戻った。
バルドはもう一枚の書類をエルディアスへ向ける。
「お前の方も同じだ。ラグスたちは全員無事に戻っている。お前の帰還が確認されたところで報告と精算を終え、解散届を出した」
「俺の取り分は」
「預かっている。転移罠で飛ばされたのは、お前の責任ではないという判断だ」
「そうか」
「残された方は、お前が戻らなければ捜索依頼を出すつもりだったらしいぞ」
エルディアスはすぐには答えなかった。
「ラグスたちとは、あとで話す」
「向こうもしばらくはこの街にいるらしい。急ぐ話でもないだろう」
バルドは二枚の解散届を重ね、机の端へ置いた。
「というわけで、今のお前たちは二人とも所属なしだ。とりあえず、お前らでパーティーを組んでおけ」
「とりあえずで組ませるものじゃないだろ」
「事情がなければな。だが、お前たちにはある」
バルドはエルディアスへ目を向けた。
「その呪いを介せば、お前の付与術は距離に関係なくリュシアへ届く。通常より効果も高まる。実戦で使えることも、階層主との戦いで確認済みだ」
次にリュシアを見る。
「それに、お前には勇者に選ばれたい連中と、お前を自分たちのパーティーへ入れたい連中が寄ってくる。今朝だけでも、それに近い話が何件も来ている」
「私は、まだ誰かを選ぶ段階ではありません」
「お前がそう考えていても、向こうが待つとは限らない。所属するパーティーが決まっていれば、少なくとも勧誘は断りやすくなる」
バルドは二人を交互に見た。
「リュシアには勇者目当ての連中が集まる。エルディアスも、呪いと階層主戦の件で今回の騒ぎから無関係ではいられない。付与の相性もいい。今、わざわざ別々のパーティーに入り、説明と調整を増やす理由があるか」
エルディアスとリュシアは互いを見た。
二人で組めば、依頼を選ぶ時も、行動する時も、相手の事情を考えなければならない。エルディアスは一人で動くことに慣れており、リュシアも誰かに行動を合わせることを好んでいるわけではない。
だが、別々のパーティーへ入れば、それぞれの仲間と依頼まで巻き込んで調整することになる。呪いや信託について呼び出されるたび、双方のパーティーへ事情を説明する必要も出てくる。
「二人で組むのも面倒だが……」
「……別々に組む方が、もっと面倒ですね」
「そうだな」
バルドが登録用紙を二人の前へ置いた。
「反対は?」
「ない」
「私もありません」
「なら決まりだ。期限は設けない。どちらかが抜けると言えば、その時点で解散。それでいいな」
「ああ」
「構いません」
リュシアが署名し、続いてエルディアスが名前を書く。バルドが内容を確認し、ギルド印を押した。
グレンたちとの臨時パーティーも、ラグスたちとの臨時パーティーも終わった。その直後、エルディアスとリュシアの二人だけのパーティーが、ひどく事務的な手続きによって成立した。
ギルド長室を出ると、先ほどから待っていたらしい冒険者たちが一斉に二人を見た。
白い外套をまとった若い剣士が、リュシアへ近づいてくる。腰の剣にも胸当てにも目立った傷はなく、後ろには同じ意匠の装備を揃えた四人が立っていた。
「リュシア・フェル・ノルディアだな」
「そうですが」
「話がしたい。我々は王都でいくつものダンジョンを踏破している。勇者を選ぶというのなら、まず我々の戦いを見るべきだ」
「今は誰かを選ぶ段階ではありません」
「だからこそ、行動を共にして見極めてもらいたい。我々のパーティーには一人分の空きも作れる」
「必要ありません」
男は隣に立つエルディアスへ視線を移した。
「その男と組んでいるのか」
「先ほど、パーティーを組みました」
「そいつが勇者なのか」
「違います」
リュシアは迷わず答えた。
「なら、なぜ――」
「私が誰とパーティーを組むかと、勇者の選定は別の話です。ほかへ加わる予定もありません」
男はなおも何か言おうとしたが、エルディアスがその前へ半歩出た。
「聞きたいことは聞いただろ」
周囲の視線まで集まり始めている。男はしばらく二人を見比べていたが、やがて仲間を連れて退いた。
◇
そのあと、リュシアは果物を手に医務室を訪れた。
四人は同じ部屋に寝かされていた。グレンは固定した膝を投げ出し、ディナは添え木の腕を吊ったまま身体を起こしている。ネラは脚をかばって壁際の寝台に、フィルは一番奥で浅く眠っていた。
リュシアが果物を配って回ると、グレンが横目だけをこちらへ動かした。
「見舞いのつもりか」
「解散の話をしに来たわけではありません」
「そうかい」
それ以上、どちらも解散には触れなかった。
「食べてください。治りが違います」
「……そりゃどうも」
悪態のように短く言って、グレンは果物のひとつへ手を伸ばした。ディナが「私にも」と空いた手を出し、ネラが「図々しい」と笑う。フィルは目を覚まさなかったが、リュシアはその枕元にも一つ置き、部屋を出た。
治療が終わるまでは、時折こうして通うつもりでいた。
夕の鐘が鳴る頃には、《錆びない鹿》にも立ち寄り、補修の終わったローブを受け取った。
◇
翌日、セレイスでは何事もなかったかのように一日が始まった。
港では荷が揚がり、市場には魚が並び、冒険者ギルドの掲示板にも普段どおり依頼票が増えていく。《錆びない鹿》からは、鍛冶屋へ回していたリュシアの剣について見積もりが届いた。刃全体に入ったひびを直す費用は安くなく、結局、ローブに続いて剣の修理費もエルディアスが全額負担することになった。
街の営みそのものは、いつもと変わらない。
それでも、どこか落ち着かなかった。
昨日調べられていた宿では、まとまった数の部屋を空ける準備が始まっていた。厩では普段使わない区画まで掃除され、倉庫の持ち主には荷車を何台置けるかという問い合わせが届いている。商人の間では食料や飼料をまとめて確保したいという話が広まり、木材や天幕に使う厚布の在庫まで、いつの間にか押さえられ始めていた。
道が塞がれたわけでも、兵が街を歩いているわけでもない。市場の声も、港の鐘も、酒場の笑い声も普段と同じだった。ただ、その普段どおりの景色の裏で、セレイスの空いている場所と、蓄えられている物が、少しずつ王都のために取り分けられている。
何かが起きたわけではない。
だが、何かが起こる。
理由を知らない住民たちにも、それだけは伝わり始めていた。
◇
さらに翌朝、明けの鐘が鳴る頃には、その正体が北門の外に現れていた。
最初に門をくぐったのは、王家の旗を掲げた騎馬隊だった。馬も騎手も長い強行軍の疲労を隠せていなかったが、隊列は崩れていない。その後ろには統一された鎧をまとった兵と王立迷宮査察隊の外套が続き、さらに街道の先には次の一団が見えていた。
新たに現れたダンジョンを調べに来た人数ではなかった。
兵は北門と王墓へ続く道へ分かれ、査察官と書記官は街の役所や冒険者ギルドへ向かう。宿には王都からの人員を受け入れるための通知が届き、厩には交代馬が次々と入れられていった。
それで終わりではなかった。
朝二つの鐘を過ぎる頃には、魔導技師と治療師を乗せた馬車が到着した。昼には結界杭や術式盤を積んだ荷車が入り、午後には食料、飼料、天幕、予備の武具を運ぶ隊列が北門をくぐった。
日が暮れても、人と物の流れは止まらなかった。
宵の鐘の後にも荷車の車輪が石畳を鳴らし、夜半には新たな兵と書記官が宿へ入っていく。翌朝になれば、街道の向こうにはまた別の隊列が現れていた。
王都から送り込まれるのは、王立迷宮査察隊だけではない。兵、魔導技師、治療師、書記官、役人、馬、食料、資材。準備が整ったものから順に送り出され、昼夜を問わずセレイスへ流れ込み続けている。
冒険者ギルドは、ダンジョンに関する資料と人員の提供を次々に求められた。神殿には信託とリュシアへの面談記録を差し出すよう要求が届き、街の役所には宿舎や倉庫、馬を置く場所の確保が命じられた。
神殿も冒険者ギルドも、王都のやり方に良い顔はしなかった。ダンジョンを警戒する必要があることは理解している。それでも、自分たちが積み上げてきた判断を無視され、セレイスという街まで王都の都合だけで動かされることには耐えられなかった。
住民たちも同じだった。
王都の援軍が来たという安堵より、自分たちの街へ巨大な組織が入り込んできた戸惑いの方が強い。港の荷揚げも、市場の商いも、酒場の営業も続いている。それでも、鎧の音と荷車の車輪が増えるたび、セレイスは少しずつ別の街へ変わっていった。
エルディアスとリュシアは、大通りの端から北門へ続く隊列を見ていた。
「本気ですね」
「ああ」
それだけは、疑いようがなかった。
王都は王墓脇のダンジョンを、地方で起きた珍事とは考えていない。必要なら封じ、必要なら奪い、何が起きても自分たちだけで処理できるようにする。そのためなら、ダンジョンの隣にあるセレイスの街まで、自分たちの手の内へ置くつもりだった。
王都の介入は、すでに始まっていた。




