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第46話 境界線と南麓への転換

最後まで読んでくださると嬉しいです!

六月も終わりが近づき、梅雨の晴れ間に注ぐ陽光がいよいよ熱を帯び始めてきた。吉永中学校の校舎内は、期末テストが終わった解放感と、間近に迫る夏休みへの期待で、どこか浮き足立った空気に包まれている。


だが、僕たち「探景」の四人——もとい、広報委員会のメンバーには、避けては通れない「壁」が立ちはだかっていた。


「……えっ、県外に行くのか?」

夕食の席、僕は意を決して父さんに切り出した。夏休みの目玉企画として、富士山の裏側、山梨県の本栖湖まで足を伸ばしたいという計画。中二になって、生徒会副会長にも二期連続で選ばれた。自分ではもう


十分「大人」の階段を登っているつもりだった。

「ああ。広報委員会の特別取材で……。本栖湖から見る、一万円札の富士山を撮りに行きたいんだ。原や結衣さんも一緒だし、しっかり計画も立てるから」


しかし、父さんは箸を置き、静かに、けれど拒絶の意思がはっきりとこもった瞳で僕を見た。

「ダメだ。お前たちはまだ中学二年生だろう。いくら生徒会の役員だからといって、子供たちだけで県境を越えて山梨まで行くのは許可できない」

「でも、バスや電車を乗り継げば……」


「距離の問題じゃない。親の目が届かない場所で、もし事故やトラブルがあったらどうする。副会長とい

う立場なら、なおさら自分の責任の範囲を考えなさい。富士市内、あるいはせいぜい隣町までだ。それが

今の君たちの『身の丈』だろう」


母さんも、心配そうに僕を見つめている。

「佐野、あなたの熱意を否定したいわけじゃないの。でも、中学二年生というのは、自分たちが思っている以上に危なっかしいのよ。事件や事故は、本人が気をつけていても向こうからやってくることがあるから」


反論の言葉が喉元まで出かかったが、二人の正論を崩す術を僕は持っていなかった。中学二年生。法律上も社会通念上も、僕たちはまだ「保護」されるべき対象でしかない。生徒会でどれだけ立派な演説をしようと、家を一歩出れば、ただの十四歳の子供なのだ。


翌日の放課後。湿り気を帯びた空気の理科準備室に、僕の声が重く響いた。

「……すまない。親に反対された。山梨遠征、僕は行けない」

「ええーっ!? 佐野がいないなんて、そんなの探景同好会(仮)の解散危機じゃん!」


結衣が机に突っ伏して、「ぐたーん」と力なく垂れ下がる。

「……まあ、そうなるよな。俺も親に言ってみたけど、『中坊が県外なんて百年早いわ』って一蹴されたよ。まったく、中二にもなって過保護だよな」

原も苦笑いしながら、自分の答案用紙を丸めていた。どうやら、壁にぶつかったのは僕だけではなかったらしい。


美歩さんは、窓の外に広がる、いつもの富士市の景色を寂しそうに眺めていた。

「……本栖湖、行ってみたかったな。……でも、佐野くんが『ダメだ』って言われたなら、きっとそれが今の私たちの正解なんだね」


彼女のその言葉が、一番胸に刺さった。副会長として学校を引っ張る立場の僕が、親の許可も得られないような無謀な計画を強行するわけにはいかない。

「……でも、ここで諦めたら、広報委員会の夏休み号外が真っ白になっちゃう」


僕は眼鏡を 「くいっ」と直し、昨夜、寝ずに練り直した代替案を机に広げた。

「山梨は諦める。でも、静岡県内なら……御殿場や裾野までなら、父さんも許可をくれた。僕たちがまだ知らない『もう一つの富士山』は、県境を越えなくてもそこにあるんだ」


「御殿場……? 富士市からそんなに変わるのか?」

原が、興味を惹かれたように白地図を覗き込む。

「それが…全然違うんだよ。僕たちが普段見ている富士山は、右側に宝永山の膨らみがある『横顔』だ。でも、御殿場側から見れば、あの火口跡がちょうど真ん中にくる。……いわば、富士山の『正面の顔』だ」

僕は理科と社会の知識をフル回転させて説明を続ける。


「標高も富士市よりずっと高い。そこには、自衛隊の広大な演習場や、御殿場線のレトロな駅舎、それに霧に包まれた幻想的な風景があるはずだ。中学二年生の僕たちが、自分たちの足で、ギリギリ行ける『世界の果て』。それが、御殿場ルートなんだよ」

「……正面の富士山」


美歩さんの瞳に、小さな好奇心の火が灯る。

「……私、それ撮ってみたい。いつも見ている山なのに、反対側に回るだけで違う山に見えるなんて……。それって、なんだか今の私たちみたいだね」

「よし、決まりだ!」


結衣がパチンと手を叩いた。

「山梨は高校生になってからの楽しみにとっておこうよ。今は、この静岡の南東を制覇する。タイトルは……『中二の夏、境界線上のパノラマ』! どう?」


六月の最終週。生徒会副会長としての僕の仕事は、一期目の締めくくりで多忙を極めていた。

各クラスから集まった「学校への要望」をまとめ、職員会議に出す資料を作る。理科や社会、国語が得意な僕は、データの集計や文章の推敲を任されることが多かった。

「佐野副会長、今日も遅くまで残るのか?」


顧問の先生が、生徒会室を覗く。

「はい。一学期の活動報告を終わらせておきたいので。……それと、広報委員会の方で、夏休みに御殿場方面の地域取材を計画しています。これは正式な委員会活動として、承認をお願いできますか?」

「御殿場か。……あそこは富士山学習の拠点としてもいい場所だ。よし、許可しよう。ただし、必ず親の承諾を得て、無理な行程は組まないこと。いいな?」

「……ありがとうございます。承知しています」


僕は腕章を外し、窓の外を見つめた。

生徒会室から見える富士山は、今日もどっしりと構えている。大人になりたいけれど、まだ大人になりきれない十四歳。県外へは行けないけれど、自分たちの足で歩ける距離なら、誰よりも深く、その景色を理解したい。


理科準備室に戻ると、三人がカメラのメンテナンスを始めていた。

「佐野、遅かったな! ほら、御殿場線の時刻表、結衣が調べてくれたぜ」

「うちの親父もさ、『御殿場は霧が出るから気をつけろよ』って、わざわざ昔使ってたレインウェア貸してくれたぜ」

手に持つのは、使い慣れたカメラと、親からもらった少し重たい「心配」という名の御守り。僕たちの夏が、今、正式にシャッターを切る準備を終えた。

最後まで読んでくださりありがとうございました!

別の作品や次の話も是非見てみてください!

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