表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
46/49

第45話 写真とは芸術の一種である

最後まで読んでくださると嬉しいです!

放課後の北校舎。生徒会室がある本館の喧騒から少し離れた、分館3階に広報委員会室はある。


もともとここは、全生徒にタブレット端末が貸し出しされる前までは、パソコン室として使われていたようだ。

その名残に鍵の札には、うっすらとパソコン室と書いてある。


そこは、僕たちの「探景」が「公的な記録」へと姿を変える、いわば現像所のような場所だ。学年委員や生徒会副会長としての公務が一段落したとき、僕はよくこの部屋を訪れる。そこには、原と結衣、そして美歩さんが、日常という膨大な情報の中から「輝く一瞬」を掬い上げる作業に没頭しているからだ。


「あーっ! もう、あと数ミリ左! 佐野くん、ここ、数ミリだけ写真を動かして!」

部屋に入るなり、結衣の鋭い指示が飛んできた。彼女は広報委員として、校内新聞のレイアウトを担当している。机の上には、大型のモニターと、切り貼りされたラフデザインの紙が散乱していた。

「……こうかな?」


「そう! それ! その数ミリで、写真の中の富士山と記事のタイトルが『対話』し始めるんだから」

結衣のこだわりは、もはや職人の域に達している。彼女にとって、広報紙は単なる情報の伝達手段ではない。一ページという限られた宇宙の中に、いかにして読者を「その場所」へ連れて行くか。そのための視線誘導、フォントの選択、余白の取り方に、彼女は心血を注いでいる。


「……結衣のレイアウトは、音楽に似ているね」

美歩さんが横から、プリントアウトされた校正紙を眺めて呟く。

「静かな場所には広い余白があって、盛り上がるところには写真が躍動してる。……私の撮った静止画が、結衣の手にかかると動き出すみたい」


部屋の隅では、原が山のような資料と格闘していた。

「おい佐野、この前の今宮の取材メモ、もう一度見せてくれ。さっきの『母宮』の件、もう少し掘り下げたいんだ」


原は、広報委員の中でも特に「言葉の裏側」を追い求めるタイプだ。単に「景色が綺麗だった」で済ませることを彼は許さない。その景色がなぜそこにあるのか、かつてそこを歩いた人々はどんな想いだったのか。彼は放送委員としてのしゃべりの技術とは別に、書く言葉にも独特の「重み」を持たせていた。


(……原の文章は、レンズの絞りに似ている)

僕は彼にノートを渡しながら思う。余計な形容詞を削ぎ落とし、事実という光を一点に集めることで、読者の心に鮮明な像を結ばせる。彼の書くキャプション一つで、ありふれた風景写真が、街の歴史を物語る「証言」へと昇華するのだ。


「よし、これで繋がった。……『過去の記憶が、今の緑をより深くする』。この一文で、今回の特集を締めくくるぜ」

原が力強くキーボードを叩く音が、静かな広報室に響いた。


そして、部屋の最も奥まった、窓を背にした特等席に美歩さんはいた。

彼女の役割は、膨大な撮影データの中から、紙面を飾る「最高の一枚」を選び出すことだ。

彼女のモニターには、同じような構図の、けれど微妙に光の当たり方が違う写真が何十枚も並んでいる。美歩さんはマウスを握ったまま、何分も、時には何十分も、その一枚一枚と対話するように見つめ続ける。

「……迷ってるの?」


僕が声をかけると、彼女は少しだけ視線を外して微笑んだ。

「……うん。こっちは富士山が一番綺麗。でも、こっちは風で揺れた草花に、生命力を感じる。……どっちをみんなに見せたいか、自分の心に聞いてるの」

美歩さんは、技術的な正解よりも、自分の心が「震えた瞬間」を信じている。それは、効率や締め切りが優先されがちな委員会活動の中で、最も大切にされるべき「聖域」のように僕には見えた。


広報委員会の仕事は、時に孤独だ。

原が事実を掘り起こし、美歩が光を捉え、結衣がそれを構成し、そして僕が (副会長の立場として、あるいは一人の探景仲間として) それらを俯瞰して調整する。


「……よし、全ページの校了です!」

結衣が大きく背伸びをして宣言した。

モニターの中には、一学期の集大成となる、色鮮やかな広報紙が出来上がっていた。


今宮の緑、緑地公園の雨、吉原の夜明け。

バラバラだった四人の視点が、一つの紙面の上で見事に調和し、富士市という街の新しいポートレートを描き出している。


「……ねえ。これを見た生徒たちが、明日、自分の帰り道の景色を少しでも好きになってくれたら……嬉しいよね」

美歩さんのその言葉に、僕たちは静かに頷いた。


広報委員会の仕事風景。それは、自分たちが愛した景色を、誰かの「日常の宝物」に変えるための、地道で、けれど最高に贅沢な魔法の時間なのだ。


窓の外では、夜のとばりが下り始め、富士市の街明かりが星座のように瞬き始めていた。

僕たちは機材を片付け、一学期最後の仕事を終えた満足感とともに、暗くなった廊下を歩き出す。

「……さあ、次は夏休みの号外だね」

「当たり前でしょ! 山梨遠征、絶対特集するんだから!」

結衣の声が、誰もいない校舎に元気よく響く。

僕たちの「現像」の日々は、これからも続いていく。この街の、そして自分たちの、まだ見ぬ光を追い求めて。

最後まで読んでくださりありがとうございました!

別の作品や次の話も是非見てみてください!

面白かったらブックマーク・評価で応援いただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ