第44話 変わったもの変わらないもの
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「……よし、これで最後か」
放課後、放課後のチャイムが鳴り響く校舎。生徒たちが帰路へと急ぎ、校内が賑やかな喧騒に包まれる中、僕は一人、生徒会室にいた。
僕、佐野は、この一学期を「学年委員」として、そして「生徒会副会長」として駆け抜けてきた。副会長としての初仕事は、正直に言って地味な作業の連続だった。各委員会からの活動報告書のチェック、そして全校集会での進行管理。
しかし、そのすべてが僕にとっては「この学校」という巨大な景色のピントを合わせるための、大切な工程だった。
生徒会室は、校舎の中でも特に見晴らしの良い場所にある。
デスクに積み上げられた資料の山からふと顔を上げると、そこには窓枠という名のフレームに収まった、
富士市のパノラマが広がっている。
高台にあるこの学校からは、整然と並ぶ住宅街の屋根、その隙間を縫うように走る岳南電車の線路、そして何より、街を包み込む駿河湾の蒼が見渡せる。
(みんな、この景色の中で生きているんだな……)
時折、双眼鏡を取り出したくなる衝動を抑え、僕はペンを走らせる。
僕がここで日程を調整したり、行事の効率化を提案したりすることは、巡り巡って、あの街から通ってくる生徒たちの「日常」を彩ることになる。そう思うと、どんなに退屈な事務作業も、探景と同じくらい重要な意味を持ち始めた。
前期の仕事の中で、僕の得意分野が活かされる場面は意外と多かった。
理科や社会が得意な僕は、地域連携のプロジェクトや、校内での資源回収イベントの企画書作成を任されることがあった。
「佐野副会長、この地域の歴史についての資料、まとめておいてくれたんだって?」
顧問の先生に声をかけられる。僕は眼鏡を「くいっ」と直し、用意していたレポートを差し出す。
「はい。本地区の地名由来と、今宮浅間神社の伝承を軸に、地域探究活動の骨子をまとめました。ただの清掃活動にするより、自分たちの足元にある歴史を知る方が、生徒の主体性は高まると判断しましたので」
「……相変わらず、理路整然としているな。君の社会科的な視点は、生徒会の運営に新しい風を吹かせてくれているよ」
国語も得意な僕は、全校生徒に配るプリントの文言一つにもこだわった。
「お知らせ」ではなく「招待状」のような、少しだけ心を動かす言葉選び。それは、美歩さんたちと「探景」を続ける中で養われた、感性の発露だったのかもしれない。
六月の中旬。テスト期間の直前に行われた役員選挙。
一期目の仕事を終えた僕は、迷うことなく副会長への再選を目指した。
選挙公約に掲げたのは、「見える化する生徒会」。
僕たちがどんな景色を見て、どんな想いで活動しているのか。それを広報委員会とも協力しながら、もっとオープンにしていきたい。それは、あの「特等席」企画の成功を、生徒会全体の活動にも波及させたいという、僕なりの野望だった。
「佐野は、ただ真面目なだけじゃない! 誰よりもこの街を、この学校を、レンズ越しに……いや、心で見つめている男だ!」
応援演説に立った原の、少し熱すぎる (そして少し恥ずかしい) スピーチが体育館に響いた時、僕は改めて、自分一人で戦っているのではないことを実感した。
開票結果は、信任多数での再選。
二期目の副会長としての任期が始まった瞬間、僕の背負う責任の重みは、一期目とは比べものにならないほど、ずっしりとした手応えへと変わっていた。
テストが終わり、みんなが「ぐたーん」と燃え尽きている今の時期。
僕は一足先に、一学期の総括報告書を書き上げていた。
生徒会室に差し込む西日が、僕のデスクをオレンジ色に染め上げる。
一期目の僕は、ただ役割をこなすことに必死だった。
けれど、二期目の僕は、この景色の一部として、もっと能動的に動き出したい。
「……さて。夏休みが始まる前に、これを会長に提出してしまおう」
カバンに資料を詰め込み、僕は生徒会室の電気を消した。
暗くなった室内で、窓の外の街の灯りが、ぽつり、ぽつりと灯り始める。
それは、まるで現像液の中で像が浮かび上がってくる瞬間のような、静かな感動を伴う光景だった。
副会長としての仕事風景。それは、派手な演説や行事の成功だけではない。
誰もいない部屋で、一人、街の灯りを見つめながら、次の一歩を思索する。
その「孤独な特権」こそが、僕の副会長としてのアイデンティティだった。
(……待ってて。僕たちの夏は、ここからもっと輝くはずだから)
僕は階段を駆け下り、仲間たちが待つ理科準備室へと向かった。
そこには、僕の「もう一つの居場所」である、賑やかで温かい探景の時間が待っている。
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