第43話 学期の終止符
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六月の終わり。
湿り気を帯びた風が、吉永校舎の開け放たれた窓から入り込み、掲示板の端をパタパタと揺らしている。
テスト期間中のあの、息が詰まるような静寂はどこへやら。返却された答案用紙を手に、一喜一憂する叫び声とため息が教室のあちこちで渦巻いていた。僕たちの「探景」の四人もまた、それぞれの現実と向き合う時間を迎えていた。
「……終わった。補習がないことだけが、俺に残された最後の救いだ……」
放課後の理科準備室。原は机に突っ伏し、答案用紙を眺めることすら放棄して「ぐたーん」と力なく垂れ下がっている。その横では、結衣も同じように椅子に背中を預け、天井の一点を見つめたまま動かない。
「私も……赤点は回避。でも、脳細胞が完全に枯渇したわ。今はカメラのシャッターボタンを押す筋力すら残ってない……」
二人とも、幸いにも補習にかかるような点数ではなかったが、テストという荒波に揉まれて完全に「燃え尽き」状態だった。
「……お疲れ様。二人とも、よく頑張ったね」
美歩さんが、自分の答案を慎重にカバンにしまいながら、苦笑いして二人を労った。彼女もまた、今回はかなり机に向かっていたようで、少しだけ目の下に隈ができている。
僕はといえば、手元の答案を見つめて静かに息を吐いた。理科と社会、そして国語。自分の得意とする分野については、生徒会の仕事の合間を縫って勉強した成果がしっかりと数字に表れていた。
実は、この六月の中旬。僕にはテスト以上にもう一つの大きな山場があった。
生徒会役員選挙。
一期目の任期を終え、僕は迷うことなく、始めの頃は、心身の負担もうやりたくないと思っていた、だが再び「副会長」の座に立候補した。生徒会室から眺めるあの高台の景色を、そしてこの学校の日常を、もっと自分の手で形にしていきたいと思ったからだ。
選挙当日は、応援演説に立ってくれた原の「こいつの視点は、この学校に新しい『景』を見せてくれる!」という熱すぎるスピーチの助けもあり、無事に再選を果たすことができた。
「副会長、二期目当選おめでとう。佐野くん」
美歩さんが、少し改まった様子で僕に言った。
「ありがとう。……でも、肩書きが変わるわけじゃないからね。僕は僕のやり方で、生徒会の仕事も、この『探景』の活動も、両立させていくつもりだよ」
僕は眼鏡を「くいっ」と直し、机に置かれた自分の副会長の腕章をそっとカバンにしまった。
「さて! ぐったりしてる暇はないわよ。本題に入ろうじゃない」
結衣がようやく体を起こし、リュックから丸められた大きな紙を取り出した。机の上に広げられたのは、
富士市とその周辺地域が描かれた巨大な白地図だった。
「これ、広報委員会の備品から借りてきたんだ。夏休みの特別企画、『僕らの街の、特等席:拡大版』のロードマップを作るためにね!」
白地図には、すでに僕たちが取材した「今宮の茶畑」や「吉原駅の夜明け」に、赤ペンで印がつけられている。けれど、地図の余白はまだまだ無限に広がっていた。
「夏休みは時間がたっぷりある。放課後のわずかな時間じゃ行けなかった場所まで、足を伸ばせるチャンスだ。原、何か案はあるか?」
僕の問いに、原は死んだ魚のような目から一転、鋭いハンターの目になって顔を上げた。
「……待ってました。俺は、ずっと狙ってた場所がある。富士市を飛び出して、『山梨側からの富士山』との対比だ。富士宮を抜けて、朝霧高原、あるいは本栖湖。……『一万円札の裏側』を、俺たちのレンズで現像してみたいと思わないか?」
「山梨……。それはもう、小旅行だね」
美歩さんが目を輝かせた。
「富士市民にとって、富士山は『ここにあるもの』だ。でも、場所を変えれば、その表情は劇的に変わる」
僕は白地図の富士山を指先でなぞった。
「宝永山が右側に見えるのが僕たちのスタンダードだけど、裏側に回れば、あのシルエットは完璧な円錐形に近づく。……僕たちがこれまで撮ってきた『富士市の景色』がどれほど恵まれていたのか、あえて外の世界を見ることで再確認するんだ。副会長としても、この街の魅力を再発見する活動は、学校にとってもプラスになるはずだからね」
「いいじゃん! さすが副会長、大義名分は完璧ね!」
結衣がペンを走らせ、白地図の枠外に大きく「富士山周遊・探景ツアー」と書き込んだ。
一学期の終業を告げるチャイムは、まだ鳴っていない。
けれど、僕たちの心の中には、もう夏の眩しい閃光が、何度も、何度も、明滅を繰り返していた。
「……よし、行くか。一学期最後の、作戦会議だ」
僕は眼鏡を「くいっ」と直し、白地図を囲む仲間たちの輪の中へと踏み込んだ。
理科準備室に、四人の笑い声が響く。
外では、今年初めての蝉の声が、遠く、けれど確かに聞こえ始めていた。
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