第37話 今宮の緑の海
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「……ここだ。今宮の茶畑」
ポストに入っていた『招待状』を頼りに、僕たちは、富士北部学園吉永校舎からさらに北へ、坂道を登り詰めた場所に立っていた。
目の前に広がったのは、幾重にも重なる茶畑の畝が描く、幾何学的で柔らかな曲線だ。五月の瑞々しい新茶の葉が午後の光を跳ね返し、まるで大地が深呼吸をしているかのように、鮮やかな黄緑色の波がうねっている。
「……すごい。……言葉にならない」
美歩が感嘆の声を漏らし、カメラを構えるのも忘れてその光景に見入っていた。
今宮の茶畑は、富士市の中でも屈指の絶景スポットだ。計算し尽くされたかのような茶畑の曲線の先に、威風堂々とそびえる富士山。そのコントラストは、まるで一枚の完成された絵画のようだった。
「見ろよ、佐野。ここから見下ろすと、富士の街が茶畑の影に隠れて、本当に緑の海に浮いてるみたいに見えるだろ!!」
原がファインダーを覗きながら、興奮気味にシャッターを切る。
僕たちは、茶畑の間を縫う細い道に足を踏み入れた。
「……この畝のカーブ、鉄道のカーブに似てないかな?」
僕がふと呟くと、美歩が隣で小さく頷いた。
「……本当だね。自然のものなのに、すごく綺麗な線路みたい。」
(……僕たちは、この豊かな緑に守られながら生活しているんだ)
結衣は広報委員として、熱心にメモを取っている。
「『五月の風に乗って、新茶の香りが鼻をくすぐる。ここは、富士市が誇る緑の宝石箱だ』……よし、いいフレーズ!」
「結衣、それちょっとポエムすぎないか?」
「いいの! 委員長が『体温を感じる』って言ったんだから、これくらい熱くなくちゃ!」
そんな二人のやり取りを聴きながら、僕は美歩と並んで、ゆっくりと流れる時間をレンズに収めていった。
「……佐野くん」
美歩が、シャッターを切る手を止めて僕を見た。
「……誰かが『綺麗』だと思った場所を、こうして一緒に歩けるのって……すごく贅沢なことだね。自分たちだけで探していた時よりも、景色が優しく見える気がする」
「……そうだね。誰かの『好き』が詰まった場所は、光の当たり方まで違うのかもしれない」
今宮の丘を吹き抜ける風が、新茶の香りを連れて僕たちの間を通り過ぎていく。
広報委員会の新企画、第一回取材。
僕たちの「探景」は、街の声と混ざり合い、より深く、より鮮やかな色彩を帯び始めていた。
夕暮れが近づき、茶畑の緑がよりいっそう深く沈んでいく。
僕たちは、その「緑の海」が黄金色に染まるまで、飽きることなくシャッターを切り続けた。
今宮の茶畑をあとにした僕たちは、その麓に静かに佇む「今宮浅間神社」へと足を運んだ。
「ここは、富士山かぐや姫伝説のゆかりの地なんだよね」
美歩さんが石造りの鳥居を見上げて呟く。
「そうなんだ。実はここ、江戸時代以前は『母宮』と呼ばれていたんだよ。この辺りで語り継がれている「かぐや姫」は、富士山に帰えっていくんだよ。かぐや姫を育てた養母がここにまつられているそうなんだよ…だから『母宮』。なんだって。」
僕がそう教えると、美歩さんは「母宮……。今の今宮という名前も、そこから来ているのかもしれないね」と、古の物語に想いを馳せるように目を細めた。
「そうだね、実際に、ここの今宮っていう地名は、この神社に由来してるって言われてるよ。」
僕は、前に図書館で読んだ郷土史の本の内容を思い出しながら語った。
「そういえばさ、ここって五月二日にお祭りがあったんだよな」
原が拝殿を見つめながら思い出したように言った。
「俺と結衣で、連休の初めに来たんだよ。ほら、佐野と美歩さんは委員会の仕事とかで忙しそうだったからさ」
「そうそう! それでね、二人の分もちゃんと貰っておいたよ」
結衣がリュックをガサゴソと探り、二つの御朱印を取り出した。
「はい、これ。佐野くんと美歩さんの分!」
「……えっ、僕たちの分まで?」
差し出された御朱印には、力強い墨書きとともに、浅間神社の朱印が鮮やかに押されていた。
「ありがとう……。わざわざ二人の分まで並んでくれたのか」
「いいってことよ。俺たち『富士カルテット』なんだから、御利益も四等分しなきゃな」
原が照れくさそうに笑って、僕の肩を叩く。
美歩さんも、手渡された御朱印を大切そうに両手で持ち、そっと胸に当てていた。
「……嬉しい。すごく、特別な感じがする」
「せっかくだから、もう一度四人でちゃんとお参りしていこうぜ」
原の言葉に促され、僕たちは手水舎で清めたあと、拝殿の前に並んだ。
二礼、二拍手、一礼。
カラン、という鈴の音が静かな境内に響き、風が竹林を揺らす音が聞こえる。
(——これからも、この四人でいい景色に出会えますように)
僕は心の中でそう呟き、深く頭を下げた。かつてかぐや姫が養母を待ったとされるこの場所で、僕たちの絆もまた、少しずつ深まっていくような気がした。
「さあ、暗くなる前に帰ろうか」
神社をあとにし、夕暮れに染まり始めた今宮の道を家の方へ、南のほうへと歩き出す。
リュックの中には、原たちがくれた御朱印と、カメラに収めたばかりの「緑の海」の写真。
「……今日、本当に来てよかったね」
美歩さんが、少しだけ僕に歩み寄って囁いた。
「ああ。最高の取材第一弾だったよ」
坂道を下る僕たちの背中を、赤富士に染まり始めた大きな富士山が、優しく見守っていた。
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