第22話 日常への帰還
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翌月曜日。
4月と5月の境界線とも言える時期となった。
そんなこの日、5月の始まりを思いおこさせるような、爽やかな風が吉永校舎の廊下を吹き抜けていた。
週末、あんなに濃厚な時間を過ごしたのが嘘のように、学校はいつも通りの喧騒に包まれている。
給食の時間が終わり。
委員会活動をする人。友達と楽しそうに話している人。ふざけあってる人。係の仕事をやってる人。たくさんの人の行動がひとつのこんなにも狭い場所の中でおこっている。
昼休みに、僕が行く先は、今は使われてなく物置のようになっている、旧理科準備室だ。
その重い扉を開けると、そこには既に「体力オバケ」コンビの姿があった。
「よお、佐野くん! 月曜からシャキッとしてるな!」
原が、持ち前の爽やかさで声をかけてくる。隣では結衣が、週末の岳南電車の写真を印刷したものを広げていた。きっとコンビニで印刷をしたのだろう。
「……こんにちは。二人とも、というか朝もあったか…あの後二時間歩いて帰ったのに、よくそんなに元気でいられるな」
僕は眼鏡を「くいっ」と直し、自分の席(と言っても、古い実験机だが)にカバンを置いた。
「ふふん、これくらい日常茶飯事だよ! それより悠希くん、掲示板見た? 3年生たちは今日から学力調査のプレテストだって。廊下がピリピリしてたよ」
結衣の言葉に、僕は窓の外を眺めた。校庭では下級生たちが体育の授業で声を上げているが、校舎の三階、受験生たちのフロアだけは、分厚い沈黙が支配している。
「……三年生か。……来年の今頃は、僕たちもあの中にいるんだな」
僕が呟くと、原くんが少しだけ真面目な顔をして腕を組んだ。
「正直、気が遠くなるよな。テスト、内申、受験。……あんな風に一日中机にかじりついて、景色なんて見る余裕もなくなるのかと思うとさ」
「……だからこそ、今のうちにたくさん『探景』しておかないとね」
「まぁ。探景もそうなんだけど、勉強も積み重ねが一番大事だから、今のうちから頑張りたいなと」そう僕は言う。
「そうなんだけどね……勉強か…」
「なにごとも楽しんだもん勝ちだよー」
いつの間にか準備室に入ってきていた美歩さんが、茶色がかった髪を耳にかけながら言った。彼女はまだ少し眠そうだが、その瞳には週末の余韻が残っている。
「美歩ちゃん、おはよー! そうだね。だからまたすぐどっかみんなで行こうよ! 次は富士川の方かな? それとも南の方?」
結衣が身を乗り出して提案する。
「おう、賛成だ! 今度はもっとストイックに歩くコースも混ぜようぜ!」
原くんが拳を握ると、美歩さんは「それは……私のバッテリーが持たないから、適度にお願いね」と苦笑いした。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、三人は「じゃあ、また放課後!」とそれぞれの教室へ戻っていった。
僕は最後に残った美歩さんと一緒に、準備室の鍵を閉めようとした。
廊下に出ようとしたその時、美歩さんが足を止め、僕の制服の袖を少しだけ引いた。
「……佐野くん」
「……ん? 何か忘れ物か?」
僕が振り返ると、彼女は眼鏡のブリッジを「くいっ」と直し、廊下の向こうへ歩き出した仲間たちの背中を見つめながら、消え入りそうな声でボソッと呟いた。
「……みんなが言ってたみたいに、また、みんなで行こうね。……でも……」
彼女は一瞬、僕の目を見て、ふわりとはにかんだ。
「……またいつか、二人でも、行こうね。……あの富士宮の時みたいにさ。……じゃ、またあとで!」
美歩さんはそれだけ言うと、僕の返事を待たずに、パタパタと小走りで自分の教室へ駆けていった。
(……二人で、か…)
誰もいなくなった廊下で、僕はもう一度眼鏡を直した。
来年の受験、将来の不安。そんな遠い未来のことよりも、今はこの胸の奥に灯った小さな期待の方が、ずっと現実味を帯びて感じられた。
四人の「探景同好会」と、その中に芽生え始めた、二人だけの特別な「景色」。
四月の午後の光は、少しだけ、昨日よりも温かかった。
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