第20話 富士岡 機関車と昼食!
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往復すること三回。時計の短針は正午を少し回り、四月の高い空からは、刺すような、けれどどこか清々しい陽光が降り注いでいた。
岳南電車、通称「がくてつ」。
岳南原田から吉原へ、吉原から江尾へ。ガタンゴトンと小刻みなリズムに身を任せ、同じ線路を何度も辿る。最初はただの車窓の風景、つまり「点」でしかなかった景色が、何度も反復することで地続きの物語――「線」へと変わっていく。工場の煙突、民家の軒先、色鮮やかに咲くツツジ。それらが一つの記憶として編み上げられていく感覚は、鉄道旅ならではの醍醐味だ。
「よし、一度降りるぞ! 昼飯はあそこで食べる!」
リーダー格の原くんが、力強く前方を指差した。その指の先にあったのは、岳南富士岡駅。僕たちは彼の合図に導かれるようにして、年季の入った車両のドアを抜け、ホームへと降り立った。
鋼鉄の守護神たちが眠る場所
ここは、役目を終えた古い電気機関車たちが静かに、しかし誇り高くセカンドライフを過ごす「がくてつ機関車ひろば」がある場所だ。昭和の高度経済成長期、この街の基幹産業である製紙業を支え、昼夜を問わず重い貨物を運び続けた力強い鉄の塊たち。それらが今、現役時代の熱狂を懐かしむかのように、五月の強い日差しを浴びて、アスファルトの上に深い影を落としている。
「うわぁ……かっこいい。この錆びた感じ、時間が止まってるみたい」
それまで電車の揺れに少し眠そうにしていた美歩さんが、目を爛々と輝かせてスマホを構えた。彼女はレンズ越しに、機関車の重厚な連結器や、かつて幾万回も回転し、今は油が馴染んで黒光りしている車輪を熱心に覗き込んでいる。
「だろ? こいつらがいたから、今の富士市があるんだ。佐野くん、この機関車の型式、知ってるか?」
原くんがニヤリと笑いながら僕に振った。
「……ED40形。元は松本電気鉄道、今の長野県にあるアルピコ交通で走っていた車両だ。それがこの富士の地へやってきて、長年にわたって紙の輸送を支えてきたんだ」
僕が眼鏡のブリッジを指で押し上げながら答えると、原くんは「流石だな!」と僕の肩を快活に叩いた。
さらにその奥に鎮座する、一際存在感を放つ車両を指して僕は言葉を続けた。
「あっちのED50形も貴重だよ。もとは名鉄でデキ500形として活躍していた名機だ。昭和初期の設計を感じさせる角ばったスタイルと、この小柄な車体に似合わない力強さが魅力なんだ。名鉄から大井川鐵道を経てここに来た、いわば流転の苦労人さ。重い貨車を引いて急勾配や急カーブを黙々とこなしてきた、現場の叩き上げという趣があるよね」
語りながら、僕はその無骨な鋼鉄の肌に、どこか自分を重ねていた。
期待という名の重圧を脱ぎ捨てて
富士岡駅のホームの上にあるベンチ。そこに腰を下ろすと、結衣がリュックの中をガサゴソと楽しげに探り始めた。
「ねえねえ、機関車を眺めながら、お昼にしようよ! 鉄の匂いをおかずに食べるおにぎりも、たまには粋でしょ?」
お昼の献立は、おにぎりと静岡茶。
一口頬張ると、米の甘みがじわりと広がった。
ふと、学校での日常が頭をよぎる。生徒会副会長という肩書き。教師や周囲からの「佐野ならやってくれる」「次期会長はお前しかいない」という無言の期待。その期待に応えるために、分厚い参考書と格闘し、テストの結果に一喜一憂し、校内行事の調整では板挟みになって人間関係に神経を磨り減らす。
「完璧でいなきゃいけない」という強迫観念は、いつの間にか僕の心を、あそこに並ぶ動かない機関車のように、重く、硬く、固めてしまっていた。
一人で歩いていた去年までの僕は、図書館の隅で「動かない歴史」ばかりを見つめていた。死んでしまった過去の出来事や、動かないデータのなかにいる時だけが、誰からの期待も受けずに済む唯一の逃避行だったからだ。
「……外で食べるおにぎりって、なんでこんなに美味しいんだろうな」
僕がふと呟くと、隣に座っていた結衣が、屈託のない笑顔を向けた。
「それはね、悠希くんが今、副会長じゃなくて、ただの『悠希くん』としてここにいるからだよ。一人じゃないからだよ!」
その言葉に、喉の奥が少しだけ熱くなる。
美歩さんはといえば、おにぎりを片手に持ちながらも、撮影の手を休めない。今度は地面ギリギリまで姿勢を低くし、機関車の車輪の間から富士山を捉えようとしている。
「……佐野くん、見て。動かない機関車と、動かない富士山。でも、雲だけが爆速で動いてる。なんか、不思議な気持ちになるね。私たちが動かなくても、世界は勝手に動いてるんだなって」
彼女の言葉に、ハッとした。
僕はこれまで、過去の遺物に埋没し、停滞することばかりを考えていた。あるいは、未来への義務感だけで足を動かしていた。でも、彼女の感性は、景色に「今」という魔法を吹き込む。
「動いている現在」を愛するために
「美歩さんの言う通りだ。歴史は動かないけど、僕たちの時間は今、この瞬間も流れてるんだよね」
僕は眼鏡を外し、四月の風を直接目に受けた。
勉強の苦しみも、人間関係の軋みも、副会長としての重圧も、消えてなくなるわけじゃない。 逃避行として始めたこの物語によって新しい世界が開かれた。それは今を生きる過程で僕が進化したからなのか?いいや違うと思う、見方が少し変わったそれだけなのだと思う。
なら、僕も「今」を、もう少しだけ肯定してもいいのかもしれない。
「動かない歴史」を愛でることは、今の僕を支える知識という武器になるけれど、その武器を持って「動いている現在」をどう歩くかが、もっと大切なんだと気づかされた。
「佐野くん、暗い顔してたらお茶が苦くなるよ! ほら、笑って!」
原くんが僕の背中をバシッと叩く。
「……痛いよ、原くん。でも、ありがとう」
僕たちは鉄の匂いと春の風に包まれながら、穏やかな午後のひとときを過ごした。
一人で旅をするのは、自分を整理するために必要なことだ。でも、こうして仲間と旅をすることは、整理した自分のなかに「新しい風」を吹き込むために必要なことだったんだ。
動かない機関車たちの前で、僕たちの笑い声だけが軽やかに響く。
この重厚な鋼鉄の塊たちが支えてきた街で、僕もまた、自分の重荷を少しだけ愛せるような気がしていた。旅はまだ続く。次はどの駅で、どんな「今」に出会えるだろうか。僕は最後のおにぎりを飲み込み、立ち上がった。
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