第19話 朝霧の原田駅、720円の自由を握りしめて
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四月の土曜日。富士市の空気は、冬の名残を完全に脱ぎ捨て、春特有の湿り気と柔らかな日差しを帯びていた。
午前7時30分。
岳南電車の「岳南原田駅」のホームには、製紙工場から流れてくる独特のパルプの匂いと、規則正しく響く工場の機械音が満ちている。
「よお、佐野くん! 一番乗りかと思ったら、もういたのか!」
遠くから、全力疾走でこちらに向かってくる影が二つ見えた。先頭を走るのは原くんだ。小学校時代、全校一位の身体能力を誇り、中学に入ってもその脚力に陰りはない。首に一眼レフをぶら下げたまま、まるで百メートル走のゴール直前のような前傾姿勢でホームに駆け込んできた。
その後ろを、驚くほど涼しい顔で追走してくるのは結衣だ。彼女は今日、四人分の静岡茶とおにぎりを詰めた重いリュックを背負っているはずなのに、その足取りは羽が生えているかのように軽い。
「おはよ、悠希くん! 原くん、朝から飛ばしすぎだよー!」
「……おはよ。二人とも、朝から元気だな。まだ七時半だぞ」
僕は眼鏡を「くいっ」と直し、少し呆れながらも、彼らの到着を待った。原くんと結衣の「体力オバケ」コンビは、四月の爽やかな朝の空気に完璧に馴染んでいる。
「……おはよー。ね、眠い…。私、今、魂の半分がまだ布団の中で丸まってるから……」
茶色がかった黒髪を少し乱し、目をこすりながら現れたのは美歩さんだ。彼女は駅のベンチに辿り着くなり、糸の切れた人形のように座り込んだ。
眼鏡の奥の瞳は、今にも閉じそうなほど「スリープモード」に突入している。
「さあ、全員揃ったな! 今日の主役は!全線が日本夜景遺産に登録されている、全駅から富士山の見える路線。岳南電車!!!!」
遠くから踏み切りの音が聞こえてきた。
ガタゴトン、と製紙工場の中から一両編成のオレンジ色の電車が飛び出してくる。僕たちは貸切状態の車内に整理券をとって乗り込んだ。
早く、1日フリー乗車券を買いたいが、この電車は、ワンマン運転、車掌さんがいないので、起点の吉原駅や限られた有人駅でしか購入することができない。
窓の外には、5月の爽やかな日差しを浴びて、銀色の配管が迷路のように入り組む巨大な工場群が広がっている。結衣が手際よくリュックから、保冷バックにいれたおにぎりとペットボトルの静岡茶を取り出した。
「ほら、美歩ちゃん、食べて! 朝ごはん食べないと、途中で完全に消えちゃうよ!」
「……ん。静岡茶の渋みが、脳に染みる……脳が、脳が震える~」
美歩さんはお茶を一口飲むと、ようやく少しだけ目が開いた。僕たちは窓を背にして座り、ただ流れる景色を眺めた。製紙工場の巨大な煙突、住宅の間を縫うように走る単線、そして時折顔を出す富士山の裾野。
特別な目的地はない。ただ四人で、この一両の空間を共有しているという事実。
ガタン、ゴトン。
心地よいリズムが、僕たちの新しい学年の始まりを祝う鼓動のように響いていた。
岳南原田駅を出発をしてから、約10分。線路の本数が、一気に増え、JR線との乗換駅で岳南電車の起点駅である、吉原駅に到着した。
「吉原~吉原~終点です。」そんな放送が流れ、途中駅から乗ってきた他の乗客たちも一斉に電車を降りていった。
4人は、それぞれ、カメラやスマホといった機材を使って、ここまで自分達をのせてきた、電車を写真におさめた。
「じゃあ。例のアレを買いに行きますか!」
「「「おー!」」」
そうちょっと小さめの声で有人改札を通り抜け、窓口へと行った。
「えっと。大人、1日フリー乗車券を4枚ください。」そう、僕は、言った。
「はい。4枚で2880円です。」
「わか…りました。みんな1人、720円ずつ出して。」
「「「了解」」」
みんな、事前に準備をしてあったお金を1人ずつ佐野に渡していった。
「これで、お願いします。」
みんなから、渡して貰った720円を財布のなかにいれて、千円札2枚、五百円玉1枚、百円玉4枚を銀色のトレーにいれた。
「はい。2900円頂戴しまして、お釣り20円と大人のフリー乗車券4枚です。」
「ありがとうございます。」
僕は、お釣りとフリー切符を受け取って、受け取ったフリー切符をみんなに渡した。
「ありがと~」
「サンキュー」
「ありがとう!」
渡し終えて、自分の手元に握られた、フリー切符を見た。このフリー切符は、今時、珍しくなった硬券の切符である。独特の質感や厚さを指で確かめた。
(やっぱ、硬券っていいな~)
解説します!!
硬券とは、鉄道が走り始めた頃、明治時代から昭和の自動改札導入前まで主流だった、厚さ0.7mm程度の厚紙 (ボール紙)でできた切符のことである。
現在、裏面に磁気層(金属成分)を塗布し、乗降駅や区間情報を記録して自動改札機で読み取る磁気切符が主流となっています。
しかし、交通系ICカードなどの普及から現在、紙の切符は、どんどん廃れていっています。
ちょっと硬券、切符についてあつく語りすぎました、失礼しました。
解説の佐野でした!!!
「おーい。悠希ー?硬券の質感どれだけ楽しんでるんだよー」
「ごめんごめん。つい」
「2人とも!!もうちょっとで発車時刻だよ!!」
「いそいでー」
「いそぐぞ!」
「おお。」
僕らは、足早に、先程の吉原行き、折り返し岳南江尾行きの電車に乗り込んだ。
乗り込んだのと同時に、発車メロディーが流れる。
これから、岳南電車にただひたすら揺られる旅が始まるのだ。
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