第18話 銀色の迷宮 単行の揺りかご
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「……よし、今度は最初から最後まで、全員揃って『探景』するぞ! 異議なしだな!」
5月の爽やかな風が吹き抜ける平日の昼休み。吉永校舎二年生の教室で、原くんが僕の机をバンと叩いた。その勢いに、隣の席で微睡んでいた美歩さんが「ひゃっ!?」と肩を跳ねさせる。
「原くん、声が大きいって。……でも、確かに初活動は二手に分かれちゃったからな。次は最初から最後まで、この四人で動く計画を立てよう」
僕は眼鏡を「くいっ」と直し、広げたばかりのノートに「第二回活動計画」と書き込んだ。
「賛成ー! 私、今度はみんなでピクニック気分で行きたいな!」
結衣がコンタクトにした瞳をキラキラさせて、僕の前の席に反対向きに座る。
彼女は先程の体育の授業で、今年度第一回目の新体力テスト測定を終えたばかりだというのに、呼吸一つ乱さず、全校一位の脚力を持つ原くんと並ぶ「体力オバケ」っぷりを発揮している。
「……ピクニック。……いいじゃん。……でも、私、今回は『省エネ』がいいな」
美歩さんが、茶色がかった髪を指でいじりながら、まだ少し眠そうに呟く。
「任せとけ! 今回のプランは、美歩ちゃんにも優しい『乗り鉄』特化型だ!」
原くんが自信満々に地図を広げた。
「ターゲットは岳南電車。それも、ただの往復だ!」
原くんの提案に、結衣が「えっ、どこにも寄らないの?」と不思議そうに首をかしげる。
「……いや、それがいいんだ。岳南電車の全線一日フリー乗車券、720円。これ一枚で、僕たちはあの銀色の工場迷宮を何度でも往復できる。あえて途中下車は最小限にして、車窓から流れる『景』をただ眺め続ける。……これこそ、究極の探景だと思わないか?」
「……あ、それ、好き。……動く部屋に閉じこもってる感じ。……最高じゃん」
美歩さんが、今日一番の食いつきを見せた。
「持ち物は、地元の静岡茶を使ったペットボトル飲料と、コンビニのおにぎりだけ。贅沢な食事はいらない。ガタンゴトンというリズムと、工場の配管、そして富士山の裾野を走る一両編成の孤独……。それを四人で共有するんだ」
僕は眼鏡を直しながら、原くんのプランをノートにまとめた。
「……始発の数本後、朝の空気がまだ冷たい時間帯に、岳南原田駅から乗車しよう。あそこは工場の煙突が目の前に迫る、この沿線で最も『らしい』場所の一つだ」
「原田駅から乗車して、まずは終点の江尾まで行って、そこから吉原へ。それを気が済むまで繰り返す……。結衣ちゃん、体力余ってても、今回は電車の中でじっとしてられるか?」
原くんの挑発に、結衣は「失礼な! 私だって、静かな景色を楽しむ心くらい持ってるよ!」と頬を膨らませて笑った。
「じゃあ。計画をつめようか。」
「岳南電車は、かつて大都会で多くの人々を運んだ、車両が今も現役バリバリで働いているのが、魅力。どんな車両がきても最高!」
「でも。僕的には、一両編成の7000系あたりがきてくれると嬉しいな~。お気に入りの車両だし」
「話戻して、じゃあ。結衣は、人数分の静岡茶ペットボトルとおにぎりの調達、運搬係。重いだろうけど、君なら余裕だろ?」
「任せて! リュックに詰めて、原田駅まで走って持っていくから!」
結衣の圧倒的なバイタリティは、静かな旅の裏側で僕たちを支えるエンジンになる。
教室に午後の授業開始を告げる予鈴が鳴り響く。
一人で地図を眺めていた去年。
今は、この賑やかな三人と一緒に、何の意味もない、ただ電車に揺られ続けるだけの贅沢な時間を想像している。
(……カルテット、か。悪くないな)
僕は眼鏡を直すと、閉じようとしたノートの隅に、小さく「岳南電車・原田駅より始動」と書き足した。
ふと、教室の窓の外を見ると、この間まで咲いたように思える桜の花は、もう緑色の葉っぱに変わっていた。爽やかな風と日差しが、差し込む季節にいつの間にか変わっていた。
(あともう一度桜の花が咲くのをみる頃には、もう受験生になっているのか…なんだか、考え深いものがあるな。)
僕は、窓の外から視線を戻し、5時間目の授業の準備を始めた。
「次の、授業は……社会科ね。」
後ろの置き勉ボックスに社会科の教科書を取りに行くため、一人、席を立った。
平日のありふれた教室。けれど、僕たちの心はすでに、朝靄に包まれた製紙工場の煙突と、そこを走る一筋の赤い光へと飛んでいた。
「午後の授業、昼休み終わってからも全力で乗り切るぞ!」
「……原くん、元気すぎ。……私、もう5%……。おにぎりの具、何にしようかな……」
笑いながら自席に戻る四人。
五月の風に乗って、僕たちの「何もしない冒険」の予感が、校舎の隅々まで広がっていった。
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