第17話 たけのこのたけこみごはん?
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四月の終わりが近づく、富士市の街が新緑に染まり始める頃、僕の家にある「旬」が届けられた。
木曜日の夕暮れ前、玄関のチャイムが激しく鳴った。
「悠希、いるかー! 山の宝物、持ってきたぞ!」
現れたのは、富士市のさらに北の地域に住む親戚のおじさんだ。軽トラの荷台から抱え出されたのは、土がついたままの巨大な竹の子だった。
「これ、今朝掘りたてだ。アク抜きして早いうちに食えよ!絶対うみゃーからな!」
おじさんは豪快に笑って帰っていった。
富士市民にとって、日本に住む人々にとっても春の竹の子は風物詩だ。
けれど、僕たちが住んでいるエリアよりもさらに北、富士山の裾野が深く切り立つあの山奥には、まだ僕の知らない「手付かずの自然」が広がっているのだと、その土の匂いが教えてくれる。
その日の夕食は、速めに帰ってきた母さんが腕を振るった「筍フルコース」になった。
2階の自室から降りて、ダイニングルームに足を踏み入れた瞬間、醤油と出汁の香ばしい香りが鼻をくすぐる。
「……すごいな。本当に筍しかない」
食卓に並んだのは、まさに春の恵みのオンパレードだった。
筍の炊き込みご飯 (油揚げと人参の彩り)
筍の刺身 (穂先の柔らかい部分をポン酢で)
筍の煮物(若布との相性が抜群な若竹煮)
僕はまず、黄金色に輝く「炊き込みご飯」に箸を伸ばした。
口に入れると、シャキッとした筍の食感とともに、米の一粒一粒に染み込んだ山の滋味が広がる。
(……美味しい。これは、止まらないな)
「悠希、おかわりあるわよ~」という母さんの声に甘えて、僕は二杯目の茶碗を差し出した。
もぐもぐと咀嚼しながら、ふと頭の中に妙な疑問が浮かぶ。
「……炊き込みご飯。たけのこの、たけこみ……。いや、炊き込みだっけ? たけこみ? 炊き込み?」
一度気になると、ゲシュタルト崩壊のように言葉がこんがらがってくる。「竹の子」を「炊き込む」から「たけこみ」でも間違いではないような気がしてくる。そんなくだらない思考を巡らせながらも、箸は止まらない。
次に手を伸ばしたのは、筍の刺身だ。
おじさんが言っていた通り、掘りたてであり、シーズンが始まったばかりの「新筍」こその贅沢。
穂先の白く柔らかい部分を、オレンジ色のパッケージの某メーカーのポン酢に潜らせる。
「……ん、甘い」
ツンとくるポン酢の酸味が、筍本来の繊細な甘みを引き立てている。煮物とはまた違う、生に近い瑞々しさが、口の中を春の風のように通り抜けていった。
僕は三杯目のおかわりをよそいながら、おじさんの住む「山奥」に思いを馳せた。
富士市は広い。僕たちが通う吉永校舎や、岳南電車の走る街並み、そして海沿いの工業地帯。それらはこの街のほんの一部に過ぎない。
富士市は、一応富士山の山頂あたりまでを領有しているため、海抜0mから富士山の山頂3776mまでと町の中ではかなり標高差があるほうで、日本一標高差がある町としてもいわれてたり、いわれなかったりと…。
(田子の浦港から富士山山頂まで登山する人もいるみたいだけど……ちょっとやめとこっかな…)
おじさんが竹の子を掘った場所は、ここからさらに北、富士宮との境界に近い、地図上でも緑が濃く塗られているエリアだ。
(北部、と言っても、あそこはさらにその先……深部なんだな)
そこには、コンビニも街灯も満足にないかもしれない。けれど、こうして力強く、香りの高い竹の子を育む土壌がある。
僕がいつも見上げている富士山。その足元には、僕の知らない「野生」がまだ脈動している。
「……よし。今度の探景、チャンスがあればもっと北の方も攻めてみるか」
独りで食べる夕食。けれど、スマホのグループチャットには、結衣がアップした「今日のおやつ」の写真が流れている。
僕は自分の豪華な筍料理の写真を撮り、『山の恵み。炊き込みご飯三杯目』とメッセージを送った。
すぐに美歩から『おいしそー! 炊き込み? たけこみ? どっちでもいいから一口ちょうだい……』とスタンプ付きの返信が来た。どうやら彼女も僕と同じような迷宮に迷い込んだらしい。
お腹いっぱいになった僕は、眼鏡を「くいっ」と直し、最後の一口を飲み込んだ。
春の苦味と、お米の甘み。
四月の終わり、僕は自宅にいながらにして、富士市の「深さ」を全身で味わっていた。
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