第14話 二時間の静寂、あるいは鉄路の鼓動
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日曜日の午前中。休日の静まり返った学校の正門前。
約束の時間の数分前、遠くから凄まじい勢いで駆けてくる影が見えた。
「よっ! 佐野くん、お待たせ!」
息一つ乱さず、全力疾走で現れたのは原くんだ。彼は小学校時代、体力テストで学年どころか県内1位を叩き出したこともある本物のスポーツマンだ。首には一眼レフ、背中には大きなバックパック。短めに切りそろえた髪。
一回誘った女子二人は不在。
結衣は家族と買い物、美歩は「日曜は昼まで寝よっかな~」と宣言していた。
昨日までは、雨が降っていたのが嘘なのかのように、綺麗に晴れている。
「……ああ。……原くん、相変わらず速いな」
「ははっ、つい体が動いちゃうんだよね! 今日は歩く距離長いんだろ? 最高のトレーニングになりそうだ!」
原くんは快活に笑い、僕の隣を弾むような足取りで歩き出した。
学校から南へ。僕たちは、この街の産業を支える企業のひとつである、巨大なオートマチックトランスミッション工場、ジヤトコ (JATCO)の敷地に挟まれた大通りをひたすら進む。
「うおっ、すげえなこの配管! まるで巨大な血管みたいだ。佐野くん、これどこまで続いてるんだ?」
原くんが、アスリートのような身軽さでキョロキョロと周囲を見渡す。
銀色のパイプが頭上を走り、無機質な建屋が壁のように続くこの道は、徒歩で通ると独特の圧迫感がある。
(……この工場の間を抜けて、海に近い駅へ向かう。このグラデーションが富士市らしいんだ)
僕は眼鏡を「くいっ」と押し上げ、黙々と歩を進めた。原くんは僕のペースに合わせつつも、時折「あっちの角度も良さそうだな!」とフットワーク軽く動き回る。男二人だけの道中は、驚くほど静かだが、原くんの放つポジティブなエネルギーのおかげで、約2時間の道のりもなんだか、短く感じられた。
船がたくさん留まった川を貫禄のあるコンクリートの橋を渡ると、少し雰囲気が変わってくるのがわかった。橋から、カメラで川の写真を
パシャリパシャリと一枚、一枚と撮っていった。
橋の名前の看板、建てられた年を表す看板も忘れずに、写真を撮った。
さらに、2人歩みを進めた、目的地まではもうすぐだ。
シャッターを下ろした、元店舗のような店やそのなかでも元気に営業をしている店なんかが、増えてきた。
街の匂いが住宅地から油と鉄の匂いへと変わるのを感じながら、ようやく吉原駅へと辿り着いた。
駅の自動券売機で「入場券」を買う。150円。
ホームという名の特等席へ入るための、僕たちの今日最初の投資だ。
「よし、一番線の静岡側。あそこがベストポジションだ。行くぞ、佐野くん!」
原くんは階段を軽やかなステップで駆け上がり、ホームの端へ。
「来たぞ、地響きがする……。重連か!?」
解説しよう!
重連とは、勾配が急な路線などで、機関車二両以上が、長大編成の貨車や客車などを引いているようすのことを言う。
以上。解説の佐野でした。
地響きのような重厚なモーター音が響いてくる。
「……来た。EF210、桃太郎だ」
僕の呟きと同時に、青い車体が滑り込んできた。
カシャ、カシャカシャ!
原くんは獲物を狙う鷹のような鋭い目付きで、ファインダーを覗き込む。僕は歴史的な背景としての「物流の動脈」を、彼はその「躍動感」を、それぞれのレンズで切り取った。
一時間ほど撮影に没頭し、僕たちはホームのベンチに腰を下ろした。
自販機で買った微糖の缶コーヒーを、原くんはスポーツドリンクのように一気に喉に流し込む。
「……ぷはっ! やっぱ現場は最高だな! 女子たちがいると賑やかで楽しいけど、たまにはこうやってストイックに追い込むのも悪くないね」
原くんが液晶モニターで今の戦果を確認しながら、白い歯を見せて笑う。
「……そうだな。」
僕の言葉に、原くんが「ははっ、全くだ!」と僕の肩を軽く叩いた。その手の力強さに、県内1位の身体能力を改めて実感する。
「佐野くん、また暇な時、一緒にやろうな。今度は岳南電車の夜景とかさ、また普通に、撮り鉄とかでも。男二人でガチの『探景』、また誘うよ!」
「……ああ。気が向けば、付き合うよ」
僕は空になった缶をゴミ箱へ放り込み、眼鏡を直した。
「探景同好会」でも「富士カルテット」でもない、ただの「鉄道好き」としての時間。
夕暮れが近づくホームに、次の列車の接近を知らせるアナウンスが静かに流れ始めた。
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