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王国勇者認定官ミゲルの冒険  作者: オーノ・コナ
第四章
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第19話

 目的地が近いと言い切ったのは、それが工房と密接に絡む存在だからだ。

 材料供給地と加工場所の関係。

 もしくは工場と消費地の関係。

 どちらにせよ、至近に配することで、材質の劣化や輸送時のリスクを抑えられる。何かあった時の補充も簡単だ。

 もちろん見つかると困るから、あまり地上寄りには作れない。だったら隠し通路を設けてその先に配置しているのでは? 例えば横穴の入り口に、黒い板を立てかけたりして――

 予想は当たった。

 工房を出て十秒ほど歩くと、すぐにそれらしいものが見つかる。壁の一部が不自然に揺れていた。風に煽られているのだ。手を伸ばすと柔らかな感触が帰ってきた。布だ。天井から垂れ幕がぶら下げられている。

 掻き分けるようにして横にずらす。目の前に続いていたのは、本坑より一回り小さな坑だった。試掘用なのか壁の処理が甘い。空気も心なし澱んでいた。

 足を踏み出す。

 こつこつと乾いた音が響いた。

 アリアドナは沈黙している。緊張した面持ちだ。細い指がぎゅっと袖を握ってきている。

 にしても寒い。

 陽の光が届かない以上当然だが、季節が二つほど移ろった感じだ。ずっと暗いままだから時間の感覚もなくなってくる。

 あまり長居はしたくないな、少なくともどこかで一度地上に戻りたい。鬱々としているうちに道が途切れた。いや、正確に言えば『柵』に行き当たった。

 坑が塞がれている。拳ほどの太さの柱が何本も屹立していた。道幅は徐々に狭くなっているから、多分この先で本当に行き詰まっているのだろう。つまり柵はその奥のスペースを簡易的な部屋に変えているわけだ。


「こ、これって」


 アリアドナが呻く。ごくりと喉の鳴る音がした。ミゲルは「うん」とうなずいた。


「牢だね、見ての通り」


「だ、誰か入ってるんだが?」


「そりゃそうだろう。鍵もかかってるし」


 アリアドナの持っている鍵束では……開かないだろう。つまり、中の者を助け出すにはもう一手間必要ということだ。地上に戻って家捜しするか、誰か人質を取って開けさせるか、待ち受ける面倒に溜息が出る。が、今は囚われ人の無事を確かめるのが先だ。柵に歩み寄って中を照らす。

 最初は誰もいないのかと思った。岩肌にへばりつくようにしてベッドと棚が設えられている。床には皿やスプーンが散らばっていた。灯りから逃げるようにトカゲが這っていく。ぴちゃりと水の滴る音がした。


「こんにちは」


 場違いな挨拶に、衣擦れの音が答えた。ベッドの上で何かが動く。岩肌の凹凸と思っていたものは毛布の陰影だった。誰かが壁を背にして縮こまっている。毛布の隙間から、かすれた哀願が響いてきた。


「勘弁してくれ」


 低い男の声。


「もう本当に限界なんだ。耐えられない。他のことならなんでもする、金がほしいならいくらでも払う。だからやめてくれ。頼む」


「大丈夫ですよ」


 ミゲルは灯りを遠ざけた。怯える相手に再び影をまとわせてやる。


「僕は教会の人間じゃありません。彼らがしたようなことをあなたにはしません」


「……嘘だ」


「本当です。いいですか、僕の名前はミゲル・イバルラ。王都の勇者認定官です」


 反応は劇的だった。毛布の塊が転げ落ちる。そのまま四つん這いの姿勢で近づいてきた。灯りに浮かび上がるミゲル達をじっと見上げてくる。


「認定官、認定官だと!」


 ぎょろついた目が見開かれる。伸びた髪と無精ひげが震えた。視線の先にはミゲルの袖章がある。城門と物見櫓の印。「ああ!」と呻くような声が漏れた。


「本物だ、信じられない。なんでこんなところに」


「あなたを探してきたんです。アンティロペの町であなたがいなくなったと聞いて」


「監査か? じゃあひょっとして君が今回の監査担当なのか」


「ええ」


 話がややこしくなるので紆余曲折は除く。ミゲルは単刀直入に必要なことを訊ねた。


「念のため確認します。第一種認定〈勇者〉、ヘロニモ卿ですね?」


「ああ」


 力強い肯定が返ってきた。


「私がヘロニモだ。アンティロペの〈勇者〉達の世話役をしている」


「〈勇者〉様?」


 頓狂な声を上げたのはアリアドナだ。ぎょっとするヘロニモに構わず進み出る。


「な、なして〈勇者〉様がつかまってるんだ? こんなどごろに、毛布一枚で押しこめられで」


「アリアドナ、落ち着いて」


「これが落ぢ着いでいられるが。わげわがらね。〈勇者〉様がいるだば、最初がらお願いして、奇跡でもなんでも起こしてもらえばええでねが。なのに牢屋さ閉じごめで、代わりにオラみだいな田舎娘、使うどが」


 声が大きい。話が再開できない。仕方ない、どのみち仮説を検証する必要はあるのだ。この場で解説してしまおう。


「分かった。ちゃんと説明するから離れて。……ヘロニモ卿、いくつか質問させてもらってもいいですか?」


「……私に答えられることなら」


「大丈夫。抜けてる部分は僕が補足します。二月前から今日にかけて、あなたに何が起こったか確認させてください」


 脳内でパズルのピースを組み立てる。今まで得た情報を、一つ一つ仮説に当てはめていった。


「まずことの始まりです。先月末、アンティロペで領主を中心としたパーティーが催された。表向きは諸侯の懇親会、ですが実際にはヘロニモ卿、あなたに対する有形無形の協力依頼が行われていた。いつものこととは言え、大分お疲れになったんでしょう。頃合いを見計らってあなたは控え室に引き揚げた。一息ついてまた会場に戻るつもりだったのかもしれませんね。ですがそこで襲われた。口を塞がれ、自由を奪われて拉致された。具体的な方法までは分かりませんが――」


「後ろから口を押えられたんだ。薬のようなものを嗅がされて意識が遠くなった。気がついたらもう、ここに連れてこられていた」


「なるほど、シンプルですね。さて、目が覚めたあなたは当然、抗議したはずだ。一種認定〈勇者〉として相応しい威厳を示したはずです。ひょっとしたら、暴力や兵糧攻めと戦う覚悟さえ固めていたのかもしれない。だがここで彼らは思ってもいない行動に出た。あなたを押えつけて、手足を拘束して、関節に針を突き刺した。そしてそこから血を抜き始めたんです」


「ああっ!」


 悲鳴が漏れる。ヘロニモは頭を抱えた。


「そうだ、あいつらは私の身体から血を搾り取った。ゆっくりと、時間をかけて、嬲るように。だが一方で食事や水はちゃんと与えてくるんだ。板張りのベッドに寝かせて、身動きできないよう押えつけたままな。悪魔の所行だ。まともな人間のやることとは思えない」


「まぁ、予備知識がなければ当然そう思うでしょうね。ですがヘロニモ卿、ここだけは彼らを擁護しておきますが、あなたは大切に扱われたんですよ。貴重な()()の供給元として、栄養や睡眠を欠かさず与えられた。血を抜くのに時間をかけたのも、あなたの身体を気遣ってこそです」


「どういことだね」


「言葉通りですけど。まぁそのあたりは説明を続けていけば分かるでしょう。ちなみに監禁中、彼らに何か要求されませんでしたか? 言う通りに文章を書けとか」


「言われた……言われたな」


 記憶を探るように視線を巡らせる。


「紙束を渡されて、本を書き写すよう指示された。何枚も何枚も何枚も。時には数字や文字だけの意味もないページもあったな。わけが分からなかったが、逆らえば余分に血を抜くと脅されて、従わざるをえなかった」


「名前を書けとも言われませんでしたか。普段、書類に書いているように」


「あぁ」


 目を見開いているから多分そうなのだろう。ミゲルはうなずいた。


「筆跡を取られたんですよ。サンプルとなる文字を大量に準備して、あなたの文章を捏造できるようにした。ご存じないと思いますが、アンティロペにはあなたからの手紙が何通も届いていますよ。自分は無事だから心配するなってね」


「なんだって」


 愕然とするヘロニモから視線を外す。フォローしてほしいのだろうが、今はアリアドナの疑問の解消が先だ。


「さて、では時計の針を巻き戻して、今度は教会側の行動を考えてみよう。一年前、フェリシダに赴任してきたサーラス司祭、すなわち異端のプエルタ派集団は徐々に勢力を伸ばして教会の乗っ取りに成功した。そして半年前、計画を次のフェーズに進める。すなわち彼らの象徴であり、旗印となる〈聖勇者〉の擁立だ。だがここにおいて二つ問題が生じる。まず第一に既存の〈勇者〉はほぼ王国に管理されている。仮に金を積んで協力させても、今更伝説の〈勇者〉の生まれ変わりとは名乗らせられない。これが君の疑問に対する回答だよ、アリアドナ。彼らの計画を進めるには、今まで誰にも知られていない〈勇者〉を担ぐ必要があったんだ」


「誰にも知られていない……」


「うん。もちろん、彼らは専門の認定機関なんて持っていないからね。新規の〈勇者〉を探すのはほぼ不可能だ。仮にできたとしても時間がかかりすぎる。ならどうするか? まぁ普通に考えれば『でっちあげる』だろうね。それらしい候補者を探してきて〈聖勇者〉でございと主張する。さて、ここで問題の二つ目だ。でっちあげた人間が〈勇者〉だとどうやって証明するか。どうしたらみんなに本物の〈勇者〉だと信じてもらえるか」


「うう……ん?」


 アリアドナは眉根に深い皺を刻んだ。


「奇跡を見せる、だが?」


「いい加減、奇跡と〈勇者〉は切り離して考えなよ。あれはプエルタ派の医療行為と麻薬利用の産物だ。あんなペテンをいくらやったところで、僕ら専門家の目はあざむけない。いいところ妙な治癒能力を持つ子供がいると考えるだけだ。思い出してみなよ。僕らは〈勇者〉かそうでないかをどうやって判断した?」


「判断」


「トロ村に行く前、教会の前で」


「あ」


 ようやく気づいた様子でアリアドナが刮目した。喘ぐような声を漏らし、


「〈聖具〉だが?」


「そう」


〈魔王〉を傷つける手段、青白く輝く退魔の装備。


「あれは〈勇者〉の力を吸収・増幅して目に見えるようにする。つまり〈聖具〉を起動させられれば、その持ち主はすなわち〈勇者〉ということだ。誰が疑う余地もない」


「ま、待ってぐれ、ミゲルさん。よぐ分がらねぐなってぎだ。〈聖具〉を使えるのは〈勇者〉だけなんだが? だったら〈聖具〉使えだ時点でその人は〈勇者〉だ。でっちあげるも何もねぇ」


「いや、随分違うよ。本物の勇者なら〈聖具〉を使って〈魔王〉を倒せなきゃいけない。でもでっち上げの〈勇者〉なら〈聖具〉を起動できさえすればいい。身も蓋もない言い方をすれば、持って光らせられればそれでいい」


 静止するアリアドナの前で、ミゲルは語気を強めた。


「プエルタ派は事前にある仮説を立てていた。ひょっとしたら過去にどこかの〈勇者〉で実験したのかもしれないね。彼らはこう考えていた。〈聖具〉の起動とは〈勇者〉の身体的特質によるものじゃないか、と。で、肌の一部を切り取ったり、髪の毛を抜いたり、涙や唾液を採取したり、そういう試行錯誤の果てに彼らは気づいた。どうやら〈勇者〉の血こそが〈聖具〉を反応させるものらしいと」


「血」


 弾かれたようにアリアドナはヘロニモ卿を見た。胸元を押えたのは、かつての怪我のあとがうずいたからか。ぎゅっと服をつかむ。


「まさが」


「そうだよ、〈勇者〉の血を抜いて他の人間に注ぎこめば、その相手は〈聖具〉を目覚めさせられる。本当にささやかな、応答の光を放つ程度の覚醒だけどね」


「ちょっと待て、君は一体何を言っているんだ。私の血が誰に使われたというんだ」


 混乱気味なヘロニモ卿を「まぁまぁ」となだめる。仮説はまだ説明中だ。時系列をすっとばされては困る。


「話を戻すよ。とにかくプエルタ派は〈聖勇者〉をでっちあげるために本物の〈勇者〉が必要になった。で、このあたりで一番〈勇者〉として強力そうなヘロニモ卿を拉致した。目的はもちろんその血を搾り取るため。ただ、万が一にも死なれたら困るから、たっぷり時間はかけた。これは雑学だけど、人間は短期間に全体重の二割以上、血を失うとショック症状に陥るんだ。だから休憩を挟んで、栄養補給を続けながら、慎重に作業を進めたんだろう。卿にとっては悪魔の所行だったのかもしれませんが」


「……」


「さて、用意周到な彼らのことだ。当然、入手した血の受け皿も準備していた。サーラス司祭が連れてきたという娘がそれだよ。素性はよく分からないけど、唯々諾々と従っていたところを見るに、信者かその親族ってところかな。皆、失敗なんて考えてもいないから、無邪気に〈聖勇者〉降臨とか触れ回っていたらしい。ところが実際にヘロニモ卿の血を分け与えると、彼女は呆気なく死んでしまった」


「え!?」


 アリアドナが目を剥く。ぎょっとした様子で胸を鷲づかみにして、


「な、なしてだ? 〈勇者〉様の血は毒なのが」


「毒? うん、まぁその表現は間違っちゃいないけど、別に〈勇者〉の血だからどうこうって話じゃないよ。それに君は助かったんだから薬でもある」


「何を言ってるんだかさっぱり分からんぞ! 分かるように話してくれ!」


 ああ、あっちかもこっちからも。

 溜息をつきながら牢に向き合う。


「これは王立アカデミーの最新の研究成果だから、プエルタ派も知らなかったんでしょうけどね。人間の血液は一種類じゃないんです。人によっていくつかの型がある。そして異なる型の血液が混ざると、お互いを壊してしまうんです。固まったり溶けたり、どちらにせよ、血液をもらった人間を傷つけてしまう」


 ガスパルは件の少女が、発熱・咳・呼吸困難に襲われたと言っていた。

 黄疸も関節の痛みも、典型的な血液移植の副作用だ。乏しい知識でヘロニモ卿の血を注ぎ続けた結果、彼女はショック死してしまったのだろう。気の毒なことだ。


「そこで初めてサーラス司祭は、自分達の計画の不十分さに気づいた。慌てて文献を探ったけれど、分かったのは血液の型が複数あるということだけだった。一体何種類あって、どう組み合わせればいいのか、皆目見当もつかなかった」


「だめじゃないか」


「だめですよ。だから研究を始めたんです。旅人や娼婦や、身寄りのない人間に近づいてサンプルを集めまくった。人気のないところに連れこんで、薬で意識をもうろうとさせて、施術用の針を使って――彼らの血を抜いた」


 衝撃が空気を揺らす。アリアドナもヘロニモ卿も揃って愕然としていた。


「吸血鬼」


 どちらともなくそうつぶやく。ミゲルは口元を歪めてみせた。


「そう、昨今、このあたりを騒がしていた怪事件の正体だ。かなり乱暴、というか無茶苦茶なやり口だけどね、努力の甲斐あって一定の成果は出た。思うに、何か血液の型を判別する手法を見つけたんじゃないかな。ヘロニモ卿の血を調べて、それがどんな型にあてはまるかも見極められた」


〈聖勇者〉の製法を確立できた。

 アリアドナをまっすぐに見つめる。


「あとはもう分かるだろう。彼らは血を注ぎこむ器を探していた。雨の中、〈聖勇者〉に相応しい田舎娘を探していた。そこに君が現れたんだ。大怪我をして、大量の血を失って。彼らは血液の型を調べただろう。結果は当たりだった。急いで応急処置をして、教会に連れ帰って、そして――ヘロニモ卿の血を流しこんだ」


 言葉を失う彼女にだめ押しの言葉を告げる。


「アリアドナ、君の〈勇者〉の力はヘロニモ卿の血によるものだ。卿の血は君の命を救い、そして〈聖具〉を使う力を与えたんだ。ただ、それだけの話だよ。〈伝説〉の勇者はなんの関係もない」

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