第14話
宿に戻り報告書をしたためていると、一時間ほど遅れてディアが帰ってきた。
顎を出してひどく疲れた様子になっている。彼女は夢遊病者のようにベッドまで歩いていき、顔からうつぶせに倒れた。
「お疲れ、首尾は?」
ハーブ茶を飲みながら訊ねる。ディアは「あーうー」と片手を振ってきた。手の中に布袋がある。
「こーいう仕事苦手ですー。こそこそ人目を避けて、ものを盗んでくるとか」
「それでもちゃんと取ってきたんだ。偉い、偉い」
席を立ち、布袋を受け取る。袋の口を開けると中から白いものがのぞいた。
「なんなんですか、それ? ミゲル様の言う通り、パイプオルガンの管に挟まってましたけど」
出てきたのは石片だった。薄く削られてコースター状になっている。縁が擦れて金属か何かが付着していた。多分、溝に固定されてパイプの口を塞いでいたのだろう。
音を出す管の口を塞ぐ?
わざわざ石を取りつけて?
一見意味不明な細工に思えるが、
「確認だけどディア、君は教会入り口の上にある演奏台に入ったんだね」
「はい」
「何本かのパイプはオルガンに繋がらず、宙に浮いていた」
「ですね」
「で、そういうパイプの口にこの石が挟まっていたわけだ」
「はい、ディア、何か間違いました?」
「いや、合ってるよ。一つくらい抜けてると思ったからびっくりしてるんだ」
微妙な顔のディアをよそに、ミゲルは席に戻った。準備していた仕掛けを採りだす。針金と磁石に木製のハンドルを組み合わせた簡素なものだ。
針金の端を石片に繋ぐ。工具で固定して顔の前にかざした。
「ディア、ちょっと立って移動してもらえないか。後ろに三歩、ああ、下がりすぎだ。もうちょい前、で、左」
「は、はい?」
ハンドルを回す。キィキィと軋み音が響いた。
「よし行くよ。口をつぐんで、動かない、せーの」
石を口元に持っていく。小さく息を吸って、ディアを見据えて、
――。
「ぎゃっ!?」
ディアが飛び上がった。耳元を押えて振り返る。なんの変哲もない壁を凝視していた。
「な、な、なんですか、今の」
「何か聞こえたかい」
「は、はい。神様の声が、すぐ後ろから、耳元で『悔い改めよ』って」
「うん、それ僕だ」
「ですよね、わけが分からないですよね。ディアちょっとおかしくなっちゃったのかも……って、え?」
ミゲルは再び石を口元に当てた。
「だから僕だって、ほら『悔い改めよー』」
ディアが壁を振り返る。何もないことを見て取り、混乱した様子になった。
「どういうことですか?」
「種も仕掛けもあったってことだよ。神の奇跡にはね」
石片を目の位置に掲げてみせる。
「これは〈雪石〉っていう。南方大陸の火山で取れる鉱物でね、ちょっと変わった性質を持っているんだ」
陽光が石の表面に鈍く煌めいた。
「嵐の日、落雷を浴びると、山肌に当たる風の音をえらく遠くまで運ぶんだ。海の向こうとか山の反対側とかね、しかもある村では聞こえるのに、隣の村では聞こえなかったりする。『なんて奇妙な現象なんだ! 自然の業ではない!』というわけで、ついた名前が『魔女の咆哮』」
「咆哮……」
「もちろん、はげ山の火山に魔女なんかいないよ。この石はね、雷の力……王立アカデミアじゃ雷素、電気なんて呼んでるけど、それを浴びると派手に振動し始めるんだ。で、周囲の音を増幅して放出する。音というのは空気の波だけど、それが高まると強い直進性を持つようになる。結果的により遠く、より狭い範囲に届くわけだ」
「よく分かりません」
「この石と雷の力を使えば、響かせたいところにだけ声を響かせられるってことだよ」
まだぽかんとしている。本当に察しが悪い。ミゲルは嘆息して手元の仕掛けを持ち上げた。
「針金の近くで磁石を回すとね、弱いけれど雷の力が生まれるんだ。で、パイプの入り口にその仕掛けと〈雪石〉を設える。そこで誰かが声を出すとどうなる?」
「はぁ、声がまっすぐ、遠くまで届くようになるわけですね」
「直進性の高い音は、石壁や岩の天井など、固い物に当たると跳ね返る。で、あらぬ方向から人の耳に届くわけだ。これを計算ずくで、壁の角度やパイプの向きまで制御してやると、どうなるかな?」
「あ!」
ようやく気づいたらしい。ディアは目を丸くした。
「神様の声になるわけですか」
「そう、僕がさっきやったみたいにね」
ミゲルは口角を歪めた。
「この手のトリックは錬金術師がよく使うんだけどね。同じことをやる集団に、僕は覚えがある。しかもその集団は救い主のことを聖乙女、司祭のことを神父と呼んだりするんだ。ひょっとしたらと思ってたけど、これでほぼ確定だ。フェリシダ教会は異端――プエルタ派だ」
聖人の魂は流転する。受肉して次の世に受け継がれる。そんな教義を持つ集団だ。
教会の教えは『魂は天に召される』だから随分と違う。だが聖典の解釈が違うだけなら、せいぜい論争の激化程度ですんだだろう。プエルタ派の問題は、そうして魂を引き継いだのが教祖、及びその親族という主張だった。つまり彼らは現世に顕れた聖人として、神の全権代理人を気取ったのだ。
相容れるわけがない。
弾圧に次ぐ弾圧、抵抗に次ぐ抵抗。血で血を洗う抗争の末にプエルタ派は壊滅した。そして教祖の男性と聖乙女を名乗る長女は、異端審問所に引き出されて処刑された。彼らの名は、存在は、王国の歴史から綺麗さっぱり抹消されたはずだった。
が、一度、現人神に魅せられた教徒達が黙っているわけがない。息を潜めて、結束を固めて、再起を図っているというのが通説だった。
「伝説の〈勇者〉の生まれ変わりを用意したのも、彼らの教義を考えれば説明がつくよ。顔も知らない聖人と違って、伝説の〈勇者〉は誰でも知っているからね。奇跡を演出して信者を増やして、そのまま彼らの教え――魂の流転に誘導するつもりだったんじゃないかな」
「アリアドナさんは利用されているんですか?」
ディアの目がまっすぐに見つめてきた。
「その、なんとか派の言うことをもっともらしくするために、住んでた村まで目茶苦茶にされたんですか」
「だね」
小作りな顔からは感情が読み取れない。ただ、口元からいつもの笑みが消えている。彼女は「気の毒ですね」と視線を落とした。
「〈勇者〉の力になんか目覚めなければ、巻きこまれることもなかったでしょうに」
「目覚める、目覚めるか」
ミゲルは神の声の仕掛けをテーブルに置いた。石片の表面を指でタップする。
「ディア、馬車で移動している時に言っただろう。今の学説だと〈勇者〉は生まれながらにして〈勇者〉、ただの人間はどれだけ鍛えようとただの人間だって」
「はい……」
「通説と違うことが起こって、そこには異端のペテン師集団が絡んでる。どうして本当だと信じられる?」
「違うんですか?」
誘われるように視線を上げる。彼女は眉間に皺を寄せた。
「だってアリアドナさんは認定用の〈聖具〉も反応させたじゃないですか。それに奇跡で巡礼の人達も治してましたし。……あれも何か仕掛けがあるんですか?」
「うん」
ミゲルはうなずきつつ窓の外を見た。降り注ぐ陽光に片目をすがめる。
「ただ、まだ確証が持てていない。だから今、協力者に頼んで証拠を集めてもらっている。せいぜい今のうちに十分休んでおくんだね。ディア、尻尾をつかんだら忙しくなるよ」




