第12話
幸いにも、その後は追っ手に見つかることなく林を抜けて山道に戻れた。
黙々と距離を稼ぎ、朝陽が上る前にフェリシダにたどりつく。山上の町は出た時と同じようにしんと静まり返っていた。教会の周りにも人影はない。どこからか虫の鳴き声が響いてきていた。
通用口の上の窓からは、数時間前と変わらずロープがぶらさがっていた。扉はぴったりと閉じ合わされて騒ぎになった様子もない。とりあえずほっと一息つく。
アリアドナは何か訊きたそうな顔をしていたが、ミゲルは機先を制した。
「君は教会に戻れ。ベッドに入って何ごともなかったように振る舞うんだ」
「んだども」
「トロ村の件は責任を持って調べておく。あの魔術師が何をしてたかもね」
「……」
「ここで君の脱走がバレると、次に抜け出すのが難しくなるよ。僕らから君への接触も大変になる。さぁ行ってくれ。大丈夫、また連絡する。必ず村の人達を探し出してみせるから」
続け様の催促に諦めたのか、アリアドナは肩を落とした。ぺこりと一礼してロープに駆け寄る。するすると上る様は、さすがの田舎育ちだ。信者が見たら腰を抜かすだろう。彼女は窓に滑りこむと最後に一度、手を振ってきた。ロープを回収して雨戸を閉める。それで全ての痕跡が消えた。
「……いいんですか? 普通に帰しちゃって」
ディアがこくりと首を傾げてくる。玻璃玉のような目から感情は読み取れない。
「〈刻印〉を見られたんですよね」
「うん」
「今からでも口封じしてきますよ」
淡々とした声にひやりとする。だがミゲルはつとめて平静に「いや、いい」と答えた。
「何ごともなかったように振る舞え、とは伝えてある。僕らのことだけ取り上げて喋るとは考えづらいよ。〈刻印〉を見た、じゃあいつ、どこでって話になるからね」
「……」
「彼女は村人の行方を気にしている。唯一の協力者である僕らを、裏切るような真似はしないさ。それよりロレンソのことだ」
「あの、ゴーレムを操ってた魔術師ですか?」
「うん」
ディアと別れている間に何があったのか、どんなことを見聞きしたのか、改めて説明する。ロレンソの待ち伏せ、ミゲル達への対応、そして口にした台詞。
「彼の任務は考えるまでもない。村を訪れる者、嗅ぎ回る者をつかまえろだ。つかまえたあとの指示が何かまでは分からないけどね。多少手荒なことをしてもいいとは言われていたはずだ。実際、ゴーレムは君を殺すつもりで攻撃してたしね。生死を問わずって指示されてたんじゃないかな。というわけで残る疑問は二つ」
ミゲルは指を二本立てた。
「なぜ村に入る者をつかまえるのか、そしてロレンソを雇ったのは誰か」
「はぁ」
ディアは唇を歪めた末に、第一の疑問から回答してきた。
「村に見られたくないものがあるからですかね」
「なんだと思う?」
「お宝……とか」
「その可能性は限りなく低いね」
あの小集落に傭兵を雇ってまで奪う財宝があるとは思えない。仮にあっても速攻で持ち去ればいいだけだ。わざわざ警戒用のゴーレムを配備する理由がない。
「だとすると……うん、分からないですね」
「考えてないな君、まぁいいや。見られたくないものはね。多分アリアドナの痕跡だよ」
「はい?」
コンセキぃ? と団栗眼がまたたく。
「どういうことですか」
「フェリシダの人達から見て、今のアリアドナがどういう存在か考えてみるといい。清楚で神秘的で一種近寄りがたい存在だろう。もちろん彼女の名を広めたのは治癒の奇跡だけど、そのミステリアスさも価値の向上に一役買っている。神の啓示を受けた謎の少女、伝説の勇者の生まれ変わりか!? ってね。片やトロ村での彼女はどうだったか」
混乱気味なディアを見つめる。
「文字も読めない、口調も粗野、〈勇者〉なんて単語とは縁遠い。そう、ただの田舎娘だ。多分道端で会ったら風景として見逃してしまうだろう。ましてやお布施を払うなんて考えられない――」
「ひょっとして」
ディアが声を上げる。やや口ごもりながら、
「アリアドナさんのその……価値? を保つためにトロ村の人達が消されたって言ってます?」
「まぁね」
「町の人全員でロレンソを雇って?」
「全員の必要はないだろう」
ミゲルは夜闇に沈む町並みを見つめた。
「確かにここは死にかけの元鉱山だ。みんなで一念発起して町おこしを仕掛けた線もなくはない。ただ、関わる人間が増えれば秘密も漏れやすくなる。足並みも揃いにくくなるしね。だったら最小限のメンバーで計画を進めた方がいい」
「最小限のメンバー」
「同一の価値観とルールで動く集団、階層構造がはっきりとした組織。つまりは――」
ミゲルは背後の建物を振り返った。
「教会だよ」
一秒、二秒、三秒。琥珀色の目がぱちくりとする。
「えええ?」
頓狂な声が上がった。ディアは呆れ気味に手を振ってきた。
「いやぁミゲル様、それはないんじゃないですかねー、ないですよ、絶対」
「どうしてだい?」
「だって教会ですよ。困ってる人を助けたり、導いたりするところでしょう。なんで人殺しの魔術師を雇って村の人を消すんですか。ありえないですよ」
思わずふっと笑ってしまった。我知らず口角が歪む。
「君がどう認識しているかはともかく、教会の歴史は結構血なまぐさいよ。敵対者は容赦なく潰すし、権力闘争も激しい。殺し屋の一人や二人雇っていたって、なんの不思議もないよ。知ってるかい? 歴代教皇の死因ナンバーワンは原因不明死、次点は事故死らしいよ」
「……」
「まぁ、歴史の話はさておき、僕も印象論だけで語ってるわけじゃない。フェリシダ教会が黒幕だと思う理由は別にある」
「? なんですか?」
「ロレンソの言った台詞さ。さっき、説明しただろう? 去り際に『また報告か』とぼやいてたって」
「えーっと」
ディアは寄り目がちになった。唇をへの字に折り曲げる。
「なんでしたっけ、お父様になんて言われるか……でしたっけ」
「うん」
ミゲルは人の悪い笑みを浮かべた。
「殺し屋の魔術師が父親を恐がるとか、なかなか微笑ましいけどね。PADREには別の意味もあるんだ。時代によって使われたり使われなかったりだし、現在だと長老って呼称が一般的だけどね。とある人々はパドレにこういう意味を込めて呼ぶんだ。――神父、司祭様ってね」




