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王国勇者認定官ミゲルの冒険  作者: オーノ・コナ
第二章
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第11話

 十分ほど走って立ち止まる。

 さすがに息が切れていた。心臓がバクバク言っている。両足の筋肉が痙攣気味に震えていた。

 ふぅと嘆息して木の幹にもたれかかる。色々情報過多だが今は考えたくない。とにかく回復に専念したかった。一分か、二分か。休んだらすぐ遁走にかかる。ロレンソとの距離は、どれだけ稼いでも稼ぎすぎということはない。

 ふっと視線を感じた。顔を上げる。アリアドナが顔面蒼白でこちらを見ていた。唇が凍えたように震えている。ミゲルはつとめて余裕のある笑みを向けた。


「大丈夫かい? 怪我は?」


 アリアドナはごくりと唾を飲んだ。


「オラは……ねぇげど」


「そうか、よかった」


「ミゲルさは平気なのが?」


「ん?」


「その……胸んどご」


「ああ」


 確かに上着に大穴が空いている。心臓に直撃した感じだ。ぎゅっと破れた生地をつかんで破口を閉じ合わせる。


「思ったほど強い魔法じゃなかったみたいだ。少しヒリヒリするけどね。放っておけば治るだろう」


「ばしだ」


「……え?」


(ばし)こぐでねぇ!」


 のしかかるようにして押し倒された。不意打ちで跳ね返せない。月明かりを背にアリアドナは眉尻を吊り上げた。


「あんなすごい音がして無事なわげねぇ! ミゲルさ、吹っ飛んでだでねが。見せでみ、オラが手当でするがら」


「いや、本当に大丈夫だから! うわっ! ちょっ!」


 想像以上に強い力で服をつかまれる。むんずと強引に上着をはだけられた。


「アリアドナ! やめろ、やめろってば、おおおい!」


 肌着がまくり上げられる。素肌に冷気を覚える。瞬間、凍りつくように彼女の腕が止まった。

 あああ、もう。


「だからやめろって言ったのに」


 溜息交じりにアリアドナを押し返す。彼女は憑きものが落ちたようにぺたんと腰を落とした。


「……な、なんだべ、それ」


 視線の先に無数の刻印がある。胸から腹、脇、襟元、二の腕、ミゲルの上半身を埋め尽くすように複雑な紋様が刻まれていた。火傷のあとはない。だがのたくる印はもっと禍々しいものに見えたようだった。


「ミゲルさ、罪人なのが?」


 入れ墨と思われているのだろう。確かに王国の牢に入れられた犯罪者は、罪の多寡に応じて印を刻まれる。ミゲルは複雑な笑みを浮かべた。


「違うよ。僕は王国の法を侵したことはない。役人だからね。身辺は綺麗なもんだ。これは昔受けたおまじないのあとだよ。お守りの類いと思ってもらえばいい」


「お守り」


「災いを防いだり、厄を払ったり」


「ああ」


 アリアドナの顔に理解の色が浮かんだ。


「それで魔法防いだのが? 鎧どが盾どがみだいに、カーンって」


「ん? ああ」


 そういう理解になるのか。少し違うが、否定するのも変に思えてうなずく。アリアドナの緊張が見る間に解けた。肩の力を抜いて、


「んだなぁ、ミゲルさみたいな人が罪人なわげねぇ。すまねがった、失礼なごど言って。オラのごど守ってぐれだのに」


「いや、いいよ。いきなりこんなもの見たら誰でもびっくりする」


 罪人なわけない、か。

 我知らず苦笑が漏れた。

 改めて考えるとどうだろう。確かに王国の法は侵していない。天に恥じるような真似はしていないが。


「……咎を背負っているという意味では似たようなものか」


「え?」


「なんでもない」


 首を振って立ち上がる。襟をつかんで、はだけた上着を整える。


「それより移動しよう。あまり一箇所に留まっていたくない」


 予定より時間がたっている。身体ももう十分に回復していた。だが移動しかけたミゲルを、アリアドナは慌て気味に引き留めてきた。


「な、なぁ、どこさ行ぐんだ」


「どこって、フェリシダに戻るんだよ」


「ディアさ、どうするんだ。置いでぐのが」


「仕方ないだろう。戻ってゴーレムやロレンソと出くわすわけにもいかないし」


「ん、んだども」


 取りすがるような眼差し。


「可哀想でねが。オラ達のごど逃がして、亡骸一つ拾ってもらえねぇなんて、あんまりにも薄情だ。化げで出られでもおがしくね」


「ん?」


 化けて出る?


「あんな風に石で押し潰されで、女の子(おばこ)が。気の毒すぎる」


 あー。


「えーっと、アリアドナ、彼女なら」


「ただいま戻りましたぁ!」


 大音声にびくりとする。団栗眼の女の子が敬礼していた。ライムグリーンの髪はぼさぼさで服もあちこち破れている。だが見た限り大きな怪我はないようだった。放心気味に尻餅をつくアリアドナの前で彼女は口角をもたげた。


「探しましたぁ。いやぁ、ここ暗くて分かりづらいですね。灯りくらいつけて待っていればいいのに」


「ディア、静かに。僕らは隠れているんだよ」


「あ、そうなんですか、失礼しました」


 悪びれずに謝るのだから肩の力も抜ける。だが傍らのアリアドナは幽霊でも見たように口をぱくぱくさせた。


「でぃ、ディアさ?」


「はい?」


「本物が? 生ぎでるのが」


「はぁ、まぁこの通りで」


「よ――」


「よ?」


「よがったぁ!」


 感極まったように抱きつく。ディアが「ひゃっ」とよろけた。だが構わずにアリアドナは顔を擦りつけた。上着の背中をつかんで乱暴に揺さぶる。


「てっきりゴーレムに殺されだのがで思った! 岩ぶづげられだりして、腕どがもバキバキ折れでだし」


「あー、あれは関節が外れだけです。ねじって入れ直せば元通りですよ。ほら、元気元気」


「わぁっ! 動がしたらだめだ。腫れでるでねぇが!」


「あ? 本当ですねぇー。真っ赤――紫だ、あははは」


 頭痛を覚えるやりとりの末にアリアドナが離れる。やや冷静になったのか、目に怪訝な光が宿っていた。


「んだども、ディアさも普通の女の子(おばこ)でねぇのが? あんな化け物とやりあって普通に帰ってぐるなんて。あれが? ミゲルさみだいにおまじないをしてもらってるのが?」


「おまじない?」


「肌さ、入れ墨みんた模様を入れで」


 ディアが弾かれたようにミゲルを見る。その目にわずかな驚きを認めて、ミゲルは首を振った。


「アリアドナ、彼女は違うんだ。護衛として剣や体術をたしなんでるだけで、何か特別な加護を受けてるわけじゃない」


「そうなのが?」


「うん、はい、加護は受けてないですねぇ」


 微妙な言い回しに気づかなかったのか、アリアドナは「はぁ」と口を開けた。信じられないような目つきになって、


「だったら生身で突っこんでいったってごどが? あんな化け物相手に、まったぐだめらうごどなぐ」


「ええ、まぁ」


 ディアは夕餉の献立を答えるように、あっけらかんと言った。


「だって、ディアの仕事はミゲル様の言うことを聞いて、ミゲル様の身をお守りすることですから。死んじゃったらまぁ、その時はその時です」

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