第9話
さすがに付き合っていられない。
一度教会を出て戦略を練り直すことにした。
同じような悩みの持ち主が多いのか、教会前の広場には怪しげな事情通がうろちょろしていた。『明日、入れる整理札だよ』などと声を潜めて売りつけてくる者もいる。どうやらスリも多いようで、侍者達が注意を呼びかけていた。
人混みを抜けて一息つく。
ディアが「どうしますか?」と訊ねてきた。
「うーん」
馬鹿正直に一月待つのはありえない。ヘロニモ卿の監査だって残しているのだ。明日・明後日と言わずとも、どこかのタイミングでアンティロペに戻りたい。
「ミゲル様、ミゲル様、妙案です」
「なんだい」
「とりあえず温泉を探してみませんか? リフレッシュすればよい考えが浮かぶかもしれません」
「それ、君が入りたいだけだろう」
「いえ、いえいえ」
ディアは胸を張った。
「ディアはちゃーんと考えております。温泉と言えば庶民の社交場。よそでは聞けない本音の話を耳にできるはずです。〈聖勇者〉さんに会う方法も、きっと見つかるものかと!」
「却下」
「なんでですかー!」
目を三角にするディアを払いのける。
「そんな人の集まるところで聞き回っていたら噂になるだろう。逆に警戒される。非公式のアプローチを取るなら秘密裏が鉄則だ」
「はぁ……秘密裏、こっそり忍びこむとか?」
「いや」
さすがにそれでは捕まった時に申し開きできない。サーラスに面が割れている以上、一般人を装うのも厳しかった。
ではどうするか。
〈聖勇者〉に会う方法。
対面して〈勇者〉の適性を調べる方法。
うーん。
うーむ。
んー。
……。
「搦め手から攻めてみるか」
「はい?」
「いや、直接〈聖勇者〉に接触するんじゃなくて、まずは〈聖勇者〉に近い人間を狙ってみるんだ」
きょとんとされる。ミゲルは整理札をもて遊びつつ続けた。
「〈聖勇者〉は女性だろう。で、教会の人間というのは基本的に男だ。聖なる乙女の世話をするには相応しくない。だったら誰か外の女性を雇って、彼女のそばに侍らせているんじゃないか? であれば、その人物を懐柔すればいい。聖餐の儀の費用の半分でも握らせれば、まぁ悪い反応はしないだろう」
「ばいしゅーってやつですか」
「取引だよ。世界を救うためにご協力くださいってわけだ」
〈聖勇者〉に顔を繋いでもらい、密会の場を作らせる。外で会うか、あるいは教会内に手引きしてもらうかは、相手のアドバイスを尊重すればいい。
ディアはふむふむとうなずきつつ、
「でも、そのお世話をする人はどうやって見つけるんですか? 相手が誰だか分からないと探せないですよね?」
「通用口で待ち伏せする。通いなら日が変わるまでには出てくるだろうし、住みこみでも二日に一回くらいは買い出しに行くだろう。そこを見つけて話しかける」
「えーっと……つまり?」
「今から三時間交替で見張りに入る。僕は本局宛に報告の手紙をしたためるから、その間はしっかり見張っていてくれよ。何、ほんの四十八時間の辛抱だ」
ディアの呻きは言葉にならなかった。
* * *
温泉、温泉とかまびすしいディアをなだめすかして張りこみに入った。
通用口は教会の建物の裏手、岩壁沿いにひっそりと設けられていた。丁度、道路からは死角になる位置だ。並木の陰に入れば、見とがめられることなく見張りができる。
一度宿に戻り、報告書を郵送してから教会に戻った。ディアに状況報告させて交替、それを三時間おきに繰り返す。
あらかじめ予想していたことだが、夕刻までほとんど動きはなかった。侍者達は普通に正門を使って行き来している。出入りの業者も、おそらく午前中に搬入を終えているのだろう。通用口に近寄る者はいなかった。
高地の陽は急速に陰り、山の稜線に消えていった。
夜十時、夜食を持って教会を訪れると、ディアがこっくりこっくりと船を漕いでいた。嘆息して手刀を彼女の頭に落とす。
「こら」
「え?」
夢から覚めたように周囲を見渡す。琥珀色の目が焦点を結んだ。
「あ、ミゲル様!」
「あ、ミゲル様じゃないよ。いつから寝てたんだい」
「寝てないです! 今一瞬、ちょっと気が緩んでいただけですよ」
「本当かぁ?」
不信も露わな視線にディアは憤然と胸を張ってみせた。
「はい! だってあの人が通用口から出てくるのも見てましたよ。大きな、目つきの悪い」
「は?」
なんの話だ。
「ほら、いたじゃないですかぁ、朝、町に着いた時、ディア達の袖章を見てぷんぷん怒り出した」
「……」
「力ずくで追い出すぜーとか、なんとか言ってた」
「ああ」
ガスパルと言ったか。元鉱夫のごろつき、荒くれ者、サーラスにたしなめられて渋々退散していったが、
「なんであいつが教会から出てくるんだ?」
「分かりませんけど、ゴミとかいっぱい運び出してましたよ」
「ゴミ?」
「仕分けて、台車に乗せて、ぶつぶつ文句を言いながら」
そういえばサーラスは『お役目に戻りなさい』とか言っていた。つまりガスパルは教会で下働きをしているのか。確かに、敬虔さには縁遠い顔をしながら、サーラス相手だとえらく低姿勢だった。食い扶持をくれる相手なら腰も低くなるだろう。
「顔は見られていないだろうね」
「もちろん、ちゃんと人目につかないように寝てましたから」
「寝てたのかよ」
「よ、横になって見張っていたということです」
夕方の見張りを任せたのは失敗だったかもしれない。世話係の退勤は夕刻以降と予想していたのだから、まるっと受け持つべきだったか。まぁ、今更言っても詮なきことだが。
「で?」と報告の続きを促す。
「肝心の世話係は? それらしい相手は見かけなかったのかい」
「んー……他には誰も出てこなかったと思いますけど」
「ガスパルと一緒に他の人間が出入りしてたってことは?」
「それはないです。一人で扉を支えて荷物を出して、大変そうでしたから」
なるほど。
OK、疑ってばかりいても仕方ない。この時間は空振りだった。地道に見張りを続けるとしよう。
「じゃあ交替するか。宿の亭主に食事を頼んであるから、戻ったら受け取るように」
「はぁい」
どさりと背後の下生えが鳴ったのはその時だった。
何か重い物が地面を踏みつけた音。衣擦れを思わせる乾いた気配。
しまった。見回りか? 門番か何かが近づいていたのか。
息を呑み振り返ると、通用口のそばに黒々とした物が見えた。とぐろを巻いている。脈打ちながら地面と壁を叩いていた。
蛇?
……いや。
縄だった。頭上から一本、ぶらぶらと垂れ下がっている。見上げると開け放たれた二階の雨戸が確認できた。漏れた灯の中に黒い影がうごめいている。なんだ? しげしげと眺める間もなく正体が知れた。人だ。荒い息遣いを漏らしている。おっかなびっくり縄を伝い、教会を抜け出そうとしていた。
人間、予想外のことに出くわすと身動きが取れなくなるらしい。ディアもぽかんと口を開けていた。
人影は一心不乱に高度を下げると、なんとか着地した。額の汗をぬぐって嘆息、勢いよく振り向いてくる。
「ふぅ、うまぐいった。まんず心臓に悪いっぺ、おっかねぇ、おっかね……っと」
目が合った。
瑠璃色の瞳、白磁のような頬、流れる亜麻色の髪。整った顔に衝撃が走る。
えーっと。
「〈聖勇者〉様?」
「わぁああああ!」
両手で口を押えられた。
「ひ、人違いだ! オラは〈聖勇者〉なんかでねぇ! やめでぐれ、おがしなごど言うの!」
「わ、分かった。分かったから口を塞がないで、苦しい! 苦しいから!」
必死に引き剥がして距離を取る。狼狽も露わな彼女を押しとどめた。
「あまり騒ぐと人が来るよ。君、内緒で抜け出してきたんだろう。だったら早くここを離れた方がいいんじゃないか」
「……」
「ロープだって垂らしっぱなしだと、いつ見つかるか分からないよ」
痛いところを突かれたのか、白い面に先ほどとは別種の焦りが過る。視線を泳がせる彼女に、ミゲルはうなずいてみせた。
「とにかく移動しよう。その形で動き回ると騒ぎになるから、顔は隠して。ディア、フードを」
「はいな」
渡された布を、少女は素直にかぶった。部屋着と思しき服装のためか、顔さえ隠せば普通の町娘の雰囲気になる。
街道を横切り斜面を下る。つづら折りの道をショートカット。街灯りから離れる方向、離れる方向に進んでいくと、ほどなくして人気のない広場にたどりついた。外周は石垣で囲まれて中はうかがえない。くたびれた石碑に『共同墓地』の文字が刻まれていた。
陰鬱な空気がわだかまっている。夜闇はねっとりと重く、存在自体が人の接近を阻んでいる感じだ。普段なら近寄りたくもないが、こういう時は助かる。
念のため視線を巡らせてみた。追っ手の姿は……ない。
「さて、と」
途方に暮れた様子の少女に向き直った。
「事情を聞かせてもらえるかな、〈聖勇者〉様」
「んだがら、オラは」
「そういうのいいから」
食い気味に遮った。
「教会から、さっき祭儀で見たのと同じ子が出てきて、それを別人と思えるほど馬鹿じゃないんだ。いくら雰囲気や口調が違うからってね」
「……」
「それとも影武者か何かなのかい。本物の〈聖勇者〉になりかわって、不測の事態に備えているとか」
だんまりだ。うつむきちがちに視線を逸らしている。
まぁ本当のことを言うメリットが何一つないのだから当たり前か。仕方ない、騙し討ちは不本意だが、状況が状況だ。
わざとらしく溜息をついてみせる。
「分かった。じゃあ君はあくまでも〈聖勇者〉じゃないと言い張るんだね」
「……ん、んだ」
「影武者でもないし、祭儀のことも全然分からない」
「んだんだ」
「ところでアリアドナさん、少し質問があるんだけど」
「なんだが? ……あっ!」
単純で助かる。
アリアドナの顔は赤から白、そして青色にめまぐるしく変化した。ぱくぱくと酸欠気味に口を開け閉めして静止してしまう。
ややあって観念したのだろう、彼女は上目遣いに見上げてきた。
「司祭様に言うのが?」
蚊の鳴くような声。
「オラが逃げ出して、こんな風な言葉で喋ってるなんて」
「その気があるなら、さっき教会の扉をノックして君を引き渡してるよ。信じてもらえないかもしれないけど、僕らは君の味方だ。正確に言うと〈勇者〉って存在を守る立場なんだけど……知ってるかな? 王国勇者認定官って」
?
きょとんとした表情だ。ミゲルは袖章をつかんでアリアドナに見せた。
「王都の役人だよ。〈魔王〉復活に備えて〈勇者〉の素質を持つ人間を探しているんだ。適性のある人間は保護して、補助金を出したりもする」
「はぁ、お役人様、はぁ」
「だから君の損になることはしない。教会から離れたいっていうならその意も汲む。ただ事情は聞かせてほしいんだ。なんでまた、いきなり夜逃げみたいな真似をしでかしたのか」
アリアドナはしばらく押し黙っていたが、諦めたように目線を外した。墓地の壁にもたれかかって長息する。
「忙しすぎるんだぁ」
「え?」
「朝から晩まで儀式儀式儀式、着替えで髪結われで、よぐ分がらね油、顔どがにべったべった塗られで。それが終わったら今度は勉強だで、話し方おがしいどが姿勢悪いどが怒られっぱなしで、もう息つぐ暇もねぇ」
「だから嫌になって逃げたと?」
卑近すぎる理由に拍子抜けする。だがアリアドナは心外そうにかぶりを振った。
「とんでもねぇ。司祭様には命助げでもらった恩があるし、そんな薄情なごどはでぎね。んだども村のみんなが心配してるで思うし、一度ぐらい挨拶さ帰るべ思って」
「挨拶」
「怪我して教会に運びごまれでがら一回も連絡でぎでねぇんだ。司祭様は、ちゃんとおじさんおばさんにはオラのごど伝えであるで言ってるんだげど」
おじさん、おばさん……?
どうも要領を得ない。整理して話すことが苦手なのか、訛りのきつさも相まって意味がつかみづらい。ただ順を追って確認すると、どうやらこういうことだった。
彼女、アリアドナは一月前まで山麓のトロ村というところで暮らしていた。
生まれは辺境の寒村で、早くに親を亡くしてしまったらしい。親戚の伝手をたどり、村々を転々とした挙げ句、ようやく落ち着いたのがトロ村の叔父・叔母夫婦のもとだった。夫婦は小規模ながらも農地を有しており、成人前の少女にもそれなりの働き口を用意できた。農作業の手伝いや炊事、洗濯、子守など。決して楽ではないが、身売りや物乞いに比べれば遥かにましな生業だ。実際、アリアドナはさしたる不満も持たずに日々を送っていた。
ある日のこと、山菜採りに林へ出かけると、彼女はひどい雨に出くわした。空がまたたく間に暗くなり雷鳴が轟いた。地平線から湧き出す黒雲、天地を貫く稲光。慌てて帰り支度を始めたが、その頃にはもう一寸先も見えないほどの豪雨が降り注いでいた。
雨宿りするべきか? 天気が落ち着いてから移動するべきか?
冷静に考えればそのどちらかだろう。だが、当時の彼女の心を満たしていたのはある噂だった。日が落ちると吸血鬼が現れる。喉笛に噛みつかれて全身の血を吸い出される。
実際、そういう事件が街道沿いで何件も起きていた。近隣の村人が自警団を組織して見回ったが、彼らの努力を嘲笑うように被害が増えていった。今、昼の光を失いつつある世界の中で、いつ自分が次の獲物になるか、アリアドナは気が気ではなかった。
荷運び用の布を傘代わりにして木陰から飛び出した。背中を丸めて、肩をすぼめて、足を速める。慣れ親しんだ土地だ。街道に出さえすれば方角は分かる、まっすぐ村に帰り着ける、そんな楽観を、だが自然は容赦なく裏切ってきた。
道と思った場所に道はなく、引き返そうと進んだ先はまったく知らない景色だった。たちまち服も髪も水浸しになり、靴の底が泥に埋まった。それでも必死に歩いていくと唐突に地面がなくなった。
崖だった。総毛だった時にはもう虚空に踏み出している。雨粒に叩き落とされるようにして、彼女は落下していった。途中で岩肌や木の幹に打ちつけられて、平衡感覚がぐしゃぐしゃになる。ようやく止まった時にはもう、ほとんど意識を失いかけていた。
どくどくと血の流れ出す気配がする。足や手の感覚がない。見なくてもひどい怪我をしていることは分かった。ああ、だめだ。もう死ぬ。絶望に苛まれていると不意に人影が見えた。
大声を上げながら近づいてくる。ひょっとして吸血鬼かと思ったが、瀕死の身では逃げることもできない。血を吸いたいならどうぞお早いうちに、そう投げやりにつぶやいて彼女は気を失った。
昏睡中、不思議な夢を見た。大きな黒い影がいくつものぞきこんできている。背にはまばゆい光の輪があった。カラン、カランと乾いた金属音。どこからか水の滴る音もする。彼らはおもむろに光る刀を取り出すと彼女に突き刺した。不思議なことに痛みはまったくなく、不快感もなかった。『我が僕にして、かつて世界を救いし者よ』低い声が耳元で響いた。『再びこの世に降り立ち、民を救うのだ』
次に目を覚ました時はもう教会のベッドだった。包帯とガーゼでぐるぐる巻きにされて、彼女は横たわっていた。
『奇跡です』とサーラス司祭には驚かれた。彼らがアリアドナを見つけた時、彼女は既に息を引き取りかけていたらしい。せめて亡骸を供養しようと連れ帰ったが、みるみるうちに回復して、ついには意識を取り戻したのだという。
『神の思し召しです』
感慨深げな台詞に、だが最初はピンと来なかった。
よくも悪しくも彼女は流されるタイプで、死の淵から生還したと聞かされても『はぁ、運がよがったんだな』と思う程度だった。むしろお遣いを途中で投げ出したことに罪悪感さえ覚えていた。
ただ療養の日を重ねるにつれて、明らかに妙なことが増えてきた。まずやたらに光がまぶしく感じられた。嗅覚も触覚も鋭くなり、歩くと足の裏に鈍い痛みが感じられた。
更に決定的だったのは『声』だった。昏睡中に聞いたのと同じ『声』が、繰り返し耳元に響いたのだ。
『かつて〈魔王〉を倒せし〈勇者〉の魂よ』
声は言った。
『人々を救え』
『我が言葉と力を伝えるのだ』
もちろん、他の誰にもその声は聞こえない。たまたま廊下ですれ違った侍者を見てもきょとんとしている。アリアドナはパニックに陥った。
さんざん悩んだ末、サーラスに相談した。どうも自分はおかしくなっているようだ、何かたちの悪い病にかかっているのでは、と。
だがサーラスは動揺も露わに聞き終えると、祭具庫から一本の金杖を持ってきた。
『これを持ってみてください』
わけも分からず受け取った途端、その杖は青白い光を放ち出した。夜光虫のような光がぼうっと、生まれては消え、生まれては消えていく。放心するアリアドナにサーラスはうなずいてみせた。
『それは〈聖具〉。かつて魔王を倒した〈勇者〉のために作られたものです。普通の人間が触れても何も起きませんが、〈勇者〉の素質を持つ者が持てば、そのように神聖な光を放ちます』
『てごどは……つまり』
『あなたは〈勇者〉です。いえ、神の言葉を聞いている以上、ただの〈勇者〉ではありません。〈聖勇者〉と呼ぶべき存在でしょう』
何を言われているのか。まったく分からないが、とんでもないことになっているのだけは理解できた。
少なくとも山菜採りに戻ると言い出せる雰囲気ではない。アリアドナはさして信心深くもなかったが、それでも神の指示を無視できるほど不心得者ではなかった。『人々を救え』と言われれば『はぁ、分がりました』としか答えようがない。
だがどうやって? 一体何をすれば?
かくして教会による教育が始まった。〈聖勇者〉に相応しい言葉遣い、立ち振る舞い、着こなしを徹底的に叩きこまれる。服や髪型、表情は常にチェック。言われるまま祭儀に参加して、神の言葉を伝えて、救いを求める人々と接し続けて。
気づけば今のような状態になっていた。
――。
「なるほどね」
話を聞き終えてミゲルはうなずいた。口調で察してはいたが、本当にただの村娘だったのか。聖典が読めないのも当然だ。必要最低限しか祭儀で語らなかったのも、ボロを出さないためだろう。たかだか半月では、いかな英才教育とて限界がある。
「ちょっと、これに触ってもらっていいかな?」
荷物から小ぶりなペンダントを取り出す。アリアドナは不審そうに見つめた。
「なんだが? それ」
「〈勇者〉認定用の道具だよ。特に危ないものじゃない」
「はぁ」
おっかなびっくり手を伸ばしてくる。指先が触れた瞬間、ぼうっと燐光が散った。「わ」とアリアドナが身を引く。眉根を寄せて当惑気味な表情になった。
「な、なんで教会の杖ど同じ光」
「〈聖具〉だからさ、こいつも。昔、伝説の〈勇者〉が使った武具をバラバラに砕いて加工したものだ。僕ら認定官が本物の〈勇者〉を見つけ出せるようにね」
「はぁ……」
混乱した様子で首を傾げられる。が、混乱しているのはこちらも同じだった。
正規の試験具で反応した以上、彼女の〈勇者〉資質は本物ということだ。ではやはりなんの変哲もない村娘が、怪我を境に〈勇者〉となった? 〈魔王〉を倒す力に目覚めた?
(ううむ)
証拠を目の当たりにした以上、信じざるを得ないが、
「念のため訊くけどさ。トロ村以前に何か特別な力を持っていたとかないんだよね」
「って言うど?」
「魔物の気配を感じたり、傷の治りが人より早かったり」
「ねぇ、そんなの」
「触れた水を葡萄酒に変えたり、石に刺さった剣を引き抜いたり」
「あるわげねぇ」
「ふむ」
「なぁ、この話、まだ続ぐが?」
アリアドナの声に少しだが不興が混ざった。眉間に皺を刻んで、
「抜け出したオラが言うのもなんだげど、あんまり教会留守にするのはまずいし、早ぐトロ村さ行って帰ってぎでえんだども」
確かに、ここに留まってフェリシダの人間に見つかったら厄介だ。うんとミゲルはうなずいた。
「分かった。じゃあ行こう。ディア、彼女に替えの外套も貸してあげて。万が一誰かに見つかっても〈聖勇者〉様と分からないように」
「あいあい」
「え?」
肩に外套をかけられながら、アリアドナはまばたきした。意表を突かれた様子で見返してくる。
ミゲルは口角をもたげた。
「一緒に行くよ。言っただろう? 僕ら勇者認定官は〈勇者〉を保護するのが仕事なんだって」




