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王国勇者認定官ミゲルの冒険  作者: オーノ・コナ
第二章
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第8話

 祭祀自体はそれから一時間ほどで終わった。

 最初の騒ぎを除けば、ほぼ教科書通りのスタンダードな進行だった。司祭の言葉、聖歌斉唱、祈り、聖典の朗読、そしてまた聖歌。

 事前に聞いていた通り、〈聖勇者〉は文字が読めないようで、儀式の大部分はサーラスが取り仕切っていた。それでも文句が出なかったのは序盤の出来事があったからだろう。気づけば参列者全員が(あの隣村の祭司達でさえ)真摯に祈りをささげていた。

 予想外だったのは、儀式中に〈聖勇者〉が追加の奇跡を執り行わなかったことだ。てっきり癒やしの業が大盤振る舞いされるものと思っていたので、少し肩すかしだった。果たしてこれで終わりなのか、神の福音とはこの程度のものかと考えていると、侍者が声を張り上げた。


「聖餐の儀をご希望の方は、聖堂右手の翼廊にお並びください」


 巡礼者の三分の一ほどがざわざわと動き始める。特に怪我人や病人と思しき者が目の色を変えていた。

 ああ、なるほど。つまり奇跡の本番はこのあとらしい。

 あとに続くべきか、それとも遠巻きに様子をうかがうか、迷うように顎をなでた途端、傍らのディアが立ち上がった。


「すごかったですね! すごかったですね!」


 興奮で頬が赤くなっている。団栗眼がきらきらと輝いていた。


「神様の声なんて初めて聞きました! 本当にいるんですね、びっくりです!」


「……君は本当に素直だね、人生楽しいだろう」


「はい! 毎日が幸せです!」


 皮肉も通じないのか。げんなりした表情を見て取ったのか、ディアは「あれれ」と首を傾げた。


「ミゲル様は感動しなかったんですか。あんなに素敵な儀式だったのに」


「いや、すごいとは思うけどね。ちょっと演出過剰かなと」


「えんしゅつかじょー?」


 振り向きながら背後の高窓を示す。


「あの採光窓だけどね、目隠しが動くようになっている。多分、角度を調整して明かりの向きを変えられるんだ。で、シルクみたいに光沢のある服を目当ての人物に着せて、聖堂中央にたどりついたところで照らし出す。と、いきなりその人物が現れたように見えるわけだ。何もないところから忽然とね」


「え? それって、まさか」


「うん、〈聖勇者〉様の登場シーンだよ。あれは照明担当とサーラスがタイミングを図ってやったんだ」


 そもそも事前に近隣町村の祭司達を見つけていたのなら、入場を拒否してもよかったわけだ。あえて中に入れさせて、挑発して、絶妙のタイミングで〈聖勇者〉にやりこめさせた。これを演出過剰と言わずしてなんと言う。


「最後の奇跡だって妙だよ。仮に〈聖具〉が本物だとして、相手の病気や怪我の具合はどうやって知ったんだい? 骨折と風邪じゃ施す術も違うだろう。なのになんの迷いもなく奇跡を振るって、ほら、元通りと来たもんだ。明らかに仕込みだろう。サクラを忍ばせて台本通り喋らせたとしか思えない」


「ミゲル様ぁ」


 ディアがやや鼻白んだ様子になる。眉尻を下げて、


「そんな風に、なんでもかんでも疑って疲れません?」


「君も王国の公務員なんだから、もう少し警戒してかかりなよ。実際どうだい。最小限の奇跡を見せただけで、次のイベントは満員御礼じゃないか。多分、今度はそれなりの金を取るんじゃないかな。寄付か寄進か、名目は分からないけどさ」


「んー」


 斜に構えた見方が気に入らないのか、ディアは下唇を突き出した。少し考え後に続ける。


「でもミゲル様、神様の声は聞こえましたよね?」


「ああ」


「あれはどんな仕掛けなんですか? それに〈聖勇者〉さんは本物の〈勇者〉でしたよね。傷を治したかどうかはともかく〈聖具〉は使ってましたし」


「まぁ」


 それを言われると返しづらい。サーラスが商売上手なのと奇跡の存在は、別に矛盾しない。サクラ相手だからと言って、退魔の輝きが無効になるわけでもなかった。

 もとよりこちらの目的は、彼らのシノギにケチを付けることではない。〈聖勇者〉がどの程度の実力なのか、伝説の〈勇者〉と同じ力を持っているか見極められればいいのだ。だとすれば今は予断を捨てて情報収集に専念するべきだろう。


「聖餐の儀とやらにも参加してみるか」


「え? いいんですか」


 ディアの目が丸くなる。今までの逡巡はなんだったのかという顔で、


「相手に乗せられて、お金払うの嫌だーって感じだったじゃないですか」


「〈聖具〉適合者の監査なら経費で落ちるし、僕らの懐は痛まないよ。まぁ、額にもよるけどさ」


 巡礼者の風体を見るに、それほど裕福そうには思えない。さすがに局長決裁の限度額は越えないだろう。

 翼廊を見る。既に人口密度はかなりのものになっていた。早く並ばないとどんどん後ろに追いやられそうだ。


「行こう」


 荷物を持ち上げて列の最後尾に向かう。前に並んでいたのは初老の女性と娘だった。多分親子なのだろう。足を引きずる女性を娘が支えている。目が合った拍子に会釈すると、女性の相好が緩んだ。


「あんた方はどこを悪くされましたかの」


 言われてみれば、周りはどこかに不調を抱えた者ばかりだ。考えた末に「胸の病を抱えていまして」と答える。相手は「そうですか」と屈託なく微笑んだ。


「あたしは見ての通り、足を悪くしましての。もう治らないものと諦めていましたが、この子の夫が〈聖勇者〉様に助けていただきまして」


「え?」


 娘がはにかんだようにうなずいた。


「私の主人は工房で働いていて、仕事中にひどい火傷を負ったんです。でも〈聖勇者〉様にご相談して、痛みを取っていただくことができて」


 予想外の展開に息を呑む。逸る気持ちを抑えつつ訊ねた。


「じゃあ、聖餐の儀に立ち合われたことがあるんですか、あなたは」


「はい」


「どんな儀式だったんです?」


「簡単なものですよ。怪我の事情を話して、そのあとに清められたパンと果実酒をいただくんです。神の血と肉を分かち合うというお話で、一緒に祈りを捧げながら」


「それだけですか?」


「はい」


 ほとんど洗礼の儀と同じだ。作法や道具立てにも珍しいものはない。それで傷や病が治る? ちょっと信じがたい。


「儀式は? この場で執り行われるんですか」


「いえ、別室に通されて、司祭様達の立ち会いの下、〈聖勇者〉様と向かい合う感じで」


「痛みはすぐ消えてなくなったんですか。その、祈りを捧げられたタイミングでとか」


「どうでしょう。よく覚えていなくて。儀式の途中からぼうっとしてしまって、気づいたら主人が『治った』と叫んでいて」


「ふぅむ」


 相手の顔にわずかだが不審の色が過る。ちょっと根掘り葉掘り訊きすぎたか。頃合いと見て質問を切り上げる。


「ありがとうございます。ご母堂の足がよくなるといいですね」


「ええ、あなたも」


 あとは実際に見てみるしかない。幸い、列は思ったより早く消化されていた。足音が響くのに合わせて翼廊奥のステンドガラスが近づいてくる。

 ふっと見上げると、滑らかな壁面が迫っていた。

 岩肌を磨き上げたのか、そう思って目を凝らすと、細かい五角形が無数に組み合わされてドームを構成している。いやに規則的な配列だ。計算して削りこまないとこうはならないだろう。素掘りの坑道跡ではないのか? いや、入り口のあたりはそれらしい無骨さも残っていた。だとすると聖堂に流用する時、一部をわざわざ造作し直したのか。ふむ、随分と手間のかかることをやっている。

 つらつらと考えているうちに列の先頭にたどりついていた。年若い侍者が受付越しに会釈してくる。


「大変お待たせしました。こちらの書類にご相談内容を記入願います」


「はいはい」


 名前や出身地を書きこみながら、料金表(とはもちろん書かれていない。お布施の目安的なタイトルだった)に目を走らせる。予想通り、なかなかよい金額だった。王都の兵士の月給並みだ。一瞬手が止まりかけたが、ここまで来たら乗りかかった船だ。覚悟を決めて書類を書き上げる。

 提出。


「はい、こちらで結構です。では整理札をお渡ししますので、外でお待ちください。当日の予定は毎朝六時に、正門前の掲示板で発表します」


 ……ん?

 違和感を覚えて侍者を見返す。ディアが肩越しにのぞきこんできた。こくりと首を傾げながら、


「あのー、このあとすぐ儀式が始まるんじゃないんですかー?」


「〈聖勇者〉様の力にも限りがありますので」


 侍者の笑みは朗らかだった。


「一日の面会は十名程度になっております。昨日までのお申しこみも含めて、毎朝、厳正な抽選で儀式の参加者を決めさせていただきます」


 嫌な予感がした。番号札を握りしめて、やや上目遣いに訊ねる。


「ちなみに皆、平均でどのくらい待つのかな?」


「おおよそ一ヶ月ですね」


 ミゲルとディアは顔を見合わせた。

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