後日談Ⅰ:新世界の秩序
リヒトとの最終決戦から、半年が過ぎた。
大陸の地図は、大きく塗り替えられようとしていた。
その歴史的な調印式は、かつて聖都ヴェリタスがあった、今は更地となった平原の中央で執り行われた。瓦礫は全て取り除かれ、再生を始めた龍脈の清浄な魔力が、新たな時代の幕開けを祝福するかのように、その地を優しく満たしている。
集ったのは、四種族の長たち。
魔王ルシフェリア、獅子王ガル・ラオウ、森の賢者ファエナラ、そして龍の賢帝ヴァレリウスの代理として、古の竜人イグニス。
そして、彼らの向かいに座るのは、リヒトという独裁者を失い、指導者不在の混乱からようやく立ち直った、人間たちの新たな代表団だった。傀儡であった老王は退位し、その孫である、若く、聡明な新王が、緊張した面持ちでその席に着いていた。
「――我らは、ここに、古き時代の憎しみを捨て、新たなる世界の秩序を築くことを誓う」
魔王ルシフェリアが、高らかに宣言する。
結ばれたのは、『五種族永世不可侵条約』。互いの領土、文化、そして種族の誇りを尊重し、二度と、血で血を洗うような愚かな過ちを繰り返さないという、魂の誓約だった。
呪いは、リヒトの消滅と共に、その力を完全に失っていた。魔力は世界に満ち、亜人種たちは、本来の力を取り戻しつつあった。もはや、人間たちが、力で彼らを支配することは不可能。彼らは、対等な隣人として、新たな関係を築いていくしかないのだ。
調印式が終わり、人間たちの若き王が、魔王ルシフェリアに、おずおずと尋ねた。
「……ルシフェリア陛下。一つ、お伺いしても?この度の戦を、真の意味で終結させたという、あの、魔族の英雄殿は……本日、ご臨席ではないのですか?」
その問いに、その場にいた全ての亜人種の長たちが、どこか誇らしげに、そして、優しく、微笑んだ。
「ええ」と、魔王様は答えた。
「この戦いの英雄は、玉座も、名誉も、何も望んではおりません。彼が望んだのは、ただ一つ。……愛する者たちと過ごす、平穏な日常だけですので」
その頃。
英雄スタンは、魔族領の、我が家の庭で、眷属のシルと共に、蝶々を追いかけ回していた。
「待てー!シル!」
「きゃはは!兄ちゃん、おっそーい!」
その、あまりにも平和で、呑気な光景を、縁側で、母のカトレアと、パティが、お茶を飲みながら、微笑ましそうに眺めていた。
世界の歴史が、大きく動いた、その日の出来事を、彼は、まだ知らない。
いや、知ろうとも、していなかった。




