表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら魔族の子  作者: ヤッサン
神々の黄昏、そして約束の食卓
58/61

最終話 最後の戦い、そして約束の食卓へ

「――ここが、貴様らの墓場だ。そして、我が理想郷が生まれる、産室でもある」


 古の賢者、リヒトの言葉と共に、俺たちが立っていたはずの玉座の間は、完全にその姿を消した。

 床も、壁も、天井もない。あるのは、ただ、純粋な魔力が、銀河の星雲のように渦巻く、混沌の空間。世界の法則そのものが、まだ生まれる前の、原初の魔力炉。ここが、王都ソラリスを、そして人間たちの支配を支えてきた、『神の天蓋』の、心臓部だった。


「この空間において、理は、私だ」

 リヒトが、静かに告げる。彼は、この世界の理を書き換える「作者」。そして、俺たちは、その盤上に乗せられた、駒。

「第一の理を告げる。――ここでは、炎は、氷を生む」

「なにっ!?」

 リヒトの言葉に、イフリートが、咄嗟に、牽制の炎を放つ。だが、その紅蓮の炎は、リヒトに届く寸前で、その性質を、真逆の絶対零度の氷塊へと変貌させ、凄まじい速度で、俺たちへと襲い掛かってきた。

「『ウォール・オブ・ゴーム』!」

 ゴームが、間一髪、土の壁を作り出し、その氷塊を受け止める。だが、壁には、深い亀裂が刻まれた。


「第二の理。――ここでは、大地は、重力を失う」

 リヒトが、指を鳴らす。すると、ゴームが作り出した壁が、ふわりと宙に浮き、ただの無力な岩塊となって、混沌の空間を漂い始めた。

「第三の理。――ここでは、光は、闇を呼び、闇は、光に焼かれる」

 レイの聖なる光が、濃密な影を生み出し、ダークの潜む影が、聖なる光に焼かれて、その身を苛む。

「第四の理。――ここでは、水は、その形を保てず、風は、その流れを失う」

 ディーネの操る水は霧散し、シルの巻き起こす風は、どこへともなく掻き消えていく。


 あまりにも、一方的な、絶対的な支配。

 俺の眷属たちの、その元素の力そのものが、リヒトの言葉一つで、その意味を、その法則を、捻じ曲げられていく。

「無駄だ」

 リヒトは、まるで子供の遊びを眺めるかのように、静かに言った。

「この空間は、私の脳内そのもの。私の思考こそが、世界の法則なのだ。お前たちは、私の手のひらの上で、踊ることしかできん」


「……本当に、そうでしょうか」

 その、絶対的な絶望の中で、静かに、しかし、凛として響いたのは、パティの声だった。

 彼女は、自らの杖を、強く握りしめていた。

「あなたは、確かに、この世界の理を書き換える力を持つのかもしれない。……ですが、それは、あなた一人の、独善的な理屈ですわ!」

 彼女は、杖を天に掲げた。

「私たちの絆は、私たちの意思は、あなたのちっぽけな理屈なんかに、決して屈しはしない!」

 彼女が放ったのは、炎でも、風でもなかった。彼女の、魂そのものを燃やすかのような、純粋な魔力の奔流。

 その奔流は、イフリートの炎と混じり合い、ディーネの水を纏い、ゴームの大地を足場とし、シルの風に乗り、レイの光に導かれ、ダークの闇を振り払い――七つの心が、一つの、巨大な虹色の光となって、リヒトへと殺到した。


 だが、リヒトは、動かなかった。

「――理を告げる。その絆とやらは、無意味と知れ」

 彼がそう告げると、虹色の光は、彼に届く寸前で、泡のように、虚しく、弾けて消えた。

「……なっ!?」

「言ったはずだ。この空間では、私が、理だと」

 絶望。

 仲間たちの心が、折れかけた、その時だった。


「……そうか」

 俺は、静かに、呟いた。

「ようやく、分かったぜ。あんたの正体が」

 俺は、一歩前に出た。

「あんたは、この世界の『作者』みたいなものだ。ルールブックを、自分で、好きなように書き換えられる。……でもな、リヒト」

 俺は、リヒトを、真っ直ぐに見据えた。

「俺は、この世界の『登場人物』じゃない」


 俺は、異世界からの転生者。

 この世界の理の外から来た、イレギュラー。


「俺は、あんたが作った物語を読んでる、『読者』みたいなものだ。あんたが、どんなに面白いルールを書き足したって、そのルールは、本を読んでる俺自身を、縛ることはできない」


 その言葉に、リヒトの、何千年もの間、動くことのなかった、完璧な表情が、初めて、明らかに、歪んだ。

「……貴様……一体、何を……」

「理を告げる、だ?面白い。じゃあ、今度は、俺が、俺の理を、教えてやるよ」

 俺は、ゆっくりと、リヒトに向かって、歩き始めた。

 リヒトが、慌てて、新たな理を紡ぎ出す。

「理を告げる!貴様は、一歩も動けぬ!」

 だが、俺の足は、止まらない。

「貴様のスキルは、全て無効となる!」

 だが、俺の力は、一切、衰えない。


 俺は、この世界の法則の外にいる。

 俺の存在そのものが、彼の作り上げた、完璧な世界の、唯一の、バグなのだ。


「なぜだ……。なぜ、我が理が、貴様には届かぬ……!?ありえない!ありえない!ありえない!」

 初めて見せる、リヒトの狼狽。

 その姿は、自らが作り上げた完璧なゲームが、想定外のバグで、クラッシュしていくのを、ただ見ていることしかできない、哀れなプログラマーのようだった。


 俺は、ついに、彼の目の前まで、たどり着いた。

 俺は、彼の、数千年分の孤独と、歪んだ理想に、ほんの少しだけ、同情した。

 そして、その胸に、そっと、手のひらを置いた。


「あんたの、退屈な『計画』は、ここでお終いだ」


 俺は、俺の、無の魔力を、解放した。

 それは、破壊ではない。ただ、彼の、長すぎる、そして、孤独すぎた物語の、ページを、優しく、閉じるだけ。

 俺の無の魔力に触れ、彼を数千年も生かしてきた、禁忌の魔法が、その理を失い、解けていく。

 リヒトの体は、みるみるうちに、その若さを失い、美しい青年から、皺だらけの老人へ、そして、やがて、風化する砂のように、さらさらと、崩れていった。


「……そうか……。混沌こそが……生命……だった、か……」

 最後に、彼は、満足したかのように、そう呟いた。

 そして、光の粒子となって、完全に、消え失せた。


 ―――


 リヒトが消滅すると、俺たちを包んでいた混沌の空間もまた、ガラスのように砕け散った。

 気づくと、俺たちは、元の、静まり返った、王都ソラリスの玉座の間に、立っていた。

 玉座に座っていた、傀儡の王は、糸の切れた人形のように、崩れ落ちている。

 そして、王都を覆っていた、黄金の『神の天蓋』が、朝霧のように、静かに、晴れていった。


 戦いは、終わった。

 この世界を、裏から操っていた、長きにわたる悪夢は、完全に、消え去ったのだ。


 俺は、がらんとした、玉座の間を見回した。

 竜の試練で見せられた、あの、神となった俺が座るはずだった、玉座。

 俺は、それに、ふっと、笑いかけると、背を向けた。


 そして、この一年、俺と共に、死線を潜り抜けてきてくれた、かけがえのない仲間たちに向き直った。

 心配そうに俺を見つめるパティ。

 絶対の信頼を寄せる、六人の、俺の「家族」。


 俺は、心の底から、笑った。

「……腹、減ったな」


 そして、パティに、そっと、手を差し出した。

「帰ろう。母さんの飯が、待ってる」


 彼女は、一瞬、驚いた顔をしたが、やがて、涙でぐしゃぐしゃになった顔で、最高の笑顔を見せると、その手を、強く、強く、握り返した。


 俺たちは、人間たちの、空っぽの玉座に、背を向けた。

 俺たちが目指すのは、世界の覇権などではない。

 ただ一つの、温かい、いつもの食卓。

 その、何気ない日常を取り戻すための、俺たちの、長くて、短い戦いは、今、ようやく、終わりを告げたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ