54話 凱旋、そして最終決戦の号砲
俺たちが、魔王城の作戦司令室へと帰還した時、そこにいた誰もが、息を呑んだ。
聖都ヴェリタスへと向かった時とは、明らかに、俺たちの纏う空気が違っていたからだ。疲労は、極限に達していた。だが、それ以上に、一つの巨大な死線を乗り越えた者だけが放つ、静かで、そして、揺るぎない覚悟が、俺たち七人から溢れ出ていた。
「スタン……!カインは……勇者は、どうなった!?」
ひいおじいちゃんが、切迫した声で尋ねる。
俺は、静かに、その問いに答えた。
「勇者カイン、および、その配下の聖騎士団は、全て消滅。第二の龍脈は、確保、および再生に成功。人間たちの『計画』は、完全に頓挫しました」
その報告は、あまりにも、現実離れしていた。
司令室に、重い、信じられないといった沈黙が落ちる。
人間たちの希望の象徴。数千年にわたり、魔族を苦しめてきた、勇者の血統。その最強の現当主が、たった半日で、消滅した。その事実を、彼らは、すぐには受け止めきれなかった。
やがて、転移門を通じて、獣人王ガル・ラオウと、精霊族の長老ファエナラ、そして竜人族の使者イグニスが、戦況報告のために姿を現した。彼らにもまた、俺たちの戦果が伝えられる。
「でかしたぞ、スタン!よくぞ、あの忌々しい勇者の血を、断ち切ってくれたわ!」
ガル・ラオウが、心の底から、歓喜の咆哮を上げた。
「……世界の理が、また一つ、大きく、変わりましたね」
ファエナラが、感慨深げに、静かに呟く。
『イレギュラーは、その役目を果たしたか』
イグニスの思念が、厳粛に響いた。
人間たちの最強戦力は、消えた。彼らの切り札であった「計画」も、その要を二つも破壊され、破綻した。
今こそ、我ら三種族同盟が、人間たちの領土へと侵攻し、長きにわたる隷属の歴史に、終止符を打つ時。
誰もが、そう思った。
ガル・ラオウが、高らかに、全軍による王都への進軍を提案しようとした、その時だった。
「――復讐は、しない」
俺が、静かに、しかし、はっきりと、そう告げた。
その一言に、その場にいた全員が、耳を疑った。
「……スタン?何を、言っているのだ?」
ガル・ラオウが、怪訝な顔で俺を見る。
「復讐の、連鎖を断ち切るのだろう?今、奴らを滅ぼさずして、いつ、我らの平和が訪れるというのだ!」
俺は、その百獣の王の、燃えるような瞳を、真っ直ぐに見つめ返した。
「俺たちの本当の敵は、人間じゃない。この世界を、何千年もの間、歪ませてきた、『憎しみの連鎖』そのものだ」
俺は、言葉を続ける。
「カインを殺し、聖都を滅ぼした俺が言うのも、おかしいかもしれない。だが、これ以上の血を、これ以上の涙を、この世界に流すのは、もう、終わりにしたいんだ」
俺は、竜の試練で見た、あの光景を思い出していた。
血の涙を流していた、若き勇者の姿。憎しみからではなく、愛する者を失った悲しみと、絶望から、彼は、あの呪いを生み出した。
力で憎しみをねじ伏せても、そこからは、新たな悲しみと、絶望しか生まれない。
ならば、俺がすべきことは、ただ一つ。
「だから、これを、最後の戦いにする」
俺は、その場にいる、三種族の長たちに、俺の最後の計画を告げた。
「人間の王都『ソラリス』へ、俺たちだけで行く」
「なっ……!?」
「目的は、侵略や、破壊じゃない。彼らの王と、そして、この戦争を裏で操っている、本当の黒幕に、直接会って、話をすること。そして、この馬鹿げた戦争を、俺たちの代で、完全に、終わらせることだ」
それは、あまりにも、荒唐無稽な提案だった。
何万という軍勢で攻め落とすことすら困難な、人間の牙城。そこに、たった七人で行く、と。しかも、話し合いのために。
誰もが、言葉を失う。
だが、誰も、反対はしなかった。
彼らは、この一年で、そして、この数日の戦いで、俺という「イレギュラー」が、常識や、道理といった、この世界のあらゆる法則を超越した存在であることを、嫌というほど、理解していたからだ。
俺がやると言えば、それは、おそらく、実現するのだろう、と。
やがて、魔王様が、重々しく、口を開いた。
「……分かりました。スタン。あなたに、全てを託しましょう」
彼女は、魔王として、そして、この同盟の盟主として、最終的な決断を下した。
「大連合軍は、国境付近で、人間軍主力を引きつけ続けます。ですが、決して、決定的な侵攻は行いません。全ては、あなたたちが、ソラリスで決着をつけるまで」
こうして、世界の運命は、再び、俺たち七人の、小さなパーティーの手に、委ねられた。
その日の夜。
俺は、久しぶりに、我が家の食卓にいた。
父さんと、母さんと、俺。そして、いつの間にか、当たり前のように、そこにいる、パティと、六人の眷属たち。
食卓に並ぶのは、母さんの手料理。特別なご馳走ではない。いつも通りの、温かい、家庭の味。
だが、それが、今の俺には、何よりも、尊いものに感じられた。
戦いの話は、誰も、しなかった。
食事の後、俺は、一人、月明かりが照らす、家のベランダに出ていた。
「……きれいな、お月様ですわね」
パティが、そっと、俺の隣に立った。
「本当に、行くのね。……話し合いに」
「ああ。殴り合うだけじゃ、何も終わらないって、この前の戦いで、ようやく、分かったから」
俺がそう言うと、彼女は、ふわりと、微笑んだ。
「……私も、行くわ。当然でしょう?私は、あなたの、パートナーですもの。最後まで、隣にいますわ」
その言葉が、何よりも、心強かった。
俺は、遥か空の彼方、人間たちの王都があるであろう方向を、じっと見据えた。
待っていろよ。
これで、本当に、最後にしてやるから。
俺は、静かに、最後の戦いへの、覚悟を固めた。




