53話 ゼロになった世界、そして不死のイレギュラー
俺は、自爆する。
その意思が、俺の無限の魔力を、最後の引き金として解放した。
遥か上空、レイとシルに抱えられ、退避していたパティの目に映ったのは、もはや、この世の光景ではなかった。
音が、消えた。
灼熱の太陽も、蒼い空も、黄金の砂漠も、その全ての色彩が、急速に失われていく。
スタンが立っていた場所を中心に、純粋な「白」の光球が生まれ、それが、絶対的な静寂と共に、凄まじい速度で膨張を始めたのだ。
それは、熱くなかった。眩しい、という感覚すらなかった。
ただ、そこにある全てを、「無かった」ことにしていく、究極の消去の光。
光に飲み込まれた砂丘は、蒸発するのではなく、ただ、消えた。
激しい死闘を繰り広げていた俺の眷属たちと勇者の腹心たちも、その光に触れた瞬間、その存在が、まるで紙に描かれた絵を消しゴムで消すかのように、世界から抹消されていく。
そして、光は、勇者カインと、黒く汚染された龍脈をも、等しく飲み込み、その存在を、因果の彼方へと消し去っていった。
「スタン……!」
パティは、叫んだはずだった。だが、声は出なかった。音という概念そのものが、その白い世界では、存在を許されていなかった。
彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。その涙すらも、彼女の頬を伝う前に、光の中へと掻き消えていった。
やがて、その絶対的な光は、パティたちのすぐ足元まで迫り、そして、すっと、幻のように、消えた。
後に残されたのは、完全な静寂と、信じがたい光景だった。
あれほど広がっていた、起伏の豊かな「沈黙の砂海」は、完全に、消え失せていた。
代わりに、そこにあったのは、地平線の彼方まで続く、どこまでも平坦で、滑らかな、巨大な一枚の白いガラスの大地。
先ほどの光が、砂漠そのものを一度溶かし、そして、一瞬で固まらせたのだ。
そして、そのガラスの大地の中央。かつて龍脈があった場所には、ぽつんと、生まれたての星のように、か細く輝く、純粋な魔力の光点が、一つだけ、瞬いていた。
龍脈は、再生を始めていた。
だが、そこに、スタンの姿はなかった。
カインも、彼の騎士たちも、誰一人、いない。
全てが、終わった。
「……うそ……」
パティの、か細い声が、静寂の世界に響く。
「スタンが……いない……」
その事実に、絶望が、彼女の心を支配する。
レイとシルに支えられながら、彼女たちは、ガラスの大地へと降り立った。
『殿……!』
『主……!』
『兄ちゃん……!』
眷属たちもまた、主を失った悲しみに、その場に崩れ落ちた。彼らとスタンを結びつけていた、魂の繋がり(パス)が、完全に、途絶えていたのだ。
彼らの主は、この世界を救うために、自らの存在と引き換えに、全てを無に還した。
その、あまりにも過酷な現実が、彼らを打ちのめしていた。
パティは、ただ、泣いていた。
「……馬鹿……!大馬鹿……!一人で、全部、背負い込んで……!そんなの、あんまりだわ……!帰ってくるって、言ったじゃない……!」
その時だった。
『……?』
最初に、その微かな変化に気づいたのは、水の眷属であるディーネだった。
彼女は、涙に濡れた顔を上げ、再生を始めた龍脈の中心を、じっと見つめた。
途絶えていたはずの、魂の繋がり。その、ほんのかすかな残滓が、そこから、感じられる……?
次の瞬間、奇跡は起こった。
龍脈の中心で、生まれたての星のように輝いていた魔力の光点が、ふわりと、宙に浮かび上がったのだ。
そして、その光は、周囲の、清浄な魔力を、まるで呼吸をするかのように、その内側へと吸い込み始めた。
光が、少しずつ、人の輪郭を形作っていく。
それは、まるで、俺が眷属たちを生み出した、「ハイリスククリエイト」の光景そのものだった。
だが、今、創造されているのは、眷属ではない。
その光の中心で、今まさに、再構築されているのは――
「……スタン……?」
パティが、信じられないといった顔で、呟いた。
光が、収まる。
その中には、生まれたままの姿で、静かに、宙に浮かぶ、スタンの姿があった。
彼は、ゆっくりと目を開けると、心配そうに自分を見上げる仲間たちの顔を見て、少しだけ、困ったように、笑った。
俺の「自爆」は、魔力の完全解放であり、存在の消滅ではなかった。
スキル『完全自動再生』。それは、たとえ肉体が原子レベルまで分解されようとも、魂の核さえ無事であれば、周囲の魔力を吸収し、その存在を、完全に、元通りに再構築する、究極のスキル。
俺は、一度「ゼロ」になった。
そして、ゼロから、再び、この世界に、生まれ直したのだ。
「「「スタン様(殿・主・兄ちゃん)!!」」」
眷属たちが、歓喜の叫びと共に、俺の元へと駆け寄る。
だが、それよりも早く、俺の体に飛び込んできた影があった。
パティだった。
彼女は、俺の胸に顔をうずめると、もはや、言葉にならない声で、泣きじゃくり始めた。そして、その小さな拳で、俺の胸を、何度も、何度も、弱々しく叩いた。
「……馬鹿……!……大馬鹿……!……心配……させないでよ……!」
俺は、そんな彼女の体を、優しく、しかし、力強く、抱きしめた。
「……ごめん。でも、これしか、方法がなかったんだ」
俺たちは、勝った。
勇者カインとその腹心たちは、完全に消滅した。
第二の龍脈は、守られた。人間たちの『計画』は、これで、大きく頓挫したはずだ。
俺は、仲間たちに支えられながら、東の空を見据えた。
故郷の方向。
カインも、ヘリオスも、いなくなった。だが、まだ、終わらない。
この憎しみの連鎖そのものを断ち切らない限り、第二、第三のカインが、いつかまた、現れるだけだ。
行くべき場所は、もう、決まっている。
俺は、涙でぐしゃぐしゃになったパティの顔を見つめ、そして、仲間たち全員に、告げた。
「帰ろう。魔王様に報告したら、最後の戦いだ」
俺の瞳に、揺るぎない、最後の決意が宿る。
「人間の王都へ行って、この馬鹿げた戦争を、俺が終わらせる」




