52話 激突、イレギュラーVS勇者
「――始めるぞ」
俺の、静かな号令。
それは、この沈黙の砂海における、決戦の合図だった。
俺たち七人は、巨大な砂丘の頂上から、眼下に広がる盆地へと、一斉に駆け下りた。目標はただ一つ、龍脈の汚染儀式を続ける勇者カイン。
「――来たか、『イレギュラー』」
カインは、俺たちの姿を認めても、一切の動揺を見せなかった。彼は、その手に持つ聖剣を、砂に突き立てる。
「儀式を続行する!奴らを、龍脈に近づけるな!」
その号令に応え、彼の背後を守っていた十数人の聖騎士たちが、一斉に俺たちの前に立ちはだかった。彼らは、ヴェリタスで対峙した太陽騎士団とは、明らかに練度も、そして覚悟も違った。一人一人が、一騎当千の実力を持つ、勇者の腹心たる、真の精鋭。
戦いの火蓋は、切られた。
「させん!」
巨大な塔のような盾を構えた、熊の獣人にも似た大男のパラディンが、突進してくるゴームの前に立ちはだかる。
「我が名は、剛盾のボルドス!この盾は、神の祝福を受けし絶対の壁!貴様のような土くれ人形が、破れると思うな!」
「面白い!その自慢の壁、俺の拳で砕いてやるわ!」
大地を揺るがす、力と力の、原始的な激突が始まった。
「聖なる光よ、魔を貫け!」
白銀の髪をなびかせた、美しい女騎士が、その両手に持つ双剣に、聖なる光を纏わせ、イフリートへと斬りかかる。その動きは、まるで舞踏のように優雅で、しかし、刃筋は、空間そのものを切り裂くほどに鋭い。
「小賢しい真似を」
イフリートは、その斬撃を、まるで戯れのように、最小限の動きでいなし続ける。炎と光が、砂漠の上で、激しい火花を散らした。
後方では、ディーネとレイが、敵の魔術師部隊と、熾烈な魔法戦を繰り広げていた。
聖なる光の槍と、絶対零度の氷の矢が、空中で激突し、凄まじい魔力の嵐を巻き起こす。その嵐の中を、シルが風となって駆け抜け、ダークが影となって潜み、敵の詠唱を的確に妨害していく。
そして、パティが、その全てを統括するように、上空から、大威力の炎と風の複合魔法を、敵陣へと叩き込んでいた。
それは、まさしく、神々の戦いだった。
俺の眷属たちと、勇者の腹心たち。その一人一人が、戦場の主役となりうる力を持つ者同士の、一進一退の攻防。
だが、俺たちの目的は、彼らを倒すことではない。
カインを止め、龍脈を守ることだ。
俺は、仲間たちが作り出した、ほんの一瞬の隙を突き、乱戦の只中を、一直線に駆け抜けた。
「行かせはせん!」
何人かの騎士が、俺を止めようと立ちはだかる。だが、俺は、彼らに目もくれない。ただ、前へ。
俺の体に触れようとした全ての剣は、見えない力に弾かれ、俺を捕らえようとした全ての魔法は、俺に届く前に霧散する。
俺は、嵐の中の、静かな目。
そして、ついに、儀式の魔法陣の中心で、その詠唱を続ける、カインの目前へとたどり着いた。
「――ようやく、来たか」
カインは、詠唱を止め、ゆっくりと、砂に突き立てた聖剣を抜き放った。
「それでこそ、我が宿敵よ」
「お遊びは、終わりだ」
俺は、静かに、拳を構えた。
「龍脈から、離れろ」
「断る」
カインが、その聖剣を構える。だが、その構えは、前回とは、全く違っていた。
「聖なる力が、貴様には通用せぬこと、この前の戦いで、嫌というほど理解した。……ならば!」
彼の聖剣が、黄金色の光を放つ。
「我が一族に伝わる、真の力を見せてやろう!世界の『理』そのものを編み上げる、勇者の剣技を!」
カインが、剣を横に薙いだ。
斬撃が、飛んでくるわけではない。だが、俺と彼の間に、見えない、絶対的な「壁」が生まれた。
「第一の理、『断絶』!」
俺は、その壁に、拳を叩き込む。だが、俺のフィックストアタックは、壁に触れる寸前で、その威力を、完全に虚空へと吸い出されてしまった。
「無駄だ、イレギュラーよ!その理は、因果そのものを断ち切る壁!貴様の攻撃という『原因』は、ダメージという『結果』に、決して結びつかない!」
「……面白い」
今度は、俺が、動いた。
テレポートで、彼の背後を取る。だが、
「第二の理、『固定』!」
俺が転移した先の空間が、まるで固まったように、俺の体を捕縛する。
「俺の許可なく、この空間の座標は、何者にも書き換えることはできん!」
「……なるほどな」
俺は、全身の魔力を、爆発させた。
俺という、世界の理の外にある存在そのものが、彼の作り出した、ちっぽけな理を、内側から、粉々に砕いていく。
空間の捕縛が解けた俺は、再びカインへと肉薄する。
聖剣と、俺の拳が、幾度となく、激突した。
その度に、空間が軋み、大地が悲鳴を上げる。
互いに、決定打を与えられないまま、時間が過ぎていく。
その間にも、龍脈の汚染は、着実に進行していた。水晶の柱は、もはや、その輝きを失い、どす黒い、死の色に染まりつつある。
眷属たちと、騎士たちの戦いも、互角。このままでは、間に合わない。
俺は、決断を迫られていた。
(……このままじゃ、駄目だ。この、イカサマのゲーム盤そのものを、ひっくり返すしかない)
俺は、一度、大きく後ろへ跳躍し、カインと距離を取った。
そして、仲間たち全員に、思念で、最後の命令を下した。
『――全員、俺から離れろ!パティを連れて、空高く、退避しろ!』
『スタン様!?』
『殿、何を!?』
困惑する眷属たちに、俺は、重ねて命じた。
『いいから、行け!今すぐに!』
彼らは、一瞬、躊躇った。だが、主の命令は、絶対だ。
レイとシルが、パティの腕を掴み、空へと舞い上がる。イフリートたちが、後方の砂丘まで、一気に後退していく。
「……何をする気だ、イレギュラー?」
カインが、怪訝な顔で、俺を見つめている。
俺は、彼に、そして、黒く染まった龍脈に、不敵な笑みを向けた。
俺は、自爆する。
この砂漠の全てを巻き込んで、この世界の理も、因果も、計画も、全てを一度、無に還すために。
それが、このイカサマのゲーム盤をひっくり返す、唯一の方法。
「――終わりだ。勇者」
俺は、その身に宿る、無限の魔力を、その魂の全てを、一瞬で、解放した。
俺の体が、一つの、小さな太陽となって、白く、白く、輝き始める。
そして、次の瞬間。
沈黙の砂海に、二つ目の太陽が、生まれた。
世界から、再び、音が消えた。




