48話 太陽VS神々、そして聖域の崩壊
「――鼠が、罠にかかったようだな」
太陽騎士団グランドマスター、ヘリオスの、その老獪な声が、月明かりに照らされた大聖堂の中庭に響き渡る。
俺たちが通り抜けてきたはずの結界は、今や、俺たちを閉じ込める黄金の檻と化していた。四方八方から、寸分の隙もなく展開する太陽騎士団の完璧な包囲網。その数、およそ五百。一人一人が、並の魔族兵士など比較にもならぬ、凄まじい聖なる気を放っていた。
「貴様ら『イレギュラー』の来訪は、勇者カイン様からの神託により、とうに予期していたわ」
ヘリオスは、その手に持つ太陽の杖を、ゆっくりと俺たちに向けた。
「ここは、聖都ヴェリタスの中枢、グランド・サンクチュアリ。それ自体が、神の御力を増幅させる、巨大な魔法増幅器。そして、この結界は、不浄なる魔力を内側から減衰させる、聖なる檻でもある。貴様らの力は、ここでは半減どころか、十分の一も出せまい!神の御名において、ここで滅びるがよい!」
ヘリオスが杖を振り下ろしたのを合図に、戦端は開かれた。
「「「神に祈りを、不浄に死を!」」」
天を揺るがすような斉唱と共に、三百人からなる弓兵部隊から、一本一本が破魔の呪いを帯びた光の矢が、雨となって降り注ぐ。同時に、百人の魔術師部隊が編み上げた、巨大な浄化魔法陣が、俺たちの頭上で輝き始めた。
「――舐めるなよ、人間どもが!」
イフリートが咆哮し、紅蓮の炎を放つ。だが、その炎は、聖なる結界の力に阻害され、普段の勢いを失い、光の矢を数本焼き払っただけで掻き消えてしまった。
「させるか!」
ゴームが、俺たちの前に立ち、大地から巨大な黒曜石の壁を隆起させる。だが、降り注ぐ光の矢は、その鉄壁のはずの盾に、次々と亀裂を刻んでいく。
「ディーネ!ゴームの壁の強度を上げろ!」
「はい、スタン様!『ダイヤモンド・ウォール』!」
ディーネの水魔法が、ゴームの壁を、ダイヤモンドのように硬質な氷の壁へと昇華させる。だが、それでも、猛攻は止まらない。
「ダーク、後方の魔術師を!」
『……兄者、光が、強すぎる。影が、作れん』
ダークの苦悶の思念が響く。この聖域は、闇の眷属である彼にとって、猛毒の海にいるようなものだった。
「レイ、シル!迎撃を!」
「はい!」「まかせて!」
レイが、光の槍を無数に放ち、シルが、風の刃で矢の軌道を逸らす。だが、敵の数は、あまりにも、多すぎた。
「……これほどとは」
パティが、歯噛みする。彼女の放つ魔族の魔法もまた、この聖域では著しくその威力を減衰させられていた。
眷属たちは、強い。一体一体が、魔王軍の将軍クラスに匹敵する力を持っている。だが、ここは、敵のホームグラウンド。そして、敵は、俺たちを研究し尽くし、完璧な対策を立てていた。
このままでは、ジリ貧だ。
俺は、戦況を冷静に分析する。
敵の力の源泉は、二つ。一つは、後方で強大な魔力を放ち続ける、グランドマスター、ヘリオス。もう一つは、この大聖堂そのもの。
ならば、やるべきことも、二つ。
一つは、敵の大将を、力で抑え込むこと。
もう一つは、この聖域の力の源である、龍脈そのものを、無力化すること。
「――作戦を変更する!」
俺は、仲間たちに、思念で、新たな指令を飛ばした。
「イフリート、ゴーム!」
「「はっ!」」
「あのジジイを、足止めしろ。他の者は、二人を援護!」
「パティ、ディーネ、レイ!俺と来い!大聖堂の地下へ、龍脈を叩きに行くぞ!」
俺の言葉に、仲間たちは一瞬の躊躇も見せず、即座に行動を開始した。
「「「うおおおおおおおおっっ!!」」」
イフリートとゴームが、巨神のごとく、ヘリオスに向かって突進していく。それを止めようとする聖騎士の壁を、ダークとシルの奇襲が切り裂き、レイとディーネの援護魔法が、二人のための道を切り開いた。
「小賢しいわ!」
ヘリオスが杖を振るい、光の奔流を放つ。だが、その攻撃は、二人の規格外の眷属によって、正面から受け止められた。
凄まじい轟音と共に、中庭で、神話の戦いが始まる。
その隙に、俺たちは、大聖堂の内部へと駆け込んだ。
「龍脈は、この真下にあるはずだ!」
大聖堂の内部もまた、無数の神殿騎士たちによって守られていた。だが、ヘリオスという大将を失った彼らは、統率を欠いたただの集団に過ぎない。
「『アクア・プリズン』!」
「『ホーリー・バインド』!」
ディーネの水牢と、レイの光の枷が、騎士たちの動きを封じる。パティの炎が、彼らの戦意を奪う。俺たちは、その間を、風のように駆け抜けていった。
祭壇の裏に隠された、地下へと続く螺旋階段。
俺たちは、それを、凄まじい速度で下っていく。
そして、ついに、最深部の、巨大な空間へとたどり着いた。
「……これが、龍脈……」
パティが、息を呑む。
そこは、巨大な、脈打つ心臓だった。世界の生命力そのものが、凝縮され、眩いばかりの光を放っている。
だが、その光は、今、おぞましいことに、どす黒く、濁っていた。
龍脈の周囲には、十数人の、黒いローブを纏った魔術師たちが、不気味な詠唱を続けている。彼らは、人間ではない。人間でありながら、禁忌の術に手を染め、その魂を売り渡した、堕落者たち。彼らが、この龍脈を、汚染していたのだ。
「……時間がない……!」
汚染は、もはや最終段階に近い。中途半端な浄化では、間に合わない。
そして、地上では、イフリートとゴームが、ヘリオスの猛攻によって、徐々に押し込まれ始めているのが、気配で分かった。
決断の時は、一瞬。
俺は、仲間たちに向き直った。その顔には、今まで見せたことのない、冷徹なまでの覚悟が浮かんでいた。
「援護を頼む」
俺は、ゆっくりと、汚染された龍脈へと、手を伸ばす。
「――この聖堂ごと、龍脈を、一度、『殺す』」
その言葉の意味を、仲間たちは理解できなかっただろう。
俺は、世界の心臓に、その手のひらを触れさせた。
そして、その内部に、俺の、無限であり、そして、全てを無に還す、「無」の魔力を、一気に、注ぎ込んだ。
瞬間、ゴオオオオオオオオッ、と、星が死ぬ時のような、低い、低い、呻き声が、大聖堂の地下から、響き渡った。
聖都ヴェリタス。その、一万年の歴史を誇る、不落の聖域が、その土台から、ゆっくりと、崩壊を始めようとしていた。




