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転生したら魔族の子  作者: ヤッサン
同盟への旅路
37/61

第36話 獅子王の帰還、そして裏切り者への鉄槌

 王の咆哮。

 それは、ただの大声ではなかった。百獣の王たるガル・ラオウの魂そのものを乗せた、魔力と威厳の波動。その一声は、混乱の極みにあった王城の喧騒を、まるで物理的に叩き潰すかのように、一瞬で沈黙させた。


 中庭で繰り広げられていた戦闘が、ぴたりと止まる。宰相ギツネ派の兵士たちも、陽動の眷属たちと対峙していた兵士たちも、城内にいた全ての獣人たちが、まるで呪縛にかけられたかのように動きを止め、その声が響き渡ったバルコニーへと、一斉に視線を向けた。

 そこに立つ、巨大な獅子のシルエット。

 その姿を認め、一部の古参兵たちの間から、どよめきが起こった。

「……陛下……」

「ガル・ラオウ陛下……!ご無事であったか!」

 その声は、驚きから、やがて歓喜へと変わる。彼らは、長きにわたり心を殺して、偽りの主に仕えていた、真の王の帰還を待ち望んでいた者たちだった。彼らは、その場で武器を捨て、地に膝をつき、王の帰還に、恭順の意を示した。


 だが、全ての者が、そうではなかった。

「……馬鹿な」

 中庭の中央、炎の鳳凰と対峙していた宰相ギツネが、忌々しげに顔を歪ませた。

「なぜ、あの抜け殻が……!もはや、立つことすらできぬはずだったのに!」

 彼の動揺は、すぐさま怒りへと変わる。彼は、まだ自分に忠誠を誓う兵士たちに、ヒステリックに叫んだ。

「怯むな!惑わされるな!あれは、魔族の小僧どもが見せている幻術だ!本物の王は、病に伏しておられる!偽物に惑わされ、国を乱す不忠者どもを、一人残らず切り捨てよ!」

 ギツネの言葉に、金で雇われた傭兵や、彼の甘言に与する若い貴族たちが、再び剣を構える。王城は、真の王に傅く者と、偽りの主に仕える者とで、真っ二つに分断された。


 その、一触即発の状況を、バルコニーの上から見下ろし、ガル・ラオウが、再び口を開いた。

 その声は、今や、戦場にいる全ての者の耳に、明確に届いていた。


「聞け!我が民、我が同胞よ!」

 王の声には、もはや弱々しさなど、欠片もなかった。

「余は、長きにわたり、王としての責務を、そして獣の誇りを放棄していた、ただの臆病者であった!友の死に心を砕かれ、敵の脅威に膝を屈し、この玉座の間で、ただ沈黙を続けることしかできなかった!」

 それは、王としてあるまじき、自らの罪の告白。その、あまりにも率直な言葉に、兵士たちは息を呑んだ。

「だが!」

 王の声に、力がこもる。

「その沈黙こそが、この国を蝕む最大の裏切り者を、のさばらせる結果となった!宰相ギツネ!奴こそが、人間と密約を交わし、我らの同胞を、子供たちを、奴隷として売り渡していた、国賊よ!」


 その言葉は、爆弾となって、城内に炸裂した。

「なっ……!?」

「我らの子が、人間に……!?」

 ギツネ派の兵士たちの間にも、動揺が走る。彼らの多くは、ただギツネの権力と金に従っていただけで、その裏で行われていた、あまりにもおぞましい裏切りの内容までは知らなかったのだ。


「獣の誇りを忘れたか!」

 王の叫びが、彼らの魂を揺さぶる。

「同胞を売り、己の安寧を貪る者に、未来などない!真の敵は、人間だけではない!我らの内なる腐敗こそが、我らの牙を抜き、我らの魂を殺していたのだ!今こそ、その牙を取り戻す時ぞ!」

 王は、バルコニーの欄干にその巨大な手をかけ、叫んだ。

「余に続け!裏切り者に、正義の鉄槌を下すのだ!」


「「「「うおおおおおおおおおおっっっ!!」」」」

 王の言葉に、それまで沈黙を保っていた古参兵たちが、一斉に雄叫びを上げた。その声は、瞬く間に、日和見を決め込んでいた他の兵士たちにも伝播していく。

 戦いは、再開された。だが、それは、もはや魔族の眷属と獣人の戦いではない。

 真の王の下に集い、誇りを取り戻そうとする者たちと、裏切り者の宰相に与する者たちとの、内戦だった。


「行くぞ!」

 俺の号令と共に、俺たちもまた、バルコニーから中庭へと飛び降りた。

「ゴーム、王の盾となれ!」

「御意、主!」

 ゴームが、王の周囲に、鉄壁の岩の壁を出現させ、敵の矢や魔法から、その身を守る。

「ディーネ、レイ、味方の負傷者を!」

「「はい、スタン様!」」

 二人が、回復と支援の光を、王に味方する兵士たちへと降り注がせる。

「シル、ダーク、敵の指揮系統を乱せ!」

「まかせて、兄ちゃん!」

『……御意に』

 シルが、ギツネ派の指揮官たちの目を風で眩ませ、ダークが、その影から、武器を弾き飛ばしていく。

 そして、イフリートが、炎の化身となって、敵陣の最も分厚い箇所へと突撃し、その戦線を焼き尽くさずに、ただ力で粉砕していく。

 俺とパティは、王のすぐ傍に控え、迫りくる全ての敵を、最小限の動きで無力化していった。


 戦況は、一瞬で決した。

 王の帰還という圧倒的なカリスマと、俺たちという規格外の戦力を得た王の軍勢の前に、ギツネの軍勢は、もはや赤子の手をひねるように、崩壊していった。


「く……くそっ……!なぜだ!なぜ、こうなる!」

 追い詰められた宰相ギツネが、狂乱したように叫ぶ。

「このままでは、終わらん……!終わらせて、なるものか!」

 彼は、懐から、禍々しい紫色の光を放つ、一つの宝玉を取り出した。それは、人間から与えられた、禁断の呪具だった。

「余の力では、不完全なままだが……。もはや、やむを得ん!」

 ギツネは、その宝玉を、自らの胸に、強く押し当てた。

「おおおおおおおおおおおおっっっ!!」

 絶叫と共に、ギツネの体が、ありえない方向へと捻じ曲がり始める。筋肉が醜く膨張し、骨が軋む音が響き渡る。彼の狐の顔は、狼の顎と、水牛の角を持つ、おぞましいキメラの顔へと変貌していく。


「……あれは、同胞の魂を喰らって、強制的に自己進化する、呪いのアーティファクト……!」

 パティが、顔を青くして呟いた。

「なんという、おぞましいことを……!」

 完全に獣の姿へと変貌したギツネは、もはや理性など失っていた。その赤い瞳は、憎悪と狂気だけを映し出し、敵も味方も関係なく、その巨大な爪で、周囲の兵士たちを薙ぎ払い始めた。


「……化け物が……!」

 王の軍勢が、そのあまりのおぞましさと、圧倒的な暴力の前に、怯んで後退する。

 俺が、一歩前に出ようとした、その時。

「――待て、小僧」

 巨大な手が、俺の肩を、優しく、しかし力強く、掴んだ。

 ガル・ラオウだった。

「……これは、余のけじめだ。余が、終わらせねばならん」

 王は、背中に背負っていた、巨大な布に巻かれた何かを、ゆっくりと解いた。

 現れたのは、黄金の獅子の紋章が刻まれた、あまりにも巨大な、両刃の戦斧グレートアックス。『ライオンハート』。王のみが振るうことを許された、獣人族の王の象徴。


「久しぶりだな、相棒。少し、腕がなまっているやもしれんが……付き合え」

 王は、そう戦斧に語りかけると、一人、狂える化け物へと、歩み寄った。

 それは、新旧の王の座を賭けた、最後の決闘だった。

 凄まじい轟音と共に、王の戦斧と、化け物の爪が激突する。王は、傷つくことを厭わなかった。かつての自分自身の弱さと、絶望。その全てを、この化け物に叩きつけ、そして断ち切るかのように、ただ、ひたすらに、猛々しく、戦い続けた。


 そして、ついに、その瞬間が訪れた。

 王は、化け物の爪が、自らの脇腹を深く抉るのと引き換えに、がら空きになったその心臓部へ、ライオンハートの刃を、深々と、叩き込んでいた。


「……な……ぜ……だ……。これ、で……我ら、は……生き、残れる、はず、だった、のに……」

 致命傷を受けた化け物は、ゆっくりとその姿を、元の痩せた狐の姿へと戻していく。

 王は、脇腹から血を流しながら、その亡骸を、静かに見下ろした。

「……誇りを捨てて生きるは、死ぬことよりも、惨めなことよ。……さらばだ、ギツネ」


 偽りの王が、完全に沈黙する。

 それと同時に、残っていた宰相派の兵士たちが、一斉に武器を捨て、その場に膝をついた。

 戦いは、終わった。

 東の空から、最初の太陽の光が、渓谷の底にある王都へと差し込み始めた。その光は、血と瓦礫に塗れた中庭で、傷つきながらも、しかし、誇り高く仁王立ちする、真の王の姿を、神々しく照らし出していた。


 城内にいた全ての獣人たちが、その姿を見ていた。

 やがて、一人の古参兵が、その場で深く膝をついた。それに続くように、一人、また一人と、全ての兵士、全ての民が、王の前に、ひれ伏していく。

 そして、誰からともなく始まった歓声は、やがて、王都全体を揺るがす、巨大な鬨の声へと変わっていった。


 ガル・ラオウは、その歓声に応えるように、一度だけ、力強く戦斧を天に掲げた。

 そして、俺とパティの方を振り返ると、その傷だらけの顔に、数年ぶりとなる、本物の、王の笑みを浮かべた。

「……夜明けだ。お主たちのおかげで、この国に、ようやく、本当の朝が来た」


 王都サウナハウルに、誇りを取り戻すための、新しい一日が、始まろうとしていた。

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