幕間:空間を掴む日
テレポートを覚えたときのエピソードです。
それは、不動の眷属ゴームが生まれ、俺のパーティーが五人となってから、しばらく経った頃のことだった。
俺たちは、ダンジョン七十階層の安全地帯で、休息を取っていた。
「……遅い」
俺は、ひいおじいちゃんから貰った地図を広げながら、思わず呟いた。
「何がですの、スタン?」
隣で、戦闘で少し乱れた髪を結い直していたパティが、不思議そうに尋ねる。
「移動速度だよ。このダンジョンは広すぎる。一階層を突破するのに、歩いていては時間がかかりすぎる」
俺の脳裏に、魔王様が使っていた魔法が浮かび上がる。空間そのものを飛び越える、究極の移動魔法。
「テレポート、か……」
「時空魔法の最上位魔法ですわ。あれを使いこなせるのは、大陸広しといえど、お母さまくらいなものよ」
パティは、まるで他人事のように言う。
だが、俺は違う。
第九話、アイテムボックスを自力で編み出した時、俺は確かに「時空魔法」のスキルを会得した。レベルは、まだ1のままだったが。
(アイテムボックスは、A地点(手の先)と、B地点(異空間)を繋ぐ魔法だ。なら、テレポートは、A地点(現在地)と、B地点(目的地)を、同じ空間の中で繋ぐだけ。……理屈は、同じはずだ)
俺の無限の魔力と、極限まで高められた魔力感知があれば、あるいは。
俺は、その日から、テレポートの独自研究に没頭した。
まずは、目の前に、小さな石を置く。
そして、その数メートル先に、もう一つの石を置く。
目標は、最初の石を、一切物理的に干渉せず、もう一つの石の隣に「移動」させること。
俺は、意識を集中させた。だが、うまくいかない。魔力で石を「動かそう」とすると、それはただの念動力になってしまう。違う。俺がやりたいのは、空間を「飛び越えさせる」ことだ。
(……空間を、掴む?)
発想を、転換する。
俺は、スキル「魔力感知」の精度を、極限まで高めた。すると、世界の見え方が変わった。
空間は、もはやただの「空っぽの場所」ではなかった。それは、縦、横、高さ、そして時間という無数の線で編み上げられた、巨大な織物のように見えた。全ての存在は、その織物の、特定の座標に縫い付けられている。
(――なるほど。移動させるんじゃない。存在の『座標情報』を、書き換えるんだ)
俺は、目の前の石が縫い付けられている「座標」を、魔力で掴む。そして、目的地である、もう一つの石の隣の「座標」を、同時に掴む。
そして、宣言する。
(この石は、もう、ここには無い。この石は、今、あそこにある)
世界の理に、俺の意思を、強引に上書きする。
瞬間、俺の全神経に、凄まじい負荷がかかった。
だが、次の瞬間。
ポンッ、と軽い音と共に、目の前にあったはずの石が、掻き消えた。そして、数メートル先の、目的地の座標に、寸分の狂いもなく、全く同じ石が、再び出現していた。
「……できた……!」
俺は、膝から崩れ落ちそうになるほどの精神的な疲労感の中で、確かな手応えを感じていた。
そこからは、早かった。
石から、鎧へ。鎧から、動かないゴーレムへ。そして、最後は、一番頑丈なゴームに協力してもらい、生物の転移も成功させた。
そして、ついに、俺は自分自身を対象とした。
目指すは、この部屋の対角線。
目を閉じ、深く息を吸う。
『テレポート』
体が、一度、原子のレベルまで分解され、そして、一瞬で再構築されるような、目眩く感覚。
次に目を開けた時、俺は、目的の場所に、確かに立っていた。
『時空魔法のレベルが最大に達しました。スキル:テレポートを習得しました』
頭の中に、涼やかな声が響く。
こうして俺は、ダンジョンに潜ってから半年ほどで、この世界の誰もが不可能だと断じる、時空魔法の独学でのマスターを、成し遂げていたのだった。




