第30話 戦いの終わり、そして玉座での報告
勇者の血を引く男、カインが光の中へと消え去ると、戦場を支配していた神々しいまでの魔力圧が、嘘のように霧散した。
指導者を失い、その圧倒的な力の差を目の当たりにした人間兵士たちの戦意は、完全に砕け散っていた。彼らは武器を捨てて地に膝をつき、震えながら降伏を乞う。その姿を、勢いを取り戻した魔族の兵士たちが、素早く、しかし冷静に武装解除させていく。
首都を包囲していた激しい戦闘は、呆気ないほど、静かに終わりを告げた。
俺は、カインが消えた場所をじっと見つめていた。「イレギュラー」「計画」……。彼の残した言葉が、頭の中で反響する。
この戦いは、単なる種族間の憎悪や、領土的な野心から始まったものではない。その背後には、もっと大きな、そして、俺の知らない世界の理が関わっている。そして、俺の存在そのものが、その巨大な歯車を狂わせる、最大の要因らしい。
「すげえじゃねえか、スタン!」
不意に、力強い腕が俺の肩を叩いた。父さんの、ギタンだった。
「あのキンキラ野郎を、ほとんど一人で退けちまうなんてな!さすがは俺の息子だ!」
その手放しの賞賛に、ひいおじいちゃんのジャレアが、呆れたように、しかしどこか誇らしげに付け加える。
「ギタンよ、あれは『ほとんど一人』ではない。『完全に一人』じゃ。我らは、ただ見ていることしかできんかった……。スタンよ、先ほどの戦い、一体……」
「話は後だ」
俺は、二人の言葉を遮った。
「まずは、けが人の手当てと、城の安全確保が先だ。親父、兵士たちをまとめてくれ。ひいじいちゃんは、結界の損傷具合の確認を」
俺の、六歳児とは思えぬ落ち着き払った指示に、二人は一瞬虚を突かれた顔をしたが、すぐに「おう!」「うむ!」と力強く頷き、それぞれの持ち場へと駆けていった。
俺たちも、魔王城の中へと入る。
城内は、一種の野戦病院と化していた。広間や廊下の至る所に負傷者が横たわり、治療術士たちが懸命に走り回っている。その中に、母さんのカトレアの姿を見つけた。彼女もまた、自らの魔力を削り、兵士たちの治療にあたっていたのだ。
「母さん!」
俺が声をかけると、彼女ははっと顔を上げた。その美しい顔は疲労で青白かったが、俺の無事な姿を認めると、その表情が、安堵と喜びに、くしゃりと崩れた。
「スタン……!」
彼女は、専門家としての体面も忘れ、駆け寄ってきて、俺の体を強く、強く抱きしめた。
「ご無事で……!よかった……本当に……!」
その震える腕と、温かい匂いに、俺の心を満たしていた絶対零度の怒りが、少しだけ、溶けていくのを感じた。
やがて、戦後処理が一段落すると、俺たちは魔王様の待つ玉座の間へと召集された。
玉座の間は、先ほどのカインとの戦闘の余波で、壁の一部が崩れ落ち、戦いの激しさを物語っていた。
玉座には、魔王様が静かに座している。その隣には、無事を喜び合うパティの姿があった。
俺と、六人の眷属、そして父さんとひいおじいちゃんが、その前に膝をつく。
「……報告を」
魔王様の、静かだが、疲労の滲む声が響いた。
俺は、代表として、ダンジョンから帰還してからの出来事を、ありのままに報告した。燃え落ちた冒険者の街。聖騎士との戦闘。そして、勇者の血を引く男、カインとの対峙と、彼の残した謎の言葉。
「『イレギュラー』……そして、『計画』、ですか」
魔王様は、俺の報告を聞き終えると、その美しい指で、玉座の肘掛けをゆっくりと叩いた。
「やはり、ただの侵攻ではなかったか。人間たちの背後には、我々の知らない何者かがいる……そう考えるべきですね」
「その言葉……」
ひいおじいちゃんが、何かを思い出すように、眉をひそめた。
「古の文献で、一度だけ目にしたことがあるやもしれん……。確か、神々の時代の……いや、今はまだ、憶測で話すべきではないな」
魔王様は、玉座から立ち上がると、ゆっくりと俺の前に降り立った。そして、その深淵のような瞳で、俺を真っ直гуに見据えた。
「スタン。あなたは、もはやただの魔族ではない。あなたはこの世界の理そのものを覆す、文字通りの『規格外』……。そして、呪いに縛られた我ら魔族に残された、唯一の希望です」
それは、魔王として、そしてこの国を背負う者としての、正式な宣言だった。
彼女は、再び玉座へと戻ると、凛とした声で、新たな方針を告げた。
「これより、我ら魔族は、守勢から攻勢へと転じます」
その言葉に、父さんとひいおじいちゃんが息を呑む。
「ジャレア。禁断の書庫を含め、王城にある全ての文献を再調査しなさい。『計画』と『イレギュラー』に関する記述を、どんな些細なものでも見つけ出すのです」
「はっ!」
「ギタン。あなたは、軍の再編と、首都の復興を急いでください。スタンの眷属たちの力も、惜しみなく借りなさい」
「御意!」
そして、最後に、魔王様の視線が、俺とパティに向けられた。
「スタン、パティ。あなたたちには、特別な任務を与えます」
彼女の瞳に、反撃の狼煙とも言うべき、鋭い光が宿る。
「守ってばかりでは、ジリ貧になるだけ。我々もまた、牙を剥く時です」
戦いは、まだ終わっていなかった。
いや、本当の戦いは、まだ始まってすらいなかったのかもしれない。
俺は、パティと顔を見合わせ、静かに、そして力強く、頷いた。




