第29話 勇者の光、そして神の悪戯
戦場に、奇妙な静寂が訪れた。
全ての魔族と、生き残った人間たちの視線が、対峙する二人に注がれている。
一人は、黄金の鎧を纏い、背中の六枚の光翼から、聖なるオーラを放ち続ける人間の英雄、カイン。その存在は、呪いに蝕まれた魔族にとっては、まさしく天敵。ただそこにいるだけで、周囲の魔族たちが萎縮していくのが分かった。
対するもう一人は、まだ六歳の、あまりにも小さな魔族の少年、俺。
俺は、何のオーラも放っていない。ただ、そこに立っているだけ。そのあまりにもアンバランスな光景に、誰もが固唾を飲んで戦いの始まりを見守っていた。
「スタン、下がっていろ!こいつは、俺が……!」
父さんが、血を流しながらも俺の前に立とうとする。
「いかん、ギタン!あれは正真正銘、勇者の血統じゃ!我ら魔族の魔力とは、根本的に相性が悪い!」
ひいおじいちゃんが、絶望的な声で叫んだ。
彼らの言う通りだった。カインから放たれる聖なる力は、魔族である俺たちにとって、猛毒にも等しい。肌がひりつき、呼吸が苦しくなる。
だが、それは、あくまで「普通の」魔族にとっての話だ。
「哀れな魔の子よ。その存在そのものが罪」
カインが、聖剣を天に掲げた。雲が割れ、天から、巨大な光の柱が、俺一人をターゲットとして降り注ぐ。
「神の裁きの前に、塵と化すがいい!『ホーリー・ジャッジメント』!」
それは、都市の一つや二つを容易に消滅させるほどの、圧倒的な破壊の光。
「「「スタン!!」」」
父さんと、パティの悲鳴が聞こえた。眷属たちが、俺を守ろうと前に出ようとするのを、俺は片手を上げて制した。
そして、世界が白に染まった。
凄まじい轟音と衝撃波が、首都全体を揺るがす。聖なる光の奔流が、俺が立っていた場所を、文字通り「浄化」していく。
やがて、光が収まった時。
そこには、直径百メートルはあろうかという、深くえぐられたクレーターだけが残っていた。
「……終わったか。魔の根源は、浄化された」
カインが、静かに剣を下ろす。生き残った人間兵士から、歓声が上がろうとした、その時だった。
「――へえ。これが、勇者の力か」
クレーターの中心。
そこに、俺は立っていた。服に焦げ跡一つなく、髪一本乱れていない。俺は、退屈そうに一つ、あくびを漏らした。
(なるほど。確かに、魔族の魔力とは異質な、聖なる力だ。純粋なエネルギーの塊。……でも、俺のスキル『完全耐性』の前では、どんな属性の攻撃も意味がない。聖なる力だろうと、邪悪な力だろうと、俺にとっては、ただの眩しい光でしかない)
ダンジョンでの一年間、ありとあらゆる属性攻撃、状態異常、呪いを受け続けた俺の体は、いつしか、この世界のあらゆる攻撃法則が通用しない、絶対的な領域へと進化していたのだ。
「馬鹿な……」
カインが、初めて、その整った顔に動揺を浮かべた。
「私の全力の聖光を受けて、無傷だと……!?ありえない!貴様、一体、何者だ!」
「さあな。お前たちが言うところの、『魔』ってやつじゃないか?」
俺は、カインに向かって、人差し指を、そっと突き出した。
特別なスキル名はない。ただの、フィックストアタック。俺の攻撃力3に、倍率をかけただけの、防御無視の固定ダメージ。
だが、それで十分だった。
俺の指先から放たれた不可視の一撃が、カインに到達する。
パリン!
神の祝福を受けたとされる彼の黄金の鎧が、まるで薄いガラスのように、全身に亀裂を走らせ、砕け散った。
「が……はっ……!?」
カインは、自らの身に何が起きたか理解できないまま、凄まじい勢いで後方へと吹き飛び、魔王城の城壁に激突して、ようやくその動きを止めた。
俺は、崩れ落ちたカインのもとへ、ゆっくりと歩み寄った。
「終わりだ」
俺がとどめを刺そうと、手を上げた、その時。
血を吐きながら、カインが、俺を見て、笑った。
「……そうか……。貴様が……あの『呪い』すらも上書きする、『イレギュラー』……。フフ、これでは……『計画』が……狂う……」
「計画?イレギュラー?……どういう意味だ」
俺が問い詰めようとした瞬間、カインの体が、強い光に包まれた。
強制転移魔法。仲間が、彼を救出しようとしているのか。
「……待て!」
俺が手を伸ばすより早く、カインの姿は、光と共に掻き消えた。
後に残されたのは、不気味な静寂と、「イレギュラー」という、謎の言葉だけだった。
人間たちは、ただ魔族を浄化しようとしていたわけではない。その背後には、何か、俺の知らない壮大な「計画」が存在する。そして、俺の存在そのものが、その計画にとって、最大の障害らしい。
俺は、カインが消えた場所をじっと見つめ、そして、自分の小さな手のひらを見下ろした。
圧倒的な勝利。だが、その後に残ったのは、達成感ではなく、新たな、そして、より深い謎の始まりだった。




