第27話 紅蓮の審判、そして戦火の故郷へ
イフリートが、俺の命令に応え、一歩前に出る。
その瞬間、彼の纏う空気が変わった。それまでの寡黙な武人の佇まいは消え失せ、代わりに、世界の全てを原初の混沌へと還す、破壊の化身としての本性が顕になる。
彼の体から放たれる熱波に、周囲の空気が陽炎のように揺らめいた。地面は乾き、ひび割れ、その亀裂の奥がマグマのように赤く輝く。
「な……なんだ、こいつは……!?」
「魔力量が、跳ね上がっていく……!計測不能!」
聖騎士たちの顔から、神の代行者としての自信が消え、ただの生物としての根源的な恐怖が浮かび上がった。彼らがこれまで狩ってきた、呪いに弱体化した魔族とは、明らかに次元が違う。目の前にいるのは、神話の時代に世界を焼いたとされる、本物の炎帝だった。
「ひ、怯むな!神の御名において、不浄を滅せよ!」
リーダーの男が、震える声で仲間を鼓舞し、一斉に突撃してくる。
それに対し、イフリートはただ、静かに右手を掲げた。
詠唱はない。
ただ、掲げられた手が、世界の法則を書き換える。
イフリートを中心に、紅蓮の太陽が地上に顕現した。凄まじい光と熱の奔流が、放射状に広がり、聖騎士たちの悲鳴を音ごと飲み込んでいく。
それは、もはや戦闘ですらなかった。ただ、一方的な「審判」だった。
純白の鎧は一瞬で蒸発し、鍛え上げられた肉体は灰となり、その灰すらも熱風にかき消され、存在したという痕跡すら残さない。
ほんの数秒後。
太陽が消え去った後には、中心に立つイフリートと俺たちを除き、半径百メートルほどの地面が、黒く溶け、ガラスのように変質したクレーターができていただけだった。
「…………ぁ……」
ただ一人、イフリートが意図的に残したリーダーの男だけが、その場に膝から崩れ落ちていた。鎧は溶け、皮膚に焼き付き、その瞳は、理解を超えた恐怖に完全に光を失っている。
俺は、その男の前まで、ゆっくりと歩み寄った。
俺の顔を見上げた男の瞳に、初めて、俺の姿がはっきりと映ったようだった。自分たちを蹂躙した、この神話級の魔物を、静かに従える、たった六歳の子供の姿が。
「帰って、お前の主人に伝えろ」
俺の声は、自分でも驚くほど、冷たく、そして静かだった。
「魔族は、狩られるだけの獣ではない、と。俺たちの故郷を焼いた罪は、お前たちの魂、その全てをもって償わせる」
俺は、男の震える肩に、そっと手を置いた。
「これは、浄化ではない。復讐の始まりだ」
俺は、ダークに目配せする。ダークは音もなく男の影に溶け込み、その存在を闇の中へと引きずり込んでいった。生かして帰す。その恐怖を、人間たちの王へ届けさせるために。
凄惨な光景の後、パーティーは重い沈黙に包まれていた。パティは、顔を青くして、ただ立ち尽くしている。
「……帰ろう。早く、首都へ」
俺が言うと、パティははっと我に返った。
「ええ、そうですわね!お母さまや、スタンのお父様たちが心配ですわ!」
だが、どうやって?ここから首都までは、馬を飛ばしても数日はかかる。
「パティ。魔王様に、心の中で呼びかけてみてくれ。あんたは、魔王様の娘だ。魂の繋がりがあるはずだ」
俺の言葉に、パティは半信半疑ながらも、目を閉じ、精神を集中させた。
すると、しばらくして、彼女の目から一筋の涙がこぼれた。
「……お母さまの声が……聞こえる……!でも、すごく弱々しい……。首都が、今、まさに、人間たちの軍に包囲されているって……!」
「座標は分かるか!?」
「……はい!魔力が、光の道筋となって、私を呼んでる……!」
よし、それだけ分かれば十分だ。
俺は、仲間たちに向き直った。その顔には、先ほどまでの戦闘の衝撃と、これからの戦いへの覚悟が浮かんでいる。
「行くぞ。親父たちも、母さんたちも、きっと今、戦ってる」
俺は、パティが示した光の座標に、自らの莫大な魔力を接続する。
「『テレポート』!」
俺たちの体を、空間が歪む眩い光が包み込んだ。
空間が再構築された瞬間、俺たちの鼓膜を叩いたのは、故郷の懐かしい喧騒ではない。
鳴り響く警鐘、怒号、そして剣と魔法が激突する、戦場の絶叫だった。
俺たちは、燃え盛る首都の城壁の、まさにその中央に、転移していた。




