第25話 深淵の影、そして家族の完成
光の御子、レイの誕生は、俺たちのパーティーに最後の調和をもたらした。
彼女の存在は、まるで太陽そのものだった。彼女が放つ癒しの光は、仲間たちの傷を癒すだけでなく、その能力を底上げする力を持っていた。イフリートの炎はより熱く、ディーネの氷はより鋭く、ゴームの体はより堅固に、そしてシルの風はより迅くなった。
そして何より、彼女はパティの心を癒した。レイは、いつもパティの隣に寄り添い、その屈託のない笑顔で、彼女の最後の孤独を溶かしていった。
パーティーの一体感は、もはや完璧と言ってよかった。
俺とパティ、そして五人の眷属たち。俺たちは、一つの巨大な生命体のように、ダンジョンの階層を突き進んでいく。
九十一階層から先、ダンジョンはその美しい姿を再び一変させた。
光に満ちた聖なる泉は姿を消し、代わりに現れたのは、光の一切を拒絶する、絶対的な闇の世界だった。
「……『無光の奈落』。伝説にしか存在しない、最深部の階層ですわ」
パティが、ゴクリと唾を飲む。
空気は氷のように冷たく、音は闇に吸い込まれて、一切の反響を返さない。レイが放つ光の魔法だけが、俺たちの周囲を心細く照らし出していた。
ここが、最後の眷属を生み出す場所。
光があるからこそ、影が生まれる。この世の理を完成させるための、最後の揺りかごだ。
俺たちは、ダンジョンの最下層である、百階層にたどり着いた。
そこは、もはや洞窟ですらなく、ただ、どこまでも続く「無」の空間だった。上下左右の感覚すら曖昧になる、深淵そのもの。
「……ここで、最後の儀式を行う」
俺の言葉に、仲間たちが頷く。
パティと、五人の眷属たちが、俺を中心に円を描くように陣を取った。彼らが放つ、水、火、土、風、光の五色の魔力が、絶対的な闇の中に、唯一の聖域を作り出す。
『ハイリスククリエイト』
詠唱と共に、俺は深淵の闇へと、その意識を接続した。
それは、今まで対峙したどの魔力とも異質だった。
炎のような熱も、大地のような重さも、風のような奔放さもない。ただ、そこにあるだけの、静かで、冷たい「無」。それは、俺に敵対するのではない。俺の意思を、俺の存在そのものを、ただ静かに飲み込み、自分自身の一部にしようとしてくる。
これは、力の闘いではない。俺が「俺」であるための、精神の闘いだ。
俺は、自らの魂の輪郭を強く保ち、無限の魔力をもって、その深淵の闇の中から、一つの「個」を強引に引き剥がした。
創造の過程に、光も音もなかった。
俺たちの聖域の中心で、闇が、さらに濃縮された。それは、まるで空間に空いた、人型の「穴」。
やがて、その穴から、一人の青年が、音もなく歩み出た。
影を編んで作ったかのような、漆黒の装束。その顔は、一切の装飾がない仮面で覆われ、表情を窺い知ることはできない。
彼は、俺の前に進み出ると、跪き、その頭を深く垂れた。一切の気配も、感情も感じさせない、完璧な服従の形。
俺は、その仮面の前に立ち、静かに告げた。
「お前の名前は、ダークだ。属性は、闇。俺の影となり、俺の刃となる、六人目の家族」
闇の魔力を注ぎ込むと、彼はそれを、まるで乾いた砂が水を吸い込むように、音もなく吸収した。
次の瞬間、俺の脳内に、直接、涼やかで、感情の乗らない声が響いた。
『――兄者。我が名、拝命いたしました』
その時だった。
俺たちがいた「無」の空間が、大きく震えた。
深淵の闇が晴れていき、その向こうに、巨大で、荘厳な装飾が施された、巨大な門が現れた。
それは、このダンジョンが、ついにその最深部を征服されたことを告げる、終わりの門だった。
水神のごときディーネ。炎帝のごときイフリート。地王のごときゴーム。風霊のごときシル。光の御子たるレイ。そして、深淵の影たるダーク。
六人の最強の眷属が、俺の左右に静かに並び立つ。
その光景を、パティは、もはや何の感情も浮かべない、ただ純粋な瞳で見つめていた。彼女の孤独は、もうどこにもない。彼女は、このとんでもない「家族」の、かけがえのない一員なのだから。
俺は、全員の顔を見回すと、満足げに頷いた。
「長かったな。……よし」
俺は、終わりの門に向かって、一歩を踏み出す。
「帰るか。俺たちの、家に」
ダンジョンに潜ってから、およそ一年。
五歳でこの大穴に足を踏み入れた少年は、六人の最強の家族と、一人の生涯のパートナーを得て、今、地上へと帰還する。
だが、彼らを待ち受けているのが、かつてのような平穏な日常ではないことを、まだ誰も知らなかった。




