第24話 聖なる泉と、光の御子の誕生
パティとの間に交わされた、光の誓い。
それは、俺たちの旅に、新たな指針を与えた。俺たちはもはや、ただ漠然とダンジョンの最深部を目指す冒険者ではなかった。パティの孤独を癒すための「光」を探し求める、確かな目的を持った探索者となっていた。
パーティーの雰囲気は、以前とは比べ物にならないほど、明るく、そして一体感に満ちていた。パティはもう、俺たちの輪の外を歩くことはない。彼女は自ら、眷属たちに話しかけ、戦いの連携について議論し、時にはシルと一緒になって、イフリートをからかったりもした。その姿に、ディーネは少しだけ複雑そうな顔をしていたが、俺とパティの間に流れる穏やかな空気を察してか、何も言うことはなかった。
俺たちは、光の眷属を生み出すにふさわしい、清浄な魔力が満ちる場所を求めて、ダンジョンをさらに下っていった。
幻惑の魔法が渦巻く「万華鏡の回廊」。アンデッドの軍勢が跋扈する「嘆きの墓所」。どちらも、強力な魔力に満ちてはいたが、俺たちが求める「光」の揺りかごにはなり得なかった。
そして、ついに九十階層。
瘴気に満ちた暗い通路を抜けた先に、俺たちは、その場所を見つけた。
そこは、外界から完全に隔絶された、巨大な地下鍾乳洞だった。
天井一面には、夜空の星々のように無数の水晶が輝き、その水晶の先端からは、清らかな魔力を帯びた水滴が、ぽつり、ぽつりと滴り落ちている。そして、その全てが、洞窟の中央に広がる、鏡のように静かな地底湖へと注ぎ込まれていた。
空気は、どこまでも澄み渡り、魂が洗われるような、温かい魔力で満ちている。
「……ここよ、スタン」
パティが、うっとりとした表情で呟いた。
「間違いないわ。こんなに温かくて、優しい魔力を、私、初めて感じた……」
俺も、彼女の言葉に頷いた。ここだ。パティとの誓いを果たす場所は、ここに違いない。
俺は、湖畔の最も清浄な場所に、最後の儀式のための魔法陣を描いた。
ディーネ、イフリート、ゴーム、シルが、その四方を固め、万全の守護体制を敷く。パティは、ただ静かに、俺のすぐ後ろで見守っていた。
『ハイリスククリエイト』
詠唱と共に、儀式が始まる。
だが、そこには、炎をねじ伏せた時のような闘争も、大地をこじ開けた時のような苦痛もなかった。
俺が魔力を解放すると、この聖なる泉に満ちる光の魔力が、まるで祝福を与えるかのように、自ら俺の魔法陣の中へと、喜んで流れ込んできたのだ。
儀式は、祈りのように、静かに、そして美しく進行した。
地底湖の水面が黄金色に輝き、天井の水晶が、まるで俺の心臓の鼓動に合わせるかのように、優しく明滅を繰り返す。
魔法陣の中央で、光は暴力的に爆ぜるのではなく、ただ、どこまでも純度を高めながら、ゆっくりと人の形へと収束していく。
やがて、光が収まった時、そこに立っていたのは、背中に純白の翼を持つ、一人の少女だった。
艶やかな亜麻色の髪。慈愛に満ちた翠色の瞳。その立ち姿は、少しだけおぼつかなく、どこか守ってあげたくなるような、儚げな魅力を漂わせていた。
彼女は、生まれたばかりの瞳を開くと、最初に俺を見た。そして、次に、俺の背後に立つパティへと、その視線を移した。
そして、ふわりと、聖母のように、優しく微笑んだ。
俺は、彼女に近づき、その柔らかな手に触れた。
「お前の名前は、レイだ。属性は、光。俺の、五人目の家族。そして――俺たちの、希望の光だ」
光の魔力を、彼女に注ぎ込む。その温かい力は、儀式を見守る俺たち全員の心を、優しく癒していった。
「スタン様……パティ様……」
レイは、少しだけ舌足らずな、可愛らしい声で言った。
「お呼びいただき、ありがとうございます。レイ、です」
彼女は、俺だけでなく、パティにも、同じだけの敬意を込めて、深くお辞儀をした。彼女は、自らの生まれてきた意味を、本能で理解しているかのようだった。
その時だった。それまで黙って見守っていたパティが、一歩、また一歩と、レイの前に進み出た。そして、感極まった様子で、その小さな体を、ぎゅっと抱きしめた。
レイは、驚くこともなく、その腕の中で、再び、優しく微笑んだ。
パティの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ち、光の粒子となって消えていく。それは、彼女の心の奥底に沈んでいた、最後の孤独の欠片だった。
パティは、レイを抱きしめたまま、俺の方を振り返った。
その涙に濡れた顔は、俺が今まで見たどんな表情よりも、幸せそうに輝いていた。
そして、声にならない声で、確かに、こう言った。
『ありがとう』、と。
俺は、その笑顔を見て、心の底から満たされている自分に気づいた。
光が、揃った。
残るは、あと一つ。闇。
光があるからこそ、闇もまた、必要だ。
俺の「家族」を、俺たちの物語を完成させるための、最後のピース。
俺は、パティと、そして六人の眷属たちと共に、ダンジョンの最深部に眠るであろう、その最後の揺りかごを目指して、再び歩き出す決意を固めた。




