表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら魔族の子  作者: ヤッサン
家族の創造
22/61

第22話 自由なる風と、姫君の憂鬱

 俺のパーティーは、五人になった。

 先頭に立ち、あらゆる障害をその巨体で粉砕する不動の盾、ゴーム。

 右翼に控え、灼熱の炎で敵を殲滅する猛る矛、イフリート。

 左翼に舞い、変幻自在の水で戦場を支配する静かなる女王、ディーネ。

 そして、その中心で全てを指揮する、俺、スタン。

 ……と、その後ろで、少しだけ所在なさげに歩く、魔王の娘、パティ。

 戦闘における俺たちの連携は、もはや一つの生命体のようだった。俺が何かを指示するまでもない。眷属たちは、俺の意思を先読みし、完璧な調和をもって敵を蹂躙していく。

 その光景は、あまりにも完成されすぎていた。

 パティの強力な魔法は、もちろん今でも絶大な威力を誇る。だが、彼女が詠唱を終える前に、大抵の戦闘は終わってしまっているのだ。彼女は、かつて俺と二人でダンジョンに挑んだ時の、対等なパートナーではなかった。今の彼女の役割は、絶対的な王とその三人の親衛隊が繰り広げる、完璧な戦いを、ただ見守るだけの「客人」。

 その事実に、誰よりも彼女自身が気づいていた。口数は減り、その横顔には、時折、焦りと寂しさが入り混じった複雑な影が落ちるようになった。

 大地の階層を突破し、俺たちが次にたどり着いたのは、七十一階層から始まる「風哭きの渓谷」と呼ばれるエリアだった。

 そこは、常に凄まじい暴風が吹き荒れる、巨大な渓谷地帯だった。足場はおろか、巨大な岩柱が空中に無数に浮かび、それらが風に流されてゆっくりと移動している。一歩足を踏み外せば、奈落の底だ。

「うわっ!」

 突風に煽られたパティの体が、ぐらりと傾く。それを、イフリートが巨大な腕で、さりげなく支えた。

「……ありがとう」

「殿の仲間をお守りするのも、我らの役目ゆえ」

 そのやり取りに、パティの表情が、さらに曇ったように見えた。

 渓谷の中心部、ひときわ巨大な浮遊岩の上で、俺は足を止めた。渦巻く風の中心。この場所には、自由で、奔放で、そして捉えどころのない、純粋な風の魔力が満ち溢れていた。

「……ここで、四人目の眷属を作る」

 俺がそう告げると、パティの肩が、微かに震えた。

 彼女は、俺の方をゆっくりと振り返る。その瞳は、悲しい色をしていた。

「……また、あなたの『家族』が増えるのね」

 それは、非難ではなかった。ただ、どうしようもない事実を、確認するような、か細い声だった。

 俺は、初めて、彼女の心に深く踏み込むべきだと感じた。

「パティも、俺の大事な仲間だ。俺にとっては、家族みたいなものだと思ってる」

 その言葉に、彼女は力なく首を振った。

「……眷属と、仲間は違うわ」

「……」

「あなたたちが、魂のどこかで繋がっているのは、私にも分かる。それは、私には決して入れない、あなただけの聖域。私は、あなたの『家族』には、なれない」

 そう言って、彼女は寂しそうに微笑んだ。俺は、何も言葉を返すことができなかった。

 重い沈黙の中、俺は儀式の準備を始めた。

 ディーネ、イフリート、ゴームが、俺を中心に三角形の陣を組み、吹き荒れる暴風から俺を守る、揺るぎない壁となる。

『ハイリスククリエイト』

 詠唱と共に、俺は風の魔力に意識を接続する。

 それは、炎のように熱くなく、大地のように重くなく、水のように形もない。ただ、そこにあるだけの、自由なエネルギー。力でねじ伏せようとすれば、するりと指の間を抜けていく。抑え込もうとすれば、壁を回り込んで逃げていく。

 これは、支配するのではない。誘い、受け入れるのだ。

 俺は自らの魔力で、嵐の中に、ぽつんと凪いだ空間を作り出した。そして、ただ待つ。好奇心旺盛な風が、その静寂に興味を持って、自ら飛び込んでくるのを。

 やがて、一陣の風が、俺の作った凪の中へと、まるで戯れるように舞い込んできた。

(――捕まえた)

 俺は、その風を、優しい魔力で包み込み、自らの血を触媒として、形を与えていく。

 それは、光でも、土塊でもなかった。周囲の木の葉や塵、そして光の粒子が、竜巻のように渦を巻き、その中心で、ゆっくりと小さな人の形が紡がれていった。

 やがて、竜巻が収まると、そこには、背中に蜻蛉のような四枚の羽を持つ、小さな女の子が浮かんでいた。翠色の髪に、悪戯っぽく輝く大きな瞳。その全身から、生命力と好奇心が弾けるように溢れていた。

 彼女は、空中でくるりと一回転すると、目を輝かせながら、俺の目の前に飛んできた。

「わぁ!あんたが、ぼくを作ったの?面白そうじゃん!ねえ、名前は?名前、なんてーの?」

 そのあまりにも天真爛漫な口調に、俺は思わず頬が緩む。

「お前の名前は、シルだ。属性は、風。俺の四人目の家族だ」

「シル!いい名前じゃん!よろしくな、兄ちゃん!」

 彼女は、俺の頭の上に着地すると、きゃっきゃと笑った。その気安さに、ディーネが「こら、スタン様に馴れ馴れしいですよ!」と眉をひそめるが、シルは「えー、いいじゃん別にー!」と舌を出して、どこ吹く風だ。

 パーティーに、新しい風が吹いた。シルは、その小さな体でちょこまかと動き回り、厳格なイフリートにちょっかいを出し、寡黙なゴームの肩によじ登り、ディーネから逃げ回る。その光景は、どこからどう見ても、賑やかな兄妹のようだった。

 俺は、その光景に、心の底から温かい気持ちになり、自然と笑みがこぼれた。

 俺の、家族。

 俺は、その笑顔のまま、この幸せな瞬間を共有しようと、パティの方を振り返った。

 彼女は、こちらを見ていた。そして、俺の笑顔に気づくと、少しだけ躊躇ってから、ふわりと微笑み返してくれた。

 だが、その笑顔は、どこかぎこちなく、彼女の紫色の瞳の奥には、決して拭うことのできない、深い孤独の色が揺らめいていた。

 俺は、新しい家族を得た。

 だが、その代償に、一番最初の、そして一番大切な仲間を、少しだけ、遠ざけてしまったのかもしれない。

 その事実に、俺は気づかないふりをした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ