第22話 自由なる風と、姫君の憂鬱
俺のパーティーは、五人になった。
先頭に立ち、あらゆる障害をその巨体で粉砕する不動の盾、ゴーム。
右翼に控え、灼熱の炎で敵を殲滅する猛る矛、イフリート。
左翼に舞い、変幻自在の水で戦場を支配する静かなる女王、ディーネ。
そして、その中心で全てを指揮する、俺、スタン。
……と、その後ろで、少しだけ所在なさげに歩く、魔王の娘、パティ。
戦闘における俺たちの連携は、もはや一つの生命体のようだった。俺が何かを指示するまでもない。眷属たちは、俺の意思を先読みし、完璧な調和をもって敵を蹂躙していく。
その光景は、あまりにも完成されすぎていた。
パティの強力な魔法は、もちろん今でも絶大な威力を誇る。だが、彼女が詠唱を終える前に、大抵の戦闘は終わってしまっているのだ。彼女は、かつて俺と二人でダンジョンに挑んだ時の、対等なパートナーではなかった。今の彼女の役割は、絶対的な王とその三人の親衛隊が繰り広げる、完璧な戦いを、ただ見守るだけの「客人」。
その事実に、誰よりも彼女自身が気づいていた。口数は減り、その横顔には、時折、焦りと寂しさが入り混じった複雑な影が落ちるようになった。
大地の階層を突破し、俺たちが次にたどり着いたのは、七十一階層から始まる「風哭きの渓谷」と呼ばれるエリアだった。
そこは、常に凄まじい暴風が吹き荒れる、巨大な渓谷地帯だった。足場はおろか、巨大な岩柱が空中に無数に浮かび、それらが風に流されてゆっくりと移動している。一歩足を踏み外せば、奈落の底だ。
「うわっ!」
突風に煽られたパティの体が、ぐらりと傾く。それを、イフリートが巨大な腕で、さりげなく支えた。
「……ありがとう」
「殿の仲間をお守りするのも、我らの役目ゆえ」
そのやり取りに、パティの表情が、さらに曇ったように見えた。
渓谷の中心部、ひときわ巨大な浮遊岩の上で、俺は足を止めた。渦巻く風の中心。この場所には、自由で、奔放で、そして捉えどころのない、純粋な風の魔力が満ち溢れていた。
「……ここで、四人目の眷属を作る」
俺がそう告げると、パティの肩が、微かに震えた。
彼女は、俺の方をゆっくりと振り返る。その瞳は、悲しい色をしていた。
「……また、あなたの『家族』が増えるのね」
それは、非難ではなかった。ただ、どうしようもない事実を、確認するような、か細い声だった。
俺は、初めて、彼女の心に深く踏み込むべきだと感じた。
「パティも、俺の大事な仲間だ。俺にとっては、家族みたいなものだと思ってる」
その言葉に、彼女は力なく首を振った。
「……眷属と、仲間は違うわ」
「……」
「あなたたちが、魂のどこかで繋がっているのは、私にも分かる。それは、私には決して入れない、あなただけの聖域。私は、あなたの『家族』には、なれない」
そう言って、彼女は寂しそうに微笑んだ。俺は、何も言葉を返すことができなかった。
重い沈黙の中、俺は儀式の準備を始めた。
ディーネ、イフリート、ゴームが、俺を中心に三角形の陣を組み、吹き荒れる暴風から俺を守る、揺るぎない壁となる。
『ハイリスククリエイト』
詠唱と共に、俺は風の魔力に意識を接続する。
それは、炎のように熱くなく、大地のように重くなく、水のように形もない。ただ、そこにあるだけの、自由なエネルギー。力でねじ伏せようとすれば、するりと指の間を抜けていく。抑え込もうとすれば、壁を回り込んで逃げていく。
これは、支配するのではない。誘い、受け入れるのだ。
俺は自らの魔力で、嵐の中に、ぽつんと凪いだ空間を作り出した。そして、ただ待つ。好奇心旺盛な風が、その静寂に興味を持って、自ら飛び込んでくるのを。
やがて、一陣の風が、俺の作った凪の中へと、まるで戯れるように舞い込んできた。
(――捕まえた)
俺は、その風を、優しい魔力で包み込み、自らの血を触媒として、形を与えていく。
それは、光でも、土塊でもなかった。周囲の木の葉や塵、そして光の粒子が、竜巻のように渦を巻き、その中心で、ゆっくりと小さな人の形が紡がれていった。
やがて、竜巻が収まると、そこには、背中に蜻蛉のような四枚の羽を持つ、小さな女の子が浮かんでいた。翠色の髪に、悪戯っぽく輝く大きな瞳。その全身から、生命力と好奇心が弾けるように溢れていた。
彼女は、空中でくるりと一回転すると、目を輝かせながら、俺の目の前に飛んできた。
「わぁ!あんたが、ぼくを作ったの?面白そうじゃん!ねえ、名前は?名前、なんてーの?」
そのあまりにも天真爛漫な口調に、俺は思わず頬が緩む。
「お前の名前は、シルだ。属性は、風。俺の四人目の家族だ」
「シル!いい名前じゃん!よろしくな、兄ちゃん!」
彼女は、俺の頭の上に着地すると、きゃっきゃと笑った。その気安さに、ディーネが「こら、スタン様に馴れ馴れしいですよ!」と眉をひそめるが、シルは「えー、いいじゃん別にー!」と舌を出して、どこ吹く風だ。
パーティーに、新しい風が吹いた。シルは、その小さな体でちょこまかと動き回り、厳格なイフリートにちょっかいを出し、寡黙なゴームの肩によじ登り、ディーネから逃げ回る。その光景は、どこからどう見ても、賑やかな兄妹のようだった。
俺は、その光景に、心の底から温かい気持ちになり、自然と笑みがこぼれた。
俺の、家族。
俺は、その笑顔のまま、この幸せな瞬間を共有しようと、パティの方を振り返った。
彼女は、こちらを見ていた。そして、俺の笑顔に気づくと、少しだけ躊躇ってから、ふわりと微笑み返してくれた。
だが、その笑顔は、どこかぎこちなく、彼女の紫色の瞳の奥には、決して拭うことのできない、深い孤独の色が揺らめいていた。
俺は、新しい家族を得た。
だが、その代償に、一番最初の、そして一番大切な仲間を、少しだけ、遠ざけてしまったのかもしれない。
その事実に、俺は気づかないふりをした。




