第21話 鋼の忠臣、大地の揺りかご
俺のパーティーは四人となった。
静かなる水のディーネ、猛る炎のイフリート。二人の眷属は、その属性の如く、実に対照的だった。
「スタン様、喉が渇いていらっしゃるのでは。魔法で生成した清水です。どうぞ」
ディーネが、氷の杯に注いだ冷水を差し出す。
「殿、長時間の探索は体力を消耗します。炎で炙った、熱い干し肉を」
イフリートが、懐から取り出した武骨な干し肉を差し出す。
「……ありがとう、二人とも」
俺が苦笑しながら両方を受け取ると、二人は互いに「ふん」と鼻を鳴らし、そっぽを向いた。彼らの間には、どちらが俺の一番の腹心であるかを競う、静かなる闘争が常に存在していた。
そして、そんな俺たちを、パティは少し離れた場所から眺めている。
彼女は、もはや俺の規格外の行動に口を挟むことはなかった。だが、その瞳には、諦めや呆れとは違う、何か別の感情が宿り始めていた。それは、自分だけがスタンの「創造物」ではないという、仲間外れにされた子供のような、ほんの少しの寂しさ。
俺は、それに気づかないふりをしながら、黙々とダンジョンの深層を目指した。
溶鉱炉のような灼熱地帯を突破し、俺たちが次たどり着いたのは、六十一階層から始まる「巨人の庭」と呼ばれるエリアだった。
そこは、天井という概念が存在しないかのような、途方もなく巨大な地下空洞だった。天井からは鍾乳石のように巨大な岩柱が垂れ下がり、壁には色とりどりの鉱石が、まるで星々のように埋め込まれてキラキラと輝いている。空気は、ひんやりとして、どこか懐かしい土の匂いがした。
「……すごい。まるで、世界が生まれたばかりの頃の景色のようですわ」
パティが、感嘆の息を漏らす。
この階層は、その名の通り、岩や土でできた巨人「アース・タイタン」や、鉱石の体を持つゴーレムが闊歩する、大地の魔力が凝縮された場所だった。
そして、俺はこの場所こそが、三人目の眷属を生み出す揺りかかごにふさわしいと、直感していた。
「……またですの?」
俺が儀式の準備を始めると、パティが呆れたように言った。
「あなた、眷属を増やすのが趣味になりましたのね」
その言葉には、前のような本気の心配ではなく、もはや慣れてしまったという響きがあった。
「趣味じゃないさ。必要だからだ」
俺が真剣な目で答えると、彼女はそれ以上何も言わず、ディーネとイフリートと共に、俺の周囲の警戒態勢に入ってくれた。
儀式は、三度目となっても緊張に満ちていた。
『ハイリスククリエイト』
詠唱と共に、俺は自らの魔力を、この空間に満ちる大地の魔力へと接続する。
炎の魔力が荒れ狂う奔流だったとすれば、大地の魔力は、どこまでも重く、どこまでも頑固な、動かざる岩盤だった。俺の魔力が、その岩盤をこじ開けようと、凄まじい圧力をかける。だが、大地の魔力はびくともしない。
これは、力と力のぶつかり合いではない。どちらが先に根負けするか、魂の持久戦だ。
俺は、無限に生成される魔力を、ただひたすらに、一点に集中させ続けた。
一時間、二時間……。
精神が、その途方もない重圧にすり潰されそうになる。だが、俺は歯を食いしばり、耐え続けた。
そして、ついに、その瞬間が訪れた。
ミシッ、と空間そのものが軋むような音がしたかと思うと、頑なだった大地の魔力が、ついに俺の意思に屈服した。
光が迸るのではない。音が爆ぜるのでもない。
俺の周囲の地面が、壁が、鉱石が、まるで磁石に吸い寄せられる砂鉄のように、魔法陣の中央へと集束していく。
ガガガガガ、ゴゴゴゴゴ……!
岩が砕け、鉱石が溶け、土が混じり合い、それは、やがて一体の、小柄ながらも、尋常ではないほどの密度と重量感を持つ、人型の何かを形成した。
やがて、再構築が終わり、静寂が訪れる。
そこに立っていたのは、身長は俺とさほど変わらないが、横幅はその倍はあろうかという、ずんぐりむっくりとした男だった。その肌は磨かれた花崗岩のような質感を持ち、瞳は、まるでダイヤモンドのように、硬質な光を宿していた。
その男は、俺の前に進み出ると、片膝をつき、深く頭を垂れた。
「我が主よ。ご命令を」
その声は、地底の奥深くから響いてくるような、低く、重い振動を伴っていた。
俺は、彼に触れ、その存在を確かめるように言った。
「お前の名前は、ゴームだ。属性は、土。俺の揺るぎなき、三番目の家族だ」
大地の魔力を注ぎ込むと、ゴームはそれを、まるで乾いた大地が恵みの雨を吸い込むように、静かに、しかし確実に取り込んでいった。
「ゴーム。我が名、魂に刻みました」
彼は立ち上がると、その両拳を胸の前で力強く打ち合わせた。
「この身は、主の揺るぎなき盾となり、この拳は、主の揺るぎなき槌となりましょう」
その言葉には、ディーネの献身とも、イフリートの忠誠とも違う、何者にも砕くことのできない、絶対的な「信頼」が込められていた。
静水のディーネ、烈火のイフリート、そして、不動のゴーム。
俺の傍らに立つ三体の眷属。それは、まるで世界の理を体現するかのような、完璧な布陣だった。
パティは、その光景を、ただ息を呑んで見つめていた。彼女と俺たちとの間に、また一つ、見えない境界線が引かれてしまったかのように。
水、火、土……。世界の基礎が、三つ揃った。
だが、まだ足りない。
俺の「家族」が、俺だけの「城」が完成するまでは、この歩みを止めるわけにはいかない。
俺は、新たな決意を胸に、さらに深いダンジョンの闇へと、視線を向けた。




