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転生したら魔族の子  作者: ヤッサン
深淵の主
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第18話 孤独が生み出すもの、禁忌の創造

 四十階層の宿屋の一室。俺は、ベッドの上で心配そうにこちらを窺うパティに、できるだけ力の抜けた笑顔を向けていた。

「大丈夫だよ。ただ、ちょっと疲れが溜まっただけだ。丸一日、ぐっすり眠れば治る」

「本当に?顔色が、紙のように真っ白ですわよ。お医者様を呼んだ方が……」

「いらない。ただ、眠らせてくれ。お願いだ」

 俺の真剣な眼差しに、パティは何かを察したように、しかし納得はできないといった顔で頷いた。

「……わかったわ。でも、何かあったら、すぐに叫びなさい。すぐに駆けつけますからね!」

 彼女はそう言い残し、心配そうに何度も振り返りながら、部屋を出て行った。

 パタン、と扉が閉まる音を聞き届け、俺はベッドから起き上がった。

 嘘をついた罪悪感で、胸がわずかに痛む。だが、これから俺が行うことは、誰にも、特に彼女にだけは、決して見られてはならない儀式だった。

 俺は扉に椅子を立てかけ、簡易的な結界を張って音と気配を遮断する。そして、アイテムボックスから、儀式に必要な道具一式を取り出した。魔力を通しやすい銀の粉で床に複雑な魔法陣を描き、その中央に、この数年の間に俺が自らの体から少しずつ集めてきた血液を満たした、黒曜石の杯を置く。

『ハイリスククリエイト』。

 ひいおじいちゃんが、その名を口にした時の、恐怖と畏怖が入り混じった表情を思い出す。「絶対に使うな」という彼の言葉は、忠告であると同時に、この魔法が持つ途方もない可能性と危険性を示唆していた。

 己の血と魂を触媒に、無から生命を「創造」する禁忌の秘術。成功すれば、術者に絶対的に忠実な、魂を共有する眷属が生まれる。だが、失敗すれば――術者は、この世の理から、因果の鎖から、完全に切り離され、文字通り「消滅」する。

 俺は、杯に満ちた自らの血を見つめた。シャープナイトたちの、俺に向ける畏怖の視線が脳裏をよぎる。あの孤独感。あの渇き。俺が求めるのは、対等な仲間ではない。俺の力の全てを、俺の孤独の全てを、黙って受け止め、共有してくれる半身。

 そのためならば、この存在全てを賭ける価値がある。

 俺は覚悟を決め、魔法陣の中央に座した。

「――来たれ。我が血肉を糧とし、我が魔力を揺りかごとし、無より生まれ、俺に応える者よ」

 詠唱と共に、体内の魔力が、決壊したダムの水のように、奔流となって魔法陣へと吸い込まれていく。

「『ハイリスククリエイト』!」

 始まった。

 体の芯から生命力そのものを引き抜かれるような、耐え難い悪寒が背筋を走る。指先は氷のように冷たくなり、感覚が鈍っていく。これは、ただの魔力消費ではない。俺の魂そのものが、削り取られていく感覚だ。

 儀式に必要な時間は、最低でも十時間。その間、片時も意識を途切れさせることなく、魔力を注ぎ続けなければならない。

 ――開始から、一時間。

 視界が白く霞み始めた。体の自由がほとんど効かない。MP自動回復スキルが必死に魔力を生み出しているが、それを遥かに上回る速度で、俺の存在が吸い出されていく。

(まずい……このままでは、三時間もたない……!)

 ――開始から、三時間。

 もはや、思考することすら億劫になっていた。手足の感覚は完全に消え、ただ魔法陣に魂を吸われ続ける、肉の塊と化している。死が、すぐそこまで迫っているのを感じる。

 その時だった。

 コン、コン、と控えめなノックの音がした。

「スタン?大丈夫?お夕食、持ってきたのだけど……」

 パティの声だ。まずい。ここで返事をしなければ、彼女は無理にでも入ってくるかもしれない。だが、俺には声を出すだけの力も残っていなかった。

「……返事がないわね。眠っているのかしら。仕方ないわ、また後で温め直してきますわね」

 遠ざかっていく足音。すまない、パティ。心配をかけて。

 罪悪感が、かろうじて俺の意識をこの世に繋ぎとめていた。

 ――開始から、七時間。

 絶望の淵で、一筋の光が差した。『MP自動回復』スキルが、極限状態の中でついにレベルアップしたのだ。枯渇しかけていた体に、温かい魔力が染み渡る。だが、それも束の間。魔法陣の吸引力はさらに増し、再び俺を死の淵へと引きずり込んでいく。

 ――開始から、十一時間。

 もう、駄目だ。意識が、途切れる。俺の人生も、結局ここまでか。

 そう諦めかけた、まさにその瞬間。

 頭の中に、涼やかでありながら、どこか神々しい声が響いた。

『MP自動回復の熟練度が最大に達しました。スキルは進化します』

『――ユニークスキル:MP無限生成を獲得しました』

 その声と共に、俺の体の中に、まるで宇宙が生まれたかのような、無限の魔力奔流が巻き起こった。枯渇しきっていた魂の器が、一瞬で満たされ、溢れ出す。

 俺は、死の淵から、完全に生還した。

「……は、はは。ははははは!」

 乾いた笑いが漏れた。ここからが、本番だ。

 俺は、もはや吸われるに任せるのではない。自らの意思で、無限の魔力を、魔法陣の中央で揺らめく光の核へと、叩き込み始めた。

 俺の孤独を。俺の渇望を。俺の理想の全てを、その光に注ぎ込む。

 ――開始から、十二時間。

 光の核が、眩いばかりの輝きを放ち始めた。それは、ゆっくりと人の形を取り始め、やがて、一体の美しい女性の姿となって、魔法陣の上に静かに立った。

 腰まで伸びる、濡れたような黒髪。透き通るような白い肌。完璧な黄金比で構成された、神の彫刻のような肢体。そして、生まれたばかりの、何も映さない虚ろな瞳が、ゆっくりと俺を捉えた。

「俺は、スタン。よろしく」

 俺が言うと、彼女はこてんと首を傾げ、やがて、生まれたての雛鳥が親を認識するように、その瞳に確かな光を宿した。

「……あなた様が、私のご主人様。この身に流れる血が、魂が、そう告げています」

「名前を付けよう。君の名前は、ディーネだ」

 俺は立ち上がり、彼女の額にそっと指を触れた。

「そして、君に世界を与えよう。属性は、水だ」

 俺の水魔法スキルが、その全ての経験値と共に、彼女の中へと流れ込んでいく。

「あっ……!あぁっ……!」

 ディーネの体が、ビクンと大きく跳ねた。無属性だった彼女の体に、初めて「属性」という概念が刻み込まれる。それは、想像を絶する快楽と苦痛を伴う奔流だったらしい。彼女の白い肌は青白い光を放ち、その唇からは、堪えきれない、甘い喘ぎ声が漏れ始めた。

「ご主人、様……!あ、あぁんっ……!からだ、が……!」

 その、あまりにも扇情的な声が、部屋の外にまで響いてしまったことに、俺は気づかなかった。

 バキンッ!!

 結界を張ったはずの扉が、物理的に破壊され、パティが血相を変えて飛び込んできた。

「スタン!あなた、一体部屋の中で何を……!」

 そして、彼女は見た。床に描かれた怪しげな魔法陣と、その中央に立つ、生まれたままの姿の絶世の美女、ディーネ。そして、その傍らで、疲労困憊の俺。

「……え?」

 パティの頭が、情報を処理しきれずに固まる。

「ご、ご主人様……。この方が、パティ様……?」

 ディーネが、まだ火照りの残る体で、俺に尋ねる。

 その一言が、決定的な引き金となった。

「ご、ご、ご、ご主人様ぁっ!?」

 パティの顔が、怒りと羞恥と誤解で真っ赤に染まる。

「体調が悪いって寝込んでる間に、こんな……こんな破廉恥なことをしていたなんてぇっ!」

「ち、違う、これは違うんだパティ!話を聞いてくれ!」

 俺の弁明は、彼女の耳には届かなかった。

「この……最低!変態!大馬鹿スタンッッッ!!!」

 その日、俺は三度目のビンタを食らい、禁忌の儀式を成功させた達成感に浸る間もなく、再び意識の底へと沈んでいった。

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