第17話 束の間の仲間と、神の視点
静まり返った地底湖に、リーダーの男――ソルニの問いが重く響き渡った。
「君たちは……一体?」
その問いに、生き残った彼の仲間たちも、感謝と、それ以上に純粋な畏怖を宿した瞳で俺たちを見つめている。
俺は、五歳児らしい、できるだけ無邪気な笑顔を作って答えた。
「俺はスタン。こっちはパティ。見ての通り、ただの冒険者だよ」
「ただの……冒険者……」
ソルニは、俺の言葉と、目の前に広がる氷漬けの魔物の群れとを見比べ、乾いた笑いを漏らすしかなかった。
彼らの自己紹介によれば、クラン「シャープナイト」は、リーダーで剣士のソルニ、無口な女戦士のチャニス、回復術士のホルル、そして陽気な槍使いのイボンへの四人で構成されているらしい。彼らは実力不足を承知の上で、一攫千金を夢見て深層に挑み、返り討ちに遭ったのだという。
「このままでは、地上に戻ることすら叶わない。不躾な願いとは分かっているが……どうか、四十階層の転移石がある場所まで、我々を護衛してはもらえないだろうか」
ソルニが、深く頭を下げた。
「別に構いませんわ。どうせ通り道ですもの」
パティが、少し偉そうに、しかし優しさの滲む声で答える。俺も頷いた。
「わかった。パーティーを組もう」
俺がギルドカードを取り出すと、ソルニも慌ててカードを重ね合わせた。その瞬間、俺のステータスに彼ら四人の名前が追加され、同時に、俺の魂に根ざしたスキルが、新たな段階へと進化するのを感じた。
『スキル:フィックストグロウがレベル3に上昇しました』
スキルの共有範囲が、俺の意思で選択できるようになったらしい。面白い。この束の間の仲間たちにも、少しだけお裾分けをしてやるとしよう。
俺がそう念じると、シャープナイトの面々の体から、淡い光が一瞬だけ溢れた。
「なっ!?なんだ、今のは……?」
イボンヘが驚きの声を上げる。
「身体が、急に軽くなった……傷の痛みも引いていく……」
ソルニも、自分の拳を握りしめながら、信じられないといった表情をしていた。
「俺のスキルと、相性が良かったみたいだ。気にしないで」
俺がそう言うと、彼らはますます得体の知れないものを見るような目で俺を見つめた。
「さて、行こうか」
俺はパーティー全員の体を、極薄の見えない炎の膜で覆った。
「これは……?」
「ただのお守りだよ。『ファイヤーウォール』っていうんだ」
俺たちの奇妙な護衛任務は、そうして始まった。
そして、シャープナイトの面々は、すぐに自分たちが体験していることが、冒険ではなく、一方的な蹂躙であることを思い知る。
彼らの前では死闘を繰り広げた水棲魔物たちが、俺たちの進路上に現れた瞬間、俺が展開した見えない炎の膜に触れ、悲鳴を上げる間もなく蒸発していくのだ。彼らは、ただ武器を構えたまま、呆然と前を歩くだけ。それは、もはや護衛任務というより、安全な観光ツアーに近かった。
あまりの緊張感のなさに、陽気なイボンヘが、ソルニにこっそり耳打ちするのが聞こえた。
「隊長……あの二人、どう見てもただのガキじゃないっすよ。というか、あの歳にして、もうおしどり夫婦の風格すらありませんか?」
「馬鹿、聞こえるだろ!」
ソルニが慌てて制するが、時すでに遅し。
「なっ……!だ、誰がおしどり夫婦ですって!?」
パティの顔が、カッと赤く染まる。その反応を見て、回復術士のホルルと、今まで一言も喋らなかったチャニスが、くすくすと肩を揺らして笑った。気まずい雰囲気は、その一件で一気に和やかなものへと変わっていった。
三十九階層を突破し、俺たちはついに四十階層のエリアボスの部屋の前にたどり着いた。
「この先にいるのは、水の大蛇『リバーサーペント』だ。再生能力が高く、一筋縄ではいかない強敵だ……。全員、覚悟を決めろ!」
ソルニが、悲壮な覚悟で仲間たちを鼓舞する。その必死な様子に、俺とパティは顔を見合わせて、少しだけ申し訳ない気持ちになった。
重い扉を開け、ボス部屋に足を踏み入れる。
広大な空間の中央を流れる地下水路から、巨大な蛇の魔物が、凄まじい水しぶきを上げてその姿を現した。
「「「「シャアアアアアアアッ!!」」」」
リバーサーペントが、耳をつんざくような威嚇の咆哮を上げた、その時だった。
その巨体が、俺のファイヤーウォールに、ほんのわずかに触れた。
ジュウウウウウウウウッ!!
まるで、巨大な肉塊を熱した鉄板に押し付けたような、凄まじい音が響き渡る。
リバーサーペントは、攻撃を繰り出すことすらできず、その巨体を断末魔のようにくねらせながら、一瞬で蒸発し、水蒸気と、ひときわ大きな魔石だけを残して消滅した。
後に残されたのは、絶対的な静寂と、武器を構えたまま硬直するシャープナイトの面々だった。
「…………終わった、のか……?」
ソルニが、力なくその場に膝をついた。
ボスを倒したことで出現した転移石の前で、俺たちはシャープナイトと別れの挨拶を交わした。
「……君たちは、一体何者なんだ。いや、もう聞くのはよそう」
ソルニは、感謝の言葉すら見つけられないといった様子で、ただ深く、深く頭を下げた。
「この恩は、命に代えても必ず返す。地上で会ったら、必ず声をかけてくれ。君たちは、もはやただの子供ではない。まるで、神話の登場人物のようだ」
そう言い残し、彼らは転移石の光の中へと消えていった。
再び二人きりになった俺たちは、四十階層の宿屋へと向かう。
道すがら、俺は自分の小さな手のひらを見つめていた。
人を守る力。敵を蹂躙する力。そのあまりの絶対的な力は、同時に、俺と他の者たちとの間に、決して埋めることのできない深い溝を刻んでいた。
彼らが俺に向けるのは、感謝や尊敬ではない。神や悪魔に向けるような、畏怖の念だ。
俺は、本当の意味で、誰かと肩を並べて戦うことなどできないのかもしれない。
ならば、求めるべきは対等な「仲間」ではない。
俺の力を、俺の孤独を、完全に理解し、その上で、俺の半身となってくれる絶対的な「身内」。
そんな存在を、俺自身の手で「創造」することはできないだろうか。
ひいおじいちゃんから、禁忌の魔法として教わった、あのハイリスクな秘術。
『ハイリスククリエイト』。
その危険な考えが、俺の頭の中に、確かな輪郭を持って浮かび上がっていた。




