第14話 スライムたちの悪戯と、消えゆく衣服
十階層を突破した俺たちは、階層の合間に設けられた安全地帯の宿屋で一夜を明かした。そして翌日、新たな決意と共に十一階層へと足を踏み入れる。
そこから先は、ダンジョンの様相が一変した。
「……じめじめしますわね」
パティが、不快そうに眉をひそめる。
壁や床は常に湿っており、洞窟全体がぬるりとした粘液の膜で覆われているかのようだ。空気はカビと苔の匂いが混じり合い、足元にはいたるところに水たまりならぬ粘液たまりができていた。
「スライム系の魔物が出るエリアね。一体一体は弱いはずだけど……」
パティの言葉通り、すぐに前方の通路から、半透明のゲル状の魔物が十数匹、ぷるぷると震えながら現れた。
「さっさと片付けましょう!」
俺たちは、大群を相手にするまでもないと判断し、それぞれ近接戦闘でスライムを処理していく。パティは優雅な剣さばきでスライムを切り裂き、俺は拳で殴りつけて粉砕する。粘液が飛び散り、俺たちの冒険服を濡らしたが、気にも留めなかった。それが、この後に訪れる悲劇の始まりだとも知らずに。
十二階層からは、さらに厄介なことに、ダンジョンが深い闇に包まれた。光源は、壁に自生するぼんやりとした光ゴケと、時折現れるスライム自身が放つ淡い光のみ。視界は数メートル先までしか効かない。
「これでは、奇襲に対応が遅れますわね。スタン、警戒を怠らないで」
「ああ、分かってる」
闇の中、俺たちは背中を預けるようにして、慎重に進んでいった。スライムたちの奇襲は、その全てを俺の「魔力感知」が捉えており、危険はなかった。だが、俺たちは、もっと静かで、たちの悪い別の何かに、ずっと蝕まれ続けていたのだ。
十四階層に到達した頃だった。
「……なんだか、風通しが良くなった気がしませんこと?」
パティが、不思議そうに首を傾げた。
「そうか?ダンジョンの構造が変わったんじゃないか?」
俺も、自分の服が少しだけ緩くなったような気がしたが、激しい戦闘による消耗だろうと、大して気にも留めていなかった。
異変が確信に変わったのは、十八階層。
ひときわ大きな光ゴケの群生地を見つけ、俺たちが小休止のために立ち止まった時のことだ。
ぼんやりとした光に照らし出された互いの姿を見て、俺とパティは、同時に固まった。
俺の着ていた、あの高価な冒険服は、至る所が擦り切れ、布地は薄くなり、まるで何年もの間、風雨に晒されたボロ布のようになっていた。
そして、パティの姿は、それ以上に悲惨だった。
彼女のドレスは、もはやドレスと呼べる代物ではなかった。スカートはズタズタに裂け、太ももがあらわになっている。上半身も、布地の大部分が溶け落ち、彼女の豊かな胸の膨らみを、かろうじて数本の繊維が隠しているだけの、あまりにも扇情的な姿だった。
「…………え?」
パティが、呆然と自分の体を見下ろす。そして、ゆっくりと顔を上げ、俺の姿を見る。
俺たちの脳裏に、一つの結論が浮かび上がった。スライム。奴らを倒した時に飛び散った、あの粘液。あれは、ただの粘液ではなかった。装備品を、ゆっくりと溶かす酸だったのだ。
「…………………………………………きゃあああああああああああっ!!」
ダンジョンが震えるほどの絶叫が響き渡る。パティの顔が、沸騰したかのように真っ赤に染まった。
「み、み、見ないで、この変態スタンッ!!」
パァン!
閃光のようなビンタが、俺の頬に炸裂した。あまりの理不尽さと衝撃に、俺は為す術もなく吹き飛ぶ。そして、壁に叩きつけられた衝撃で、俺の服の、かろうじて繋がっていた最後の部分が、ぷつりと音を立てて切れ落ちた。
……こうして、俺とパティは、ほぼ全裸という、冒険者としてあるまじき姿で、ダンジョンを攻略する羽目になった。
二十階層のボス部屋までの道のりは、地獄のような気まずさに満ちていた。互いに視線を合わせず、一言も口を利かない。ボス部屋の前は、幸いなことに明るい空間だったが、それが余計に俺たちの羞恥心を煽った。
「……あ、あのボス、スタンが一人で倒してきなさい!私はここで待ってるから!」
パティは、壁の陰に隠れながら、涙目でそう命じた。
俺は一人でボス(スライムジェネラル)を瞬殺し、彼女の元へ戻った。
そして、その時だった。俺の脳裏に、天啓のように、ある一つの事実が舞い降りた。
「あ……」
「な、何よ……」
「服……。アイテムボックスに、予備が、あった……」
俺の言葉に、パティもまた、はっと目を見開いた。彼女も、完全に忘れていたのだ。
だが、その安堵の表情は、すぐに深い、深い疑惑の色へと変わった。
「……あなた。まさか、とは思うけど……わざと……?」
「ち、違う!そんなわけないだろ!俺だって、本当に今、思い出したんだ!」
俺は必死に弁明する。だが、そこで致命的な一言を付け加えてしまった。
「確かに、パティのその……なんというか、大胆な姿も、すごく魅力的だとは思ったけど!でも、それはそれ、これはこれで……!」
「………………」
パティの笑顔が、すっと消えた。
「この……大馬鹿変態スタンッッッ!!!」
その日、俺は二度目のビンタを食らい、再び意識を失った。




