第13話 奇妙な追跡者と十階層の主
宿屋の前に立ちはだかる、四人の見慣れた男たち。『クレイジー・レジェンズ』。彼らの顔には、昨日の屈辱と、それを無理やり糊塗するような虚勢が浮かんでいた。
「よぉ、待たせたな」
リーダーのトカタケが、へし折れた剣の代わりに、錆びついた棍棒を肩に担いでニヤリと笑う。
「昨日の借りは、きっちり返させてもらうぜ。有り金全部置いて、その女もここに置いていきな!」
「……あなたたち、まだそんなことを言っているのですか。学習能力というものが、欠如しているようですわね」
パティが、心底軽蔑した、という声音で冷たく言い放つ。
その時だった。リーダーの背後にいた仲間の一人が、おずおずと口を開いた。
「あ、兄貴……。俺たち、本当は、その……」
「ああん?なんだよ、ハッキリ言え!」
「だ、だから!本当は、仲間にしてほしくて……!」
下っ端の男が、涙目でそう叫んだ瞬間、場の空気が凍りついた。
リーダーのトカタケが、ギギギ、と油の切れたブリキ人形のように振り返る。
「ば、馬鹿野郎!誰がそんなこと言った!俺たちは、こいつらに……そう、借りを返しに来ただけだ!」
その狼狽ぶりは、図星であることを何よりも雄弁に物語っていた。彼らは、俺たちの圧倒的な力を目の当たりにし、その強さにあやかろうと、虎の威を借る狐になろうとしたのだ。
「あなたたちと仲間になるくらいなら、ゴブリンと茶飲み話をする方が、よほど有意義ですわ」
パティの容赦ない一言が、彼らの心を抉る。
俺は、静かに一歩前に出た。
「ごめん。俺たち、二人で大丈夫だから。どいてくれる?」
俺が何の魔力も込めずに、ただそう言って歩を進めただけ。
それだけで、四人の男たちは「ひっ!」と短い悲鳴を上げ、後ずさった。彼らの本能が、目の前の五歳児が、自分たちでは決して敵わない、次元の違う存在だと告げていた。
彼らはすごすごと道を開けると、「お、覚えてやがれ!近道使って、ぜってー先に行ってやるからな!」と、またしてもテンプレートな捨て台詞を残して、森の奥へと逃げ去っていった。
「……本当に、救いようのない方たちですわね」
「うん。もう会わないといいな」
俺たちは気を取り直し、再びダンジョンの深層を目指して歩き始めた。
六階層から九階層までは、大きく景色が変わった。天井から巨大なキノコが生え、胞子が燐光を放つ幻想的な森。壁一面が水晶に覆われ、乱反射する光が目を眩ませる洞窟。俺たちは、時折現れる魔物を危なげなく処理しながら、着実に階層を下っていく。
やがて、俺たちの目の前に、ひときわ巨大な扉が現れた。扉には、ゴブリンたちの歪んだ顔が無数に彫り込まれ、隙間からは、血と臓物の腐ったような、不吉な臭気が漂ってくる。
「十階層、エリアボスの部屋ね」
パティがゴクリと唾を飲む。
俺たちは頷き合うと、重い扉を押し開けた。
その先は、巨大な玉座の間のような、広大な空間だった。そして、空間を埋め尽くす、おびただしい数のゴブリン、ゴブリン、ゴブリン。鎧を纏ったゴブリン・ファイター、弓を構えるゴブリン・アーチャー、怪しげな杖を持つゴブリン・メイジ。その全てが、玉座にふんぞり返る、一際巨大な魔物――ゴブリン・ジェネラルに傅いていた。
「……これは、やりがいがありそうですわね」
「ああ。一匹残らず、掃除しちゃおう」
俺とパティは、再び互いの手を前に突き出した。
「行くわよ、スタン!」
「いつでもいいよ、パティ!」
「「ハリケーン!!」」
二人の魔力が合わさり、先ほどの風の刃とは比べ物にならない、巨大な嵐の渦が生まれた。それは、もはや魔法というより、天災そのものだった。
ゴブリンたちの悲鳴は、暴風の轟音の中に吸い込まれ、抵抗する間もなく、その体は塵となって引き裂かれていく。玉座に座していたジェネラルも、例外ではなかった。
やがて、嵐が過ぎ去ると、広大な空間は不気味なほど静まり返っていた。そして、フロアの中央には、キラキラと輝くドロップアイテムの、小高い山ができていた。
「……また、少し、やりすぎましたわね」
パティが、どこか遠い目をして呟いた。
『レベルが14に上昇しました』
心地よい高揚感と共に、俺の体に新たな力が満ちる。
その時、隣にいたパティが、不思議そうな顔で自分の手のひらを見つめていた。
「おかしいわ……。レベルは1つしか上がっていないのに、体内の魔力が、信じられないくらい増えている……。こんなこと、ありえないのだけれど」
彼女は、混乱した様子で俺の顔を見る。
俺は、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ返すと、にっこりと笑ってみせた。
「さあ?……俺と一緒だから、じゃないかな。きっと、俺たち、すごい仲良しなんだよ」
俺の言葉に、パティは一瞬きょとんとした顔をしたが、やがて、その頬を微かに赤く染め、ぷいっと顔を背けた。
俺たちは、ジェネラルのものと思われる、ひときわ大きな魔石を拾い上げると、次の階層へと続く階段へと向かった。
彼女が俺のスキルに気づくのは、まだ、もう少し先の話だ。




