第12話 イカれた伝説と一つ屋根の下
ダンジョン三階層は、二階層の騒がしさが嘘のように静かだった。俺とパティは戦闘と探索のリズムにも慣れ、順調に歩を進めていた。彼女の放つ炎の魔法が通路を照らし、俺がその背後を守る。言葉を交わさずとも、互いの呼吸が合っていくのが分かった。
そんな穏やかな探索行を、品のない大声が唐突に引き裂いた。
「よぉよぉ!こんな薄暗いとこに、可愛いお嬢ちゃんとガキんちょがいるじゃねえか。二人っきりで、おままごとでもしてるのかい?」
振り返ると、そこに立っていたのは、趣味の悪い、ちぐはぐな鎧を身につけた四人組の男たちだった。金ピカの肩当てに、髑髏の意匠の兜。統一感というものが全くない。
リーダー格と思しき男が、一歩前に出ると、ビシッと天を指さし、芝居がかった口調で叫んだ。
「その者、天に愛されず!地に見放され!だが、己の伝説だけを信じて突き進む!我らこそぉ!『クレイジー・レジェンズ』!」
ポーズを決めた男の背後で、仲間たちが「「レジェンズ!レジェンズ!」」と間の抜けた合いいの手を入れる。
……しん、と静まり返る通路。俺とパティは、ただただ冷めた目で見つめていた。
「……で、その……伝説の方々が、俺たちに何か用かな?」
俺が尋ねると、リーダーの男は気を取り直したように、下卑た笑みを浮かべた。
「おうよ!そこのお嬢ちゃん、どうだ?こんなガキのお守りなんかやめて、俺たちと一緒に行かねえか?このダンジョンの素晴らしい景色を、たっぷり見せてやるぜ?」
「お断りしますわ。あなた方のような下品な方々と、一秒でも同じ空気を吸いたくありません」
パティが、凍てつくような視線で、ばっさりと切り捨てる。
「な、なんだとぉ!このアマ!俺たち『クレイジー・レジェンズ』様の、栄誉ある誘いを断るたぁ、いい度胸じゃねえか!おい、お前ら、分かってるな!やっちまえ!殺すなよ、そこのお嬢ちゃんは身ぐるみ剥いで、じっくりと『教育』してやるからな!」
下劣な号令と共に、男たちが俺たちを囲むように散開する。
「スタン……どうやら、虫けらの駆除が必要なようですわね」
「ああ。五秒で終わらせる」
「おらぁ!」
リーダーの男が、一番に大剣を振りかぶって斬りかかってきた。その刃が俺に届く寸前、俺は伸ばした人差し指と中指で、剣の側面を軽く弾いた。
キィン!という甲高い金属音と共に、鋼鉄の剣があっけなく真っ二つにへし折れる。
「なっ!?」
驚愕に目を見開く男の、そのがら空きの腹部に、俺はそっと小指を押し当てた。
「ぐぼっ!」
男はカエルの潰れたような呻き声を上げ、先ほど食べたであろう昼食を派手に撒き散らしながら、その場に崩れ落ちた。
「て、てめえ!兄貴に何しやがった!」
今度は、拳法家のような構えの男が、俊敏な動きで突進してくる。彼の拳は、唸りを上げて俺の顔面に迫る。俺はただ、ひらりと半身をずらした。空を切った拳の勢いで、男の体が俺の横を通り過ぎる。そのすれ違いざま、俺の手が、まるで舞い散る木の葉のような優雅さで、男の首筋に軽く触れた。
「……え?」
男は、自分の身に何が起きたか理解できないまま、白目を剥いて、糸の切れた人形のように静かにその場に倒れ伏した。
残った二人のチンピラは、目の前の光景が信じられないといった様子で顔を見合わせると、完全に戦意を喪失。「お、覚えてろよぉ〜!」という、負け犬の遠吠えにも等しいお決まりのセリフを残し、倒れた仲間を担いで逃げ去っていった。
「……本当に、五秒でしたわね」
パティが、呆れたような、それでいて少し楽しそうな声で言った。
その日の夕方。五階層まで順調に進んだ俺たちは、フロアの隅にぽつんと佇む宿屋で、一泊することにした。
「申し訳ありませんが、あいにく一部屋しか空いておりませんで」
宿主の言葉に、俺とパティは顔を見合わせる。
「……っ!……しょうがないわね。それで、お願いするわ」
パティの頬が、わずかに赤く染まっている。
通された部屋は、ベッドが二つ、申し訳程度に置かれただけの、殺風景なものだった。
「い、言っておくけど!」
部屋に入るなり、パティがビシッと俺を指さす。
「この床の線からこっちが私の陣地!一歩でも越えたら、今度こそ命はないと思いなさい!」
彼女が杖で床に線を引くと、そこにかすかな魔力の光が走り、物理的な境界線が生まれた。
「分かった分かった。それより、疲れたからもう寝るよ。おやすみ」
「え……?」
俺が彼女の剣幕を意に介さず、さっさと自分のベッドに潜り込むと、パティは何か言いたげに口を半分開けたまま、固まってしまった。だが、俺の意識は、心地よい疲労感と共に、あっという間に眠りの底へと落ちていった。
翌朝。俺が目を覚ますと、なぜかパティはひどく不機嫌だった。
朝食の間も一言も口を利かず、ぷりぷりと怒りながら、さっさと宿屋を出ていってしまう。
「ちょっと待てよ、パティ!」
俺が慌てて彼女の後を追って宿屋の出口に立った、その時。
昨日聞いたばかりの、そしてもう二度と聞きたくなかった不快な声が、俺たちの背後から響いた。
「よぉ!奇遇じゃねえか!昨日はよくもやってくれたな、てめえら!」
そこに立っていたのは、顔に青あざを作りながらも、見事に復活を遂げた『クレイジー・レジェンズ』の四人組だった。
「ちょっと待ちな!!」




