第11話 共鳴する力と静かなる支配者
ダンジョンの一階層は、不気味なほど静かだった。
ひんやりとした石造りの通路に、俺たちの足音だけが虚しく響く。本来なら、ゴブリンやスライムといった最下級の魔物がうろついているはずの場所。だというのに、その気配は全く感じられなかった。
「おかしいわね……」
パティが、美しい眉をひそめて呟く。彼女は片手を腰の短剣に添え、常に警戒を怠らない。
「まるで、何かに怯えて、全ての魔物がいなくなったみたい。これほど静かな一階層なんて、聞いたことがないわ」
「……ああ、そうだな」
俺は短く相槌を打った。俺のスキル「魔力感知」は、このフロアに残る微かな魔物の残滓と、そしてそれらを遥かに上回る、巨大で凶暴な何かがつい最近通り過ぎたかのような、不吉な痕跡を捉えていた。パティを不安にさせないよう、そのことは胸の内に秘めておく。
敵がいないのなら、進むまでだ。俺たちは、階下へと続く階段を目指して、広々とした通路を歩き始めた。
道中、手持ち無沙汰になったパティが、この世界のパーティーシステムについて教えてくれた。
「ダンジョンに二人以上で入ると、その集団は一つのパーティーとして、ダンジョンの法則に自動的に認識されるの。そうすると、誰かが敵を倒した時に得られる経験値が、パーティーメンバー全員に共有されるようになるのよ」
「へぇ、便利な仕組みなんだな」
「ええ。ステータス画面にも、パーティーメンバーの情報が表示されるようになるわ。本当に、ダンジョンって不思議な空間よね」
言われて、俺は自分のステータスを確認してみた。確かに、項目に「パーティー」という新たな欄が追加され、そこにはパティの名前と、彼女の簡易的な状態が表示されている。
そのパーティー欄に意識を向けた、まさにその瞬間。
頭の中に、あの涼やかな声が響いた。
『スキル:フィックストグロウのレベルが2に上昇しました』
レベルアップ?パーティーを認識しただけで?俺は、すぐさまスキルの詳細を鑑定する。
【フィックストグロウ LV.2】
(前略)……レベルが1上がるたび、そのレベルの数値分、全てのステータスが上昇する。
《NEW》 パーティを組むことによって、パーティメンバーにもステータス上昇効果が共有されるようになる(レベルアップによるステータス上昇効果は除く)。
……なるほど。そういうことか。俺が敵を倒せば、パティのステータスも「+2」ずつ上がっていく。これはいい。彼女自身の成長にも繋がり、結果的に俺たちの生存率も上がるだろう。
「どうしたの、スタン?急に黙り込んで」
俺の沈黙を怪訝に思ったのか、パティが顔を覗き込んでくる。
「ううん、なんでもない。ちょっと面白いことを思いついただけだよ」
俺のユニークスキルのことは、まだ伏せておこう。パティは誇り高い。自分が知らないうちに、他人の力で強くなっていると知れば、きっと複雑な気持ちになるだろう。今はまだ、彼女が自分の力で成長していると、そう実感させてあげたかった。
やがて、二階層へと続く、暗い口を開けた階段を見つけ、俺たちは迷わずそこを降りた。
そして、目の前の光景に息を呑んだ。
そこは、広大な洞窟のフロアだった。そして、その空間を埋め尽くさんばかりの、緑色の醜悪な魔物の群れ。掲げられた松明の明かりが無数に揺らめき、その数は、およそ四、五百は下らないだろう。
「ゴブリン……!一階にいた奴らも、ここに集まっていたのね。それに、あれは……フロアボスのはずの、ゴブリンキング!?」
パティの声に、わずかな緊張が走る。
「面白い。腕が鳴るな」
「スタン!二人で風魔法を合わせるわよ!タイミングは、私が合図する!」
「了解!」
パティが右手を、俺が左手を突き出す。まるで、鏡合わせのように。二つの心が、一つの目的のために共鳴する。
「今よ!」
「「ウィンドカッター!」」
俺とパティ、二人の詠唱が寸分の狂いもなく重なり、一つの絶技へと昇華した。放たれたのは、もはやただの風の刃ではない。空間そのものを切り裂き、ゴブリンの群れを蹂躙していく、巨大な翠色の三日月だった。
断末魔の叫びすらも風の轟音にかき消され、風が止んだ時、フロアには二十匹にも満たないゴブリンと、その王だけが呆然と立ち尽くしていた。
「上出来ね。残りは、各個撃破するわよ!」
「ああ!」
そこからの戦闘は、もはや一方的な蹂躙だった。パティが華麗な魔法でゴブリンを屠っていく隣で、俺は一体ずつ、丁寧に敵を処理していく。
ゴブリンキングの前に立つと、その巨大な棍棒が振り下ろされるよりも早く、俺はその眉間に向かって、軽く指を突き出した。ただそれだけで、王は巨体に見合わぬ甲高い悲鳴を上げ、内側から弾けるように砕け散った。
『レベルが11に上昇しました』
体中に、力が漲るのを感じる。
「……あなたのその、指で突くだけの技は、一体なんなのよ……」
「さあ?なんだろうな。企業秘密ってやつかな」
俺がはぐらかすと、パティは呆れたように一つ、盛大なため息をついた。
俺は、大量にドロップした素材や魔石を、アイテムボックスへと手際よく収納していく。アイテムが次々と虚空に消えていく光景を見て、パティはもはや驚くことすらやめてしまったようだった。
「……もう、あなたが何をしても驚かないように努力するわ……」
その呟きは、彼女が俺という「規格外」を、パートナーとして受け入れた証のようにも聞こえた。
ダンジョン攻略、二階層突破。俺たちの冒険は、まだ始まったばかりだ。




