表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔の微笑を消す呪文  作者: 林 りょう
【エピローグ:紅騎士編】
79/79

悪魔の微笑を消す呪文



 雲一つない晴空の下、城内では今日も大勢の方々が己の職務を全うされています。

 今ではすっかり見慣れた光景ですが、始めは意外すぎて驚きました。威張り散らして当然な権力者が闊歩する場所、それが私にあった国の中枢のイメージでしたから。

 かくいう私自身も、白いブラウスの上、控えめな胸の位置で揺れる紅いリボンを証に城の一員として過ごしています。

 約四年前、この国は若き王へと代替わりしました。と同時に、歴史的にも前例のない存在が誕生しています。それが――紅騎士団、女性のみで構成された騎士団でした。

 それを皮切りとして、沢山の変化が国にも個人にも起きている気がします。

 私自身だって、そう。掃き溜めだった場所でその日暮らし、敬語どころかまともに字も書けなかったというのに、そんな人間が今では夢を持ちあろうことか城で過ごしているなんて一体誰が想像できるでしょう。

 だから現在、国では二人の御方の名が広く囁かれています。一人は勿論、全ての変化を生み出した国王陛下であらせられるエイルーシズ様。そしてもう一人が、変化の始まりの象徴となりつつある紅騎士団団長です。

 その方こそが私の夢を作ってくれて、本日城内のあちこちを走らされた原因でもありました。おかげで精神的にも体力的にも疲労困憊です。

 午前中いっぱいかかって言いつけをやっと終え、そうして敷地内に設置された紅騎士団の本部へ戻る途中、中庭の渡り廊下を通った時でした。あまりの疲れにか、ふと色々なことが感慨深くなってしまい足が止まってしまいます。

 騎士見習いとなったのは、去年の春から。一定階級以上の騎士個人の専属として衣食住を保証される代わりに、そのお方の私生活から職務に対してまで幅広くお手伝いをするのが私の仕事です。また、仕える方それぞれの方針によって様々な指導を受け、それなりの期間をかけて騎士を目指していきます。

 この制度に身分は関係ありません。あるのは年齢制限と、主従とも子弟とも取れる間柄となる方との相性でしょうか。

 まだ試行段階ということで全体的に数が少ないですし、紅騎士団での見習いは私しかいません。と言いますか、見習いを持つ余裕のある紅騎士が一人しか居なかったのだと思います。

 しかも、私が志願したのではなく、声が掛かっての現在があるのです。

 私がお世話させて頂いている方は、子供の戯言を戯言として捉えない、そんな人。ただし、とんでもなく常識外れでもありました。

 憧れとはしょせん幻想だ。それが、見習いとなって初めて学んだ事柄です。今思えば、誘い文句からして疑問に感じるべきだったのでしょう。


『夢の為に、場合によっては生ゴミ以上のものを被る覚悟はあるか?』


 旧西街出身の私にとって、そんな物は屁でもありません。それ以上と言われても、まったくぱっとしませんでした。その時は、騎士学校の学費が浮くという甘い餌で目の前が一杯だったのです。

 もちろん私なりに覚悟はありましたし、そこ等の人よりかは中々に根性が鍛えられていると思っています。これでもそれなりの修羅場を潜り抜けきてますから。

 ただし、その結果待ち受けていたのが、粉砕される憧れととばっちりで針のむしろな日々。もう偏見や差別はどこいったって感じでしたね。両親もそこをなにより心配していたというのに、それよりひどいものが待っていて、さらにはその原因が仕える方にあるなど誰が考えますか。ご本人は他にも沢山の忠告を下さっていましたが、どれもこれもが見当はずれでしたし。

 あまりの衝撃に、命の恩人で憧れの相手がこの国随一の嫌われ者だったという事実すら霞んだ気がします。

 おかげ様でこの一年、歳不相応だと自覚する程の忍耐力とスルー力を養えました。

 また、ただただ憧れだった人は、騎士としてはきっと一生の目標で、女としてはこの人のようにはなるまいと心に決めるほどの反面教師となってます。

 ほんと、どうにかならないのでしょうか、あの酒豪。団長室で大人しく座っている所をまともに見たこと無いんですけど。おそらく今も、王都で一騒動起こしているはずです。

 ともかく、私の主人をどなたかにご紹介するとしたら、この一言に尽きます。

 ――悪魔の方がよほど可愛い。

 そして、これを聞けば十中八九、誰もが思い浮かべるでしょう。〝微笑みの悪魔〟として紅騎士団を率いる女傑〝レオ・サン=シール〟その人を。

 ちなみに団長は、その他にも数々の異名をお持ちです。その中で唯一、好意的に使われているのが悪魔な時点でどうなんだって話です。私ですら諦めの境地なので、紅騎士団設立当初からの付き合いである副団長など、そろそろ悟りを開けるのではないでしょうか。


「あ、イルマじゃーん」


 そうして物思いにふけり続けてれば、ふと目の前から声が掛かりました。

 いくら人通りの少ない渡り廊下といえど、すれ違う全員が身分も歳も上にあたります。うっかりしすぎました。

 けれど、相手を認識して肩から力が抜けます。白騎士団副団長補佐として、また陛下の護衛も担当されているジャン=クロード・バリエ様でした。もちろん最低限の礼儀は弁えますが、この方は私へも分け隔てなく接して頂ける数少ないお人です。

 ただ団長とは水と油の仲であり、個人的にも胡散臭いので苦手ではあります。

 ジャン様は、腕の中にある書類へとさりげなく視線を移しつつ、身長差を埋めるように腰を屈めて私へと微笑みかけてこられました。

 さすが独身男性城内人気もとい結婚大当たりランキングにおいて、4年連続でダントツの1位を獲得している顔ですね。ワザとらしいと感じつつも赤面してしまいます。


「あいかわらずかっわいー。今日もレオにこき使われてるの?」

「いえ、そんなわけでは……」


 まあ騙されたりはしませんけど。この人は、かつて私が誘拐されて死にかけた時、微塵の慈悲も無く見捨ててくれた方だったりします。苦手意識はきっとそこからもきているのでしょう。その窮地を救ってくれたのが団長で、それをきっかけに騎士になりたいと思い始めました。

 そして、今でこそジャン様の選択にもある程度の理解を示せますし、元々の環境からして団長のような人の方こそ奇特だと思いますが、その上で私もまた同じような状況で諦めない人間でありたいと願います。

 なので、あまり構ってくれるなというのが本音だったり。目の保養としての役割しかない人は遠い存在で十分でしょう。


「最近はどう? 少しは嫌がらせとか落ち着いた?」

「お気遣いありがとうございます。ですが、以前もお伝えした通り、そのような事は一切ありませんので」

「言っておくけど、気にならないとされてないは同じじゃないよ」

「うっ、それは……」


 鋭い指摘を受けて言葉に詰まってしまい、笑って誤魔化すしかありませんでした。

 国王陛下の数々の革新により、少しずつ身分の垣根というものが取り払われてきているからといって、長年の習慣や意識が早々変わるわけではありません。それは上より下の者の方が痛いぐらいに分かっていること。

 ところが、そんな嫌な常識すら凌駕するのがレオ様です。見習いとなってから女社会にありがちの陰湿な行為を度々受ける原因が自分には無いなど、普通は豪語できないでしょう。それができてしまうからこそ、レオ様が国随一の嫌われ者と呼べるのかもしれません。


「周りもとっくに、イルマが弱味になり得ないと分かってると思うんだけどねぇ」

「分かっていても何かしないと、気持ちのやり所が無いのでしょう。レオ様いわく、訓練と思えば楽しめるそうですよ」

「うわー、いかにもあの脳筋が言いそうなセリフ。そんな相手の下で働き続けるなんて、ほんと物好きだわぁ」

「命の危険が無い限りは、慣れればどうとでもなりますから。レオ様のお傍にいると、類は友を呼ぶことを強く実感できますし」


 上辺だけは優しさ溢れる言葉へ精一杯の皮肉を返してみましたが、微笑み一つで綺麗に流されてしまいました。

 大した用もなく絡んできたのであれば、そろそろ解放して欲しいところです。うっかりため息を零してしまいそうになり、慌てて視線を外の芝生へ移しました。

 すると何の因果か、失礼ながらも噂をしていた人物――レオ様が悠々と現れたのです。

 女性にしてはただでさえ高い身長はピンと伸びた背筋によってどこか威圧的な印象を与え、団色の紅を基本とした騎士服を当然のように着こなした姿が良く映えた金髪も相まって余計に格好良く、陽の光を気持ちよさそうに浴びる横顔もきつめではありますが普通に美人です。ただし、口を閉じて動いていなければ、ですが。

 悲しいかな、私には分かってしまいました。あのご機嫌さは一仕事ならぬ一騒動終えた姿に他なりません。副団長はきっと今頃その後始末に追われていて、戻れば私もそこに加わらざるを得ないのでしょう。ああ、それに気付いても逃げられない下っ端のつらさといったら。

 その登場に隠す気もなく眉を寄せたジャン様へ断りを入れ、ひとまずレオ様の所へ向かうとしましょう。少しぐらい小言を口にする権利が私にはあるのですから。


「それでは、私は――」

「ほんと、俺ですら未だに信じられないんだから、他が認めるわけがないんだよねぇ」

「……あの、えっと、ジャン様?」


 しかしその言葉は、レオ様へと視線はそのまま、なぜか腕を掴まれることで止められてしまいました。

 さすが上級騎士。痛みも無く力など全く入っていないようでびくともしません。諦めてされるがまま、心底不思議そうに揺れる瞳を見上げます。

 いえ、どちらかといえば、疑問よりも拒絶感の方が大きいでしょうか。

 いったい何にたいして? そう思っていれば、レオ様の後を追って来たかのように、もう一人のお方が登場されました。私が気付かなかっただけで、どうやらジャン様はその存在にとっくに気付いていたらしく、だからこそ零れた言葉だったらしいです。

 ジャン様と同じ白い団服と、国王陛下を思わせる黒い長髪。この二点を挙げるだけで、大抵の人が思い浮かべる人物。なにより、レオ様が嫌われ者――特に女性から強烈な敵意を受ける理由となったお方でした。

 その名もエドガー・サン=シール。ご察しの通り、レオ様のご夫君です。

 このお二人のご婚約およびご成婚の際は、冗談抜きで上流階級が震撼したそうです。それも色々な意味で。

 たとえば、両家は天地がひっくり返っても手を取り合うことが無いといわれるほどの犬猿の仲であったこと。そのせいでエドガー様は、結婚の為に縁切りされていたこと。そもそも本人たちの仲が悪かったこと。銀雪の騎士と呼ばれ引く手あまたであった美男子と、国王陛下を誑かしたともっぱらの噂であった悪女という組み合わせ、など。広く知られているのはこんなところでしょうか。


「ね、イルマもそう思うでしょ? あの二人が実は恋愛結婚だなんてさ。しかも、エドガーからの」


 けれど私は、同意以外求めていなさそうな雰囲気に、今度こそうっかり笑ってしまいました。

 父と少ししか歳が違わないとは思えない童顔にはめ込まれた茶色の瞳が丸くなるのが分かります。さすがの無礼さに叱責を受けるでしょうか。それでも込み上げてくる笑いが止まりません。

 だって、レオ様が前に言っていたことがまるっきり当たっていたのが分かってしまったので。

 ジャン様のあたりが何故きついのかを聞いてみた時、こう教えられたのです。確執だったりは色々あれど、一番は親友を取られてむくれているだけだって。

 その時は冗談だと思っていましたが、まさか本当だったとわ。私の倍以上生きている人でもそんな部分があるなんて、なんだか不思議で可愛く感じます。


「残念ながら私には、あのお二方以上に相性の良さそうなカップルを知りません」

「いやいやいや、それは無いでしょ」


 本気の否定も、無駄というか無意味というか。あ、もちろん、両親以外での話ですけどね。

 確かにレオ様とエドガー様は、一日に最低でも五回は言い争いをして、月に一回は本気で剣を合わせていますので、傍から見れば仲が良いとはけして言えません。

 けれど、お二人と身近であればあるほど、きっと違いに気付くと思うのです。

 発する声の響きであったり、表情であったり。それこそ私などよりよほど付き合いの長いジャン様が分からないとは思えません。ご本人は、その事実から必死に目を背けている様ですけど。

 納得のいかなそうなジャン様はさておき、エドガー様が一緒であればレオ様も大人しくしているでしょう。

 そう判断して今度こそこの場を去ろうとしました。残念ながら、腕を掴む一向に離してくれない手によって、またしても阻まれましたが。

 そろそろはっきりと抗議をして良いでしょうか。最悪、悲鳴を上げれば団長が気付いてくれるはずです。


「もう少しだけ付き合ってよ、ね?」

「怒られます」

「レオには俺が言っとくから」

「それはそれで、結局は怒られるのですが」

「えー?」


 可愛く首を傾げても無駄です。それこそあなたと目を合わせただけでも、団長が煩いのですから。妊娠するぞって脅された時は、心底あほらしくなりました。その言葉を信じる人がいるならば、会ってみたいぐらいです。

 まあ、過去も含めて心配してくれていると思えば、ズレた忠告もあまり無碍にはできません。胡散臭いのは事実ですし。

 かといって、こうして捕まってしまえば、ジャン様の気が済むまで付き合うしか術がないのが残念なところ。遠征とかで、しばらく城から消えれば良いのに。


「なんか今、すっごく呆れられてる気がするんだけど」

「気のせいですよ。それよりも用件を」

「イルマが日に日に冷たくなってくー」


 はいはい。私も徐々に、団長がジャン様を鬱陶しがる理由が分かってきてます。この人、しつこい。とにかくねちっこい。一度でも恨まれれば、面倒くさいタイプだ絶対。

 ところが、それだけでは無かったようです。談笑するでもなく隣に並んでただ中庭を眺めている団長夫妻の姿に視線を固定しながら、ジャン様はロを開きました。


「イルマは知ってる? 例の噂の答え」

「噂ですか?」

「そ、悪魔七不思議の一つ」


 と言われましても、団長の噂など数えるのもキリがないほど現れては消えてをくりかえしています。正直、根強いものでも七つではききません。

 そんな察しの悪い私に呆れたのでしょう。ジャン様は、苦笑してから教えて下さいました。


「極たまに、レオの表情が崩れる時があるらしいんだよね」

「え、団長がですか?」

「らしいよー。俺はまだ見たことないけどね」


 びっくりです。微笑みの悪魔と呼ばれるほどですから、団長のロ角は基本あがりっぱなしです。しかも怒れば怒るほど、その笑みは強くなります。少なくとも私は、世間一般的な真面目な表情さえ見たことがありません。

 さすがのこれには、好奇心を抑えられませんでした。


「ちなみに、どのような表情ですか?」

「んー……、なんか困った風って聞いたかな」

「団長が困ることってあるんですか!」

「俺としては、死ぬほど困ってくれたら良い気味なぐらいだよ一」


 ジャン様の吐く毒は放っておくとして、俄然気になります。

 というか、その顔見たい! 見て、少しは私たちの気持ちが分かったかと心の中で叫びたい!

 けれど、そんな気持ちはあっという間にしぼんでいきました。


「とにかくさ、エドガーだけなんだって。その表情を作れるの」

「…………はい?」

「だから、どんな嫌味なのか知りたくて知りたくて。なのに教えてくれなくてさー。しかも直接それを聞いた時、すっごい同情の目向けられたんだよ? もー、意味わかんない」


 故意なのが分かりきっているとはいえ、歳的にアウトな口調でジャン様は愚痴を零していましたが、ごめんなさい。今の私は、その時のエドガー様の気持ちがすごく分かります。

 まじか、この人。それでも一応、念の為に尋ねておかなければなりません。それが下位の者のサガなのです。


「えーっと……。つまりそのお顔は、エドガー様だけに向けられてて、エドガー様だけが作れると」

「うん」

「ちなみに、きっとアレですよね」

「え……?」


 無邪気な肯定にげんなりしつつも丁度よく見られた光景を指差すと、ジャン様は慌ててそちらへと視線を移しました。

 私はしっかりと、それが作られるまでの一部始終を目撃しています。エドガー様が耳元で囁かれた後、団長の表情が一変していました。

 確かに傍目からは、不機嫌そうなエドガー様と困惑する団長に見えなくもありません。ただしそう感じるのは、お二人の表向きしか知らない者だけ。

 彼らがプライドが高く、捻くれ者で、素直じゃない面倒くさい生き物だと分かっていれば、そしてその関係が夫婦であるとちゃんと頭にあれば、答えなど分かりきっていました。

 なので、あろうことかジャン様が気付かないとは、もうね……。この人は絶対、まともな恋をしたことがないな。あと人間不信か、もしくはゴミ虫か。


「うっわ、ほんとだ。めっちゃ困ってる!」

「……は~、信じらんない」


 あまりの馬鹿さ加減に、うっかり本音が零れてしまいました。

 ジャン様は当然それを聞き逃してはくれませんでしたが、構いません。さすがに今回は、言わせてもらいます。

 というわけで、あえて深呼吸をしてから思いっきり突っ込みました。


「あなたの目は節穴ですか! どっからどう見ても、団長は素で笑ってるだけです!」

「はあ!? いやいやいや、何言ってんのイルマ。全然違うでしょ」

「違いません。団長が本気で嬉しい時、眉は下がって鼻が膨らみます。特に美味しいお酒を飲んでる時とか、あれに近い顔してるから間違いありません。そうでなくとも、あれのどこに困った空気がありますか!」

「むしろそれ以外の空気がないって。しかも何、だったらイルマは、噂の呪文にも見当がつくわけ?」


 ないわー、まじでない。そりゃ紛らわしい団長も団長だけれど、ここまで女心が分からずによく女たらしでいられたものです。

 所詮、顔だけの男だったってわけですか。


「イルマまで、そんな哀れみの目で見ないでよー。大きな声だすから、二人にバレちゃったし」

「では、この件については終了ですね」

「えー!? 答え聞いてないんだけど!」

「死ぬまでには気付けると……良いですね」

「すっごい可愛い笑顔で毒吐くとか、イルマの意地悪ー」


 目論み通り、騒ぎに団長が気付いてくれました。

 私たちが物陰で並ぶ姿を不審そうに見ながら近づいてくる様子に、いつもならば憂鬱になるところ、今日だけはジャン様に幻滅しつつも少しばかりにやけてしまいます。

 噂云々はともかく、私は嬉しい。

 見習いとなってからその背中はいっつも忙しそうで、団長としての姿ばかり見てきました。自由気まま、やりたい放題だとしても、その微笑みが消えることはありません。

 心配するなどおこがましいと分かっています。それでも私は、団長も一人の人間で女性であることが実感できて、そして安らげる場所がちゃんと本物であることを知って、ホッとしてしまいました。

 ジャン様も内心では、生意気なガキだと思っているかもしれません。自分でも、何を分かった風なと考える部分があります。

 けれど、答えはこれしかないとそう感じます。

 悪魔の微笑を消す呪文は、女性ならば誰もが言われたくて、抱きたくて、伝えたい、当たり前に寄り添っていて、けれど難しい想い。私はまだまだ与えられるばかりな立場だけれど、口にされなくても通じるとっても暖かい、短くとも重くて一つには絞れない魔法の言葉。


「その馬鹿から離れろ、イルマ。巻き込むぞ」

「すぐに蹴ろうとするな。足癖の悪い……」

「この俺がレオ如きにやられるわけないでしょー」


 私の知る悪魔は、格好良くて不器用で、面倒くさい性格の嫌われ者です。そして、がさつで大酒呑みな、芯が強くて憧れる女性でした。

 そんな人の傍で送る日常は騒がしくも充実していて、この人のように私もいつか誰かの隣に立ちたいと思います。


「団長! 私、頑張ります!」

「……ん? ああ、頑張れ」


 気持ち新たに告げれば、脈絡のない発言に首を傾げながらも団長は微笑んでくださいました。エドガー様と、ついでにジャン様も。

 そんなお三方の姿に感じます。

 今日も明日も明後日も、悪魔の微笑を消す呪文は世界中で口にされていくでしょう。人々が心置きなくそう出来るよう、少なくともこの国には動いてくれる方々がいる。

 その一員に、私も早くなりたいものです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 激エモ。最高 [一言] 愛してる
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ